⇔Lovers
卒業式のあと。
彼と秘密の会瀬を繰り返していた教室で、別れの言葉を探しあぐねていたところ、騒がしくも微笑ましい後輩たちがやって来た。
お祝いの用意をしたからと彼らに腕を引っ張られ、教室を出る間際に振り返る。
―…じゃあ、失礼します。
―ああ。
あっけない別れ。
さっぱりした終わり。
後輩たちが個人的な送別会をしてくれてる間もずっと、彼のことが頭を離れなかった。
最初から、先を考えない恋。
始まりは、強引に奪っていった彼に流されただけだったのに。
――皆の生徒会長様が、男の下でこんな顔するって知ってるの、俺だけか?
私を資料室のソファに組敷いて、囁いた、意地悪な笑み。
嫌だと言いながら、女として扱われることにゾクゾクした。
私は、真面目でしっかりした優等生というイメージから離れたくて、
彼は一時のスリルを味わいたかっただけ。
教師と女生徒の秘密の関係を、楽しんでいただけだから。
卒業したら終わり。
今日で終わりなの。
大きな花束を持って、みんなに見送られて、もう私の居場所ではなくなった生徒会室を出る。
式が終わった校舎はシンとしていて、大半の生徒たちはすでに帰ったあと。
もう、この校舎を出れば、私はここの生徒じゃなくなる。
苦しくて幸せで辛くて楽しかった高校生活も終わり―――
………
本当に?
終わりなの?
終わることが出来るの?
言わなくちゃいけないことが、残ってるんじゃないの?
強引に奪われた。
流された。
秘密の関係を楽しんで――、
なんて、誤魔化したって、間違えようもないことがある。
貴方が好きなの。
まだちゃんと、貴方が好きだと言ってない―――、
「……おい。おいおいコラ、どこに行く」
門を出る手前でクルリと踵を返し、校内へ戻ろうとした私を呼び止める声。
彼の、声。
振り返ると門の外、コートのポケットに手を突っ込んで、困った瞳で私を見てる、先生の姿。
「ようやくここまで来たっつのに、またお前はどこに行くんだ」
……貴方のところよ。
ちょいちょいと手招きで、彼が私を呼ぶ。
わけがわからなくて、ふらふらと呼ばれるまま傍に行く――校門の、外に。
門を一歩踏み出した途端、
フワリと暖かいものに包まれて、私は硬直した。
……学校の外で、私に触れるなんてことなかったのに。
だから、学内だけの関係だって、そう思ってたのに。
「……やっとだな」
耳の側でささやかれる声に今さらときめいて、でもそこが校門の前だということにあらためて気付いて慌てた。
離れようとして、きつく抱きしめ直される。
せんせい、と言いかけた唇を塞がれて―――、
「もう先生じゃない」
お前も生徒じゃないだろう、と卒業証書をつついて、微笑む彼。
ドクドク鼓動がうるさくて、
足元がフワフワして、
その、予感に、目眩がした。
――愛してる――
待ち望んでいたその言葉を囁かれて、足が崩れる。
「っ…ふぇ…っ、せんせ…せんせいっ……」
支えるように抱きしめられる腕にしがみつき、泣きじゃくりながら胸に顔を埋める。
「先生じゃなくて――、」
促されるまま、名前を呼ぶ。
ずっと呼びたかった貴方の名前を。
好きです、限られた関係なんてイヤ、傍にいたいの、いて欲しいの、好きなの――、
堰を切ったように、今まで我慢していた言葉が溢れる。
それにいちいち返事をしながら、彼の抱きしめる力が強くなるから。
痛くて苦しくて、これが夢じゃないって分かったの。
涙でグシャグシャになった顔を両手で包まれて。
触れ合うだけのくちづけ。
まっすぐに、私を見つめる瞳。
貴方からの、ずっと一緒にいるため約束の言葉に、必死に頷きを返して。
私たちの今までに別れを告げる。
新しいこれからが始まる―――。
了.