後始末2
帰りは明美の運転で帰っていた。
俺が考えているのは勿論さっきまでの事。
俺が何の気なしにバックミラーを見ると、後席に座っているリリィの扮装を解いたエレーナと目が合った。
「怖い人物じゃったな。」
「そうだな。」
エレーナの問いかけに俺がそう答えると、明美がすかさず「本当にあいつ最低よね。正に女の敵だわ!」と怒りに任せて答えていた。
エレーナがフッと一瞬笑みを浮かべて明美の方を見たけれど、改めて視線をこちらに向けてきた。
「本当の狙いは俺達だろうな。」
俺の答えにエレーナは小さく頷くと、窓の外に顔を向けた。
その様子からは、『わかってるなら良い。』と言いたげだった。
そんな俺達に「何々?何の事よ?」と明美が食い付いて来たけど、俺は「よそ見すると危ないぞ。ほら、前に工事現場。」と指差し明美の注意を本来の運転業務に戻してやった。
はっきり言えば、当主からすれば尾山なんて姑息な小物はいつでも潰せた。
当主が尾山の計画の実行日まで把握してたかはわからないが、万一に備えて先輩にわからない様にガードを張り付かせていた可能性だってある。
それなのに俺達を呼んだのは、娘の周りにいる怪しげなやつの正体の見極めと排除が目的だったと見る方が自然だ。
当主は忙しい身の上だろうし、邪魔者を纏めて一掃する気だったのだろう。
その為に取るに足らない俺の事も色々と調べたのだ。
もし俺があの時当主に妙な返し方をしていたらと思うとゾッとする。
もし当主が俺の事を娘に纏わりつくタチの悪い虫だと判断すれば、先輩の周りから排除する様に動いただろうし、リリィをインチキだと判断すれば、こちらも同様な事になっていただろう。
先輩にとって屈辱的な事をあえて祐一さんにやらせたのも、当主なりの先輩に対するお灸の据え方の一つだったと思える。
『あまり羽目を外し過ぎると尾山の様な毒虫がやってくる』と言う事をしっかりと先輩に教えたかったのかも知れない。
他にも不自然な点があった。
当主の背後に立たせるなら、付き合いが長い上に腕に覚えがある平田さんか、息子の祐一さんを立たせる方が自然だ。
何かあった時に尾山の逃げ道を左右から塞ぐつもりだったのか、それとも尾山の自尊心を高めて口が滑るのを期待したのか、今となってはわからない。
それと先輩の母親が不在だった。
もし家に母親がいたなら今回の事は実行に移せなかったはずだ。
母親の不在の理由が仕事か他の用事なのかは分からないが、当主が母親に旅行か何かを勧めて不在になる様に仕向けた可能性もある。
当主が明美の事を本当に覚えていたのか?と言う事すら怪しく思えてきた。
地位の高い人に覚えてもらっていたと言う事で明美は感激していたけど、当主からすればたった一言で明美を味方につける事が出来たわけだ。
成果は俺達とのさっきのやり取りに表れている。
明美には今後も当主を疑う事は無いだろう。
当主からすれば、随分効率の良い方法だし金もかからない。
これも人心掌握術の一つかも知れないな。
エレーヌが恐ろしい人物と言ったのも頷ける
まあ俺の考えがエレーヌと一致しているかどうかは、後でエレーヌと答え合わせをしてみればわかる。
俺がそんな事を考えていると、不意にエレーヌが口を開いた。
「そうじゃ何か食べて帰ろう。焼き肉屋なら開いておるじゃろう。」
「焼肉?ちょっと贅沢じゃない?」
「そうだな。今回はギャラが入らなかったけど明美が奢ってくれそうだし。」
「ちょっと!なんで私が奢らなきゃいけないのよ!」
「カッコつけたなら最後までつけろよ。」
「うぐぐ、まあ先輩の危機は去ったし・・・確かにギャラを受け取らなかったのは私が言い始めた事だけど・・・」
結局その後寄った焼き肉屋の勘定は割り勘になった。
明美に奢らせたら後が怖そうだと俺とエレーヌの判断からだった。
一番食べたのは勿論エレーヌだ。
たい焼き同様こちらも凄い食べっぷりだった。
本当に食べ放題の店で助かった。
一晩明けて、今日は正直ちょっと眠い。
まあ昨日の今日だしな。
休み時間に俺はたい焼きを買って来て、明美は郵便局で用事を済ませて合流して、二人で並んで梟に帰っていた。
「そう言えば久し振りよね。あんたと二人で休み時間に外出なんて。」
「確かにそうだな。でも手分けしないと休み時間内に終わらなかった可能性があるからな。」
「まあね。」
そんな俺達に後ろから、「明美、宏君。」と先輩が声をかけてきた。
「先輩、大丈夫なんですか?」
と振り返った明美が心配そうに声をかけた。
あんな変態野郎に狙われていたわけだし、そいつの最悪な犯行計画も間近だったわけで、事が未遂に終わったとは言え先輩の心のダメージは殊更大きいだろう。
先輩は今でも一連の出来事を心の底から悍ましいと思っているに違いない。
「うん。大丈夫だよ。」
そうは言うものの、格好はいつもの様に大胆だけど、半分程度の覇気しか感じない。
普段の快活な先輩に戻ってくれるのはいつだろう?
とそんな事を考えてると、
「二人とも昨夜はありがとうね。リリィ先生にも直接お会いしてお礼をしたいけど、かなりお忙しいのよね?」
「はい、まあ・・・」
明美は俺と何となく顔を見合わせてそう返答した。
実際今日のリリィは休憩になった途端に机に突っ伏して、「あぁ~、疲れた~」と唸る様に言っていた。
出張鑑定の翌日は大体こんなもんだが、帰りに焼き肉を食ったとは言え、昨日はいつもより長引いたし疲れも増しているんだろう。
「じゃあ私がお礼を言っていた事をお伝えしてね。それとこれ。」
そう言って先輩は後ろ手に持っていた大き目の袋を明美に渡した。
それを先輩から袋を受け取った途端に明美が軽く顔をしかめた。
ズシッと重そうなそれは上から覗くと、東京の名店の和菓子がこれでもかと詰め込まれていた。
羊羹にきんつばに人形焼に最中にどら焼きに他にも色々と質量共に凄い事になっている。
「昨日のお礼は受け取ってもらえなかったからね。
でも本当に助かったし感謝してるんだよ。」
「それにしても先輩。なかなか凄い品揃えですね。」
と袋の中を見ながら俺が言うと、
「ああそれ?文さんに相談したら『これなら間違いない』って張り切って選んできてくれたの。
たい焼き食べてるみたいだし、リリィ先生は和菓子好きだと思ったのよ。」
まあそうだろうな。
先輩が選ぶにはラインナップが渋すぎると思ったんだ。
「所で宏君。私が選んだにしてはババくさいとかそう思ってたんでしょう?」
と先輩がからかう様に言ってきた。
「あんたそんな失礼な事考えてたの?」
「違う!確かに先輩らしからぬとは思っていたけど、和菓子食うのに年齢は関係ないだろ。」
それにしても先輩はよくこんな重そうな物を平気な顔して持ってたな。
昨晩会った当主は雰囲気も何もかも体格以上にパワフルな感じだった。
先輩にもしっかりとその血が受け継がれているのだろう。
「あー宏君、やっぱり何か失礼なこと考えてるでしょう?」
またからかい半分にそう言ってくる先輩といつも通り怒ってくる明美。
先輩はそんな俺達のやり取りを楽しそうに見ていたし、最初に声をかけてきた時よりずっと明るく見える。
「そんな事ありませんよ。」
と言いつつも、いつもの日常が戻ってきつつある事が、俺には何より嬉しかった。
これが先輩から依頼された出張鑑定で起こった出来事だ。
一見一番怪しい奴がそのまま犯人だっただけで、何の捻りも無い話だと思うだろう。
でも考えてみて欲しい。
初めて訪れた秦山邸で変態野郎の尾山が隠し持っていた証拠の在処や、犯行計画の正確な日付をエレーヌがどうやって知ったのか?
その理由に触れるには、俺とエレーヌの出会いから説明しなければならない。
あの新月の夜に起こった出会いは、今でも夢かと思う事がある。
でも夢じゃなかったから、俺はこうして忙しい日々を過ごすことになったんだ。




