奇妙な出来事
「そろそろよろしいか?」
とリリィが仕事に入ろうとした。
「ああ、すまなかった。そうだ文ここに座りなさい。」
と当主がお手伝いさんを自分の右側つまり俺の正面に座らそうとした。
なんか微妙にタイミングをずらしてくるな、この人は。
「いえ。使用人が着席などもってのほかです。」
「良いのだ。今回はお前がいち早く異変に気づいてくれたからな。
占い師さん達に状況を詳しくお知らせしてくれ。」
今更だが俺達は先輩の実家に出張鑑定に呼ばれた。
だが何が問題で先輩は俺達を呼んだのか詳細を聞かされていないのだ。
車の中で明美達に聞いたけど、俺が先輩から出張鑑定の依頼を受けたと聞いた明美がすぐに先輩に電話して確認すると『薄気味悪い出来事があって怖い。出来るだけ早く来て欲しい。』と懇願されたとの事だ。
先輩のただ事じゃない雰囲気を感じ取った明美がリリィにその事を知らせて、こうして急遽駆け付けた次第。
街中で俺と会った先輩はそんな様子無かったけど無理してたんだろうな。
今にして思えば、俺か明美がリリィのお使いでたい焼き屋に通ってる事を知って待ち伏せしてたのかもしれないな。
それと大学だと先輩は人気者だから誰が見てるかわからないし、誰かを巻き込んだらまずいと思ったんだろう。
買い出しに行っていたのが俺じゃなくて明美だったら、先輩はその場でもっと詳細に話せたのかも知れない。
やはり俺は明美ほどには信頼されてないんだろうし、男の俺には話しにくい事だったのかもしれない。
まあいい。それもこれからわかる事だ。
ただ今まで出張鑑定をやって一筋縄に物事が済んだためしが殆ど無い。
今回も厄介事になるのかな?
などと俺が考えてる間に多少の押し問答はあったけど、結局文さんはちょこんと居心地悪そうにソファの端の方に座った。
「度々すまないな。今度こそお願いする。
まず状況を文の方から説明させよう。文、頼む。」
今度こそ進みそうだ。
出来れば迅速に解決して欲しい。
俺は早く帰って寝たい。
文さんは着席してる全員を見回して、聞く準備が出来ていることを確認してから話し出した。
「2週間程前の事ですが、まずお嬢様のお召し物が差し替えられました。」
ん?差し替え?盗難じゃなくてか?
「差し替えとはよく状況がわからぬ。もう少しわかりやすく言って頂けるとありがたい。」
当然の事ながらリリィも同じ疑問を持ったようだ。
「そこは私がご説明します。リリィ先生。」
と今度は先輩が出てきた。
「文さんにジャケットをクリーニングに出してもらう時に、『左袖のボタンをぶつけてひびが入ってしまったから、クリーニング屋さんに出す前にボタンを切って外しといて。』って頼んでおいたんです。」
そこで文さんは頷いて先輩から話を引き継いだ。
「はい。そこで私がお嬢様からジャケットをお預かりして壊れたボタンをハサミで切って外して、クリーニング屋さんに渡したのです。
そして仕上がった服を受け取ったのですが、改めて中を確認すると、なぜかジャケットに外したはずのボタンがついていたのです。」
「それは相手が気を利かせて付けて返したのではないか?」
「それはあり得ません。クリーニングに出す段階で服の状態はかなり厳しくチェックされますし、ついでに行うサービスについても聞かれます。
その時にボタンは最初から左袖には無いと伝えておりますし、ボタン自体デザインが少々凝っているもので、クリーニング店で同じものを付けて返したとは考えにくいのです。」
クリーニング店としては何かあると責任問題になるから、預かる時点で洗濯物の状態確認を厳重に行うのは当然だ。
ボタン付け等の付帯サービスも貴重な収入源だろうから勝手に行う事もないだろう。
文さんが言ってる事に何も不可解な点は無い。
「その服というのは誂えた物なのか?」
と言うリリィの疑問も当然だろう。
単純にクリーニング屋が他の客から出された同じデザインの服を間違えて寄越した可能性だ。
「街中で普通に買った既製品なので、世間に同じ服はあると思います。
リリィ先生同様他の人の服との取り違えは私達も気になりましたのでクリーニング屋さんに聞いたのですが、当日同じジャケットは預かってなかったとの事です。
そしてこちらに納品したジャケットには片方のボタンは間違いなく無かったし、補修もしてないとはずだと。」
と先輩が答えた。
「ではこちらから業者に由香里殿の服を間違いなく渡し、業者も間違いなく由香里殿の服を洗濯し納品したわけじゃな?」
「はい。左様でございます。」
と今度は文さんが答えた。
差し替えられたのはクリーニングが終わって屋敷に戻ってきてからという事か。
やったとしたら文さんが他の用事をしている間だな。
でもそんなことをして何になる?
全く意味が分からない。
「その差し替えられた服を見せてもらえぬか?」
と言うリリィの問いかけに対して文さんは当主と先輩の顔を許可を求める様に見た。
そして2人とも頷き、文さんは「失礼します。」と一声かけて部屋を出て行った。
だがこれは犯罪じゃないのか?
相手は同等品を置いて行ってるから経済的には損は無いにしても、本人に断りなく物を持ち去っているわけだからな。
どちらかと言えば警察の出番の様な気がする。
ただ警察は本当に忙しい。
盗まれたのならともかく、明確な損害が出たわけでもないから話くらいは聞いてくれるかもしれないが、本腰入れて捜査してくれるとは思えない。
明美も俺と同じ様に思ったのだろう。
「あのう。つまり薄気味悪い事が起こっていても明確な損害は出ていないので、警察に相手にされない可能性があるから私達に相談された。という事でしょうか?」
と当主と先輩に尋ねた。
「ああ、その通りだ。」
当主の答えは予想通りだった。
それと警察が来たとなると、先輩も根掘り葉掘り言いたくない事まで聞かれるだろうし、近所の覚えも悪いという事もあるかも知れない。
「お待たせいたしました。こちらになります。」
と文さんが持ってきてくれた先輩のジャケットに俺は見覚えが無かった。
どちらかと言えば大人しめのデザインで、今先輩が着ている物と同じ実家専用なんだろう。
「そしてこちらが私が切って外したひびの入ったボタンです。」
とジャケットの横に真ん中の辺りにひびが入ったボタンが置かれてた。
右袖のボタンと比較して見ると同じ物だと判る。
そしてジャケットの左袖にはちゃんとひびの入ってない同じボタンがついていた。
リリィは興味深げに手に取って見ていたが、
「これは確かに由香里殿以外の何かを感じる。
だがこれだけでは・・・」
と言ってから、「ふー。」と一息ついてソファに伸びをする様に背中を預けた。
その様子を見て当主の真後ろに立っている男が噛みついてきた。
「貴様!!会長を目の前にして何だその態度は!!」
この男はさっきからこちらを胡散臭そうに見ていたわけだし、俺に対しては敵意まで向けていた。
何かあったら言ってやろうと狙ってたんだろうな。小さいやつだ。
だが「やめんか在木!」とすかさず当主が止めに入った。
「しかし会長。」
在木と呼ばれた小さいやつはそれでも何か言いたそうだったが、
「私の言う事が聞こえないのか?」
と当主に言われたら流石に引っ込むしか無い様で悔しそうにこちらを睨んできた。
「確かに薄気味悪い話じゃな。どう転んでもまともな答えが導き出せそうにない。」
とリリィが在木の事など気にも留めずそう言うと、先輩は「そうなんです。だから怖くて。」といかにも悍ましいと言いたげに答えた。
「だが話がこれに留まるとは思えん・・・
他にも何かあったはずじゃ、あれば話してもらえぬか?」
「はい。確かにありました。
私の使っていた小物が同じ様に何点か差し替えられてたり、その・・・何と言いますか・・・」
先輩はここまで話すと席を立って明美の横まで行って、真っ赤になって耳元でヒソヒソという感じで小声で話した。
それを聞いた明美まで真っ赤になって同じ様にリリィの耳元にヒソヒソと伝えていた。
まるで伝言ゲームだな。
「何とそんな事まであったのか?」
「はい。」
と先輩はうつむき加減でリリィの問いかけに答えていた。
よくわからないが、えらい事があったんだろう。
つまり男の俺達には知られたくない何かだな。
だがこうなると、重要な事が気になる。
恐らくリリィも同じ認識だと思うが念のため確認しておこう。
俺はリリィの二の腕を肘で軽く突いた。
これは占い中にリリィに伝える事が出来た時の合図として普段からやっている。
『何じゃ?』
とリリィもいつも通り小声で返してきた。
だから俺も明美達を真似しよう。
『問題は事の前後関係だ。
一連の出来事がジャケットの差し替えが最初とは限らない。』
『私もそう思う。まあ見ておけ。』
と返してきたから良かった。付け加えるべき事はあったけど後の展開はリリィに任せよう。
そう思っていたら、意外な所から声がかかった。
それも俺に対してだ。
「湯原君は何か気になる事があるようだね。」
と当主自ら訊ねてきた。
一応リリィを確認すると、軽く頷いてきたからお答えするか。
「発覚したのはジャケットの差し替えが最初ですが、今発覚している事がそれより前から行われてた可能性があります。
先輩のプライバシーもありますから、それが何かは敢えてお聞きしませんが、他に発覚してない事が無いとは言い切れませんし、今後もっと大きな事態に繋がらなければ良いのですが。」
「つまり何かとんでもない事が起こる伏線だという気かね?」
「確証は持てませんが、可能性は捨てきれないと思います。」
「会長、こんなやつらの言う事など・・・」
と俺の答えに対して在木が口をはさんできたが、
「お前は黙ってろ!!」
と当主に一喝された。
そして在木は悔しそうに黙り、当主が話を続けるように目で俺に促した。
俺は軽く頷いて話を続けた。
「気になるのは犯人の目的といつから始まったかと言う事です。
犯人はどうやらこちらのお屋敷に出入りできる人物に限られますから、時期が絞れるなら相手も絞れるのではないかと。」
当主は感心したような顔になって、「伊達に助手をやってないという事か。」とポツリと言うと続けて驚くべきことを告げてきた。




