さよならまで
「ここにいたのか」
声をかけられる前に分かってた、あなたの気配。
だから振り向かず、わたしは黙って窓の外を見ていた。
足音をさせずに静かに歩くあなたのクセ、片手を白衣のポケットに引っ掛けてこちらへゆっくりやって来る、そんな光景、目を閉じていたって簡単に思い浮かべられる。
ずっと見てたんだもの。
「役員の奴ら、捜していたぞ」
あと四歩。
「前会長の前途を祝うとか、ハリキってた。引退して随分経つのに慕われてるよな、お前は」
……あと、二歩。
「……答辞、どうして辞退したんだ?」
背中から覆い被さるように、空気ごと、抱きしめるような腕、
大好きだった。
「卒業おめでとう…って、まだ言ってなかったな」
低く甘い声、
耳元で囁かれる度、
身体中があなたを求めてどうしようもなかった。
ねえ先生。
キスの仕方も抱かれることも、
殺したいくらい愛することだって、
全部全部。
いろんなこと、
あなたに教えてもらったけど、
肝心なこと教わってない。
どうしたら、
あなたとさよならできるの。
あなたがそこにいるだけで、
わたしの全てが引き寄せられる、
そんなになるまであなたを愛してしまったの。
卒業までの関係だって分かっていたのに。
さよならの仕方が分からない。
どうして答辞を辞退したなんて、そんなこと。
貴方との思い出が有りすぎる、この学舎を去る覚悟がまだ出来ない私に、出来るはずがない。
ねえ教えて先生。
この口づけが終わったら、
抱きしめる腕が離れたら、
あなたとお別れする方法を。
さよならまで、
あと何秒――――?