不真面目シスター、大聖女の生態報告(その2) の巻
偏食です。
偏食大聖女です。
朝、ミルクとチョコレートクッキー。
昼、紅茶とアーモンドクッキー。
夜、スープとセサミクッキー。
なんですかその食生活は。よくお腹が空かないですね、てゆーか体を壊しますよ。毎日激務なんですから、食事はちゃんと取ってもらえませんか。
「イ・ヤ」
ぷくっと頬を膨らませ、ぷいっとそっぽを向いて、可愛く拒絶する我が直属上司、大聖女様。あ、コウメというのは大聖女様の本名です。カワイイでしょ?
御年四十六歳ですが、どう見ても二十代後半の絶世の美女。それはもう見事なケシカラン・バディをしておりまして、シスター服の下には超絶色っぽい下着を常用しております。
本人曰く、その美貌で六つほど国を滅ぼしたことがあるそうですが、真偽は不明。なんか怖いので確認してません。
「ん……おいし♪」
さくり、と。
チョコレートクッキーをひとかじりし、コクコクとミルクを飲む大聖女様。
んふふー、なんて感じでニコニコ笑っています。
大変に寝起きが悪いので、朝はこんな感じで隙だらけです。寝起き姿の写真集を発売したら、ミリオンどころかビリオンセラーになると思います。利益の一部寄付しますから、どうにか出版許可もらえませんかね?
「ごちそうさまぁ」
一分少々で朝食終了。
いやまあ、手軽な栄養補給方法といえばそうですが――ほんと、困った人ですね。
◇ ◇ ◇
みなさん、こんにちは。
私はハヅキ、神の教えを世に広める教堂のシスターで、教堂のトップに君臨する大聖女の側仕えをしております。肩書はなんだかすごそうですが、実態はただの丁稚奉公です。
現在十七歳。年齢=彼氏いない歴の、ピチピチの乙女です♪
まあ、シスターなんで彼氏とかどうでもいいんですけどね。
彼氏よりも、私を家政婦として雇ってくれるお金持ちのお方に出会いたいものです。老若男女問いません、今なら世界一優秀な家政婦を雇うことができますよ、さあ張り切ってご応募くださいませ! 即日シスターをやめてそちらに転職いたしますから!
さて、求人募集はこの辺にしておいて。
ここ最近、色々とお忙しいアラフィフ・シスターのマイヤー様に変わり、大聖女様の身の回りの世話をすることが増えてきました。あ、マイヤー様というのは大聖女様の公務上の側近です。少々お硬いところがありますが、世間一般にも通じた常識人で、教堂を支える幹部の一人です。
「あなたは家政婦としては、本当に優秀ねぇ」
ため息混じりに評してくれたマイヤー様。いやあ褒められてしまいました。嬉しいものですね。どうでしょう、ここはシスターとしてはクビにして、家政婦として雇い直すなんてことを考えてみませんか?
「家政婦のいる聖堂なんて、聞いたことありません」
ま、それもそうですね。自分のことは自分でやる、それが聖職者の基本ですから。
「それに、大聖女の側仕えを解雇したなんて、公表できるわけがないでしょう」
そういうものなんですか?
まあ、大聖女様は無駄に有名ですからね。神聖視されているところもあるから、世間体とか色々と大変なんでしょうね。
ま、そういうメンドクサイことは偉い人に任せておくとして。ちょっと気になることを聞いてみましょう。
「あのう……大聖女さまのお食事、あれでいいんですか?」
「いいわけないでしょう」
マイヤー様、即答後に深いため息。
「でも聞き入れてくれないのよ。困ったものね」
聞けば大聖女様の偏食は昔からだとか。アレルギーというわけではないそうですが、放っておくと食事抜きで過ごすそうです。
色々と試した結果、クッキーだけは食べてくれたことから、今のクッキー食になったのだとか。マイヤー様もホント大変ですね。側近というよりお母さんでは?
「あの人の姉シスター・モニカも色々工夫していたけれど、あれだけは治らなかったわ」
なんと、大聖女様の天敵、モニカさんでもだめだったのですか。
それは無理ですね、うん、メンドクサイから放置に決定です。
「そうだわ。シスター・ハヅキ、あなた料理も得意だそうね」
「へ?」
嫌な予感。
「いえいえ、得意というほどでは……家庭料理を少々、ですね」
お掃除については伝道者クラスと自負しておりますが、料理についてはそこまでの自信はありません。まあ、お料理上手な主婦レベルですね。ええ、ハヅキちゃんは自分をわきまえた謙虚な乙女なので、偉そうに言うつもりはありません。
はい、お役に立てそうにありませんね、残念!
「それでもかまいません」
かまってくださいよぉ。
「一度、大聖女様にお食事を作って差し上げて。あなたの料理なら食べるかも知れないわ」
「いやいや、それはないでしょう」
むしろ、突き返されるのがオチですね。「毒でも入れてるんじゃないでしょうね?」とか言われそうです。
「それでもいいから。一度試してちょうだい。見た目は若いけどもうじき五十なのよ。食事はきちんと取るべきよ」
そういやそうでした。大聖女様、マイヤー様のお仲間でしたね。確かに食事にはもっと気をつけるべき年齢でしょう。おっしゃることはわかります。
わかります、けど。
うーん、めんどくさいなあ。せっかく作っても文句言われるんじゃ、しんどいし。食べてもらえなかったら食材無駄にするし。
「気が乗りませんか?」
「はい」
「……相変わらず、はっきり答えますね」
「嘘をついたら神様にシバかれると教えられましたので」
「間違いではありませんが……言葉を選びなさい」
「次から気をつけます!」
「……フリでもいいから、もう少し反省した態度を取りなさい」
重いため息つかれちゃいました。てへ♪
「では、こうしましょうか」
しばし考えた後、マイヤー様がおっしゃいました。
「シスター・ハヅキ、大聖女様にちゃんとした食事を取らせることができたら、ご褒美をあげます」
「ご褒美、ですか?」
人参ぶら下げてやらせよう、てことですか。ハヅキちゃんも舐められたものですね。子供じゃないんですから、ご褒美と言われて「はいやります!」なんてなりませんよ。
あーもう、ほんと、舐めないでほしいですね。そもそもご褒美なんて言っても、しょぼいものでしょ?
「次の休みに、ライブへ行くことを許可しましょう」
「はいやります!」
まじか!
まじですか!
ライブに行ける、久々にライブに行ける! おっしゃー、やる気出てきたーっ!
「お任せください、マイヤー様! 必ずや私が大聖女さまに食事を取らせてご覧に入れますとも!」
◇ ◇ ◇
翌日のお昼。
大聖女様の執務室。幹部の皆様との打ち合わせが終わった直後を見計らい、私は昼食を乗せたトレイを持って行きました。
「お疲れ様です、大聖女さま。お食事をお持ちしました」
じろり、と私を睨む大聖女様。
にこり、と笑う私。
マイヤー様他、幹部の方が息を呑んで見守っています。いつもならビビって逃げ出す雰囲気ですが、今日は平気です。だって私は何も悪いことはしていませんからね、えっへん!
「……食事の用意は不要と、伝えたはずですが?」
「紅茶とクッキーだけなんて、体を壊します」
無言で私を睨むこと七秒。
大聖女様は、ため息とともにマイヤー様にジト目を向けました。
「あなたの差金かしら、シスター・マイヤー」
「そ、それは……」
「はい、マイヤー様に相談されました!」
「ち、ちょっと、ハヅキ」
あっさり認めた私に、マイヤー様が慌てました。
これで怒られるのはマイヤー様ですね。いやー、責任を取ってくれる上司って素晴らしいと思います。
「でも、私だって心配ですよ。食事は健康の基本です。昼食だけでも、ぜひお取りください!」
そしたら私、次のお休みにライブに行けるんです――というのは心の中だけで。
「心配、ねえ」
疑わしそうな目で私を見る大聖女様。
「ほんとにそうかしら?」
「あ、信じてくれないんですか? ひどい、ひどいです! 私はこんなにも大聖女さまをお慕いしているというのに!」
「側仕えになることを嫌がっていたのは、どこの誰でしたっけ?」
おおっとそう来ますか――でも、想定内ですw
「ここにいる私です!」
「……」
お、ひるんだ。やっぱり正直者には神のご加護があるんですね、たった今実感いたしました。
「でも、本当に慕っていますよ。だって私、大聖女さまの側仕えですよ?」
「……私、あなたに慕われるようなことをしたかしら?」
自覚あるんなら改めてくださいよ。
まあいいけですけど。いや、実はしてくれているんですよ、すごいことを。
「はい、毎月きちんとお給料をくれています!」
大聖女の側仕え。
これ、教堂の正式な職務ではありません。あくまで大聖女の私的なスタッフです。手間賃、という名目で毎月お給料をくれるのは、教堂ではなく大聖女様なのです。
たいした額ではありませんが、自由に使えるお金というのはとても大切。
それをきちんと支払ってくれているなんて、お慕いするのに十分な理由ですよね!
「なるほど……心の底から納得できました」
「ありがとうございます!」
なんか呆れてるような気もしますが、気のせいですよね!
「で、この昼食が、その気持ちの表れというわけですか」
大聖女様が、無表情でトレイを見つめます。
大聖女だからといって特別なメニューではありません。他のみんなと同じ、野菜たっぷりのスープに今朝焼いたパン、ハムとチーズを一切れずつ。違いといえば、私が作ったということだけですが、これはあえて伝えていません。
「はい、そうです!」
「わかりました。あなたの気持ちは素直に受け取っておきます。ですが食事は不要です、下げてください」
そう言って立ち上がった大聖女様は。
私の方を見向きもせずに、さっさと立ち去ってしまいました。
◇ ◇ ◇
まあ、こうなるだろうとは思っていましたけどね。
なにせ「姉」であったシスター・モニカですら矯正できなかった偏食ですから。
さて、と。始めるとしますか。
「あーあ、困った困った。これ、どうしようかなー」
突き返されたトレイを持って、食堂へと向かいました。他のシスターは配膳を終えたところ、これから食事のようですね。
「あんた、どこ行ってたのよ?」
声をかけてきたのは、私の「姉」シスター、リリアン。
午前中の教育指導を終えた途端姿を消した私を、射殺さんばかりの目で睨んできます。そんな怖い顔しないでくださいよぅ、大聖女様に匹敵する美貌が台無しですよ?
「大聖女さまのお食事の用意ですよ。マイヤー様に頼まれたんです」
あー、という目で、リリアン含め何人かのシスターがため息をついていました。
大聖女様の偏食、有名なんですね。ため息をついたのは、かつて突き返された人たちでしょうか。そのお気持ち、よくわかります。
「でもいらないと言われちゃいました。これどうしましょう?」
「あんたが食べればいいじゃない」
「いやー、でも大聖女さま専用の食器なんですよね」
「大聖女様専用の食器? え、そんなのあるの?」
はい、さっきこれをそうと決めました。
というのはナイショで。
「あんなことがあったし、色々用心してるんじゃないですかね?」
「あー、なるほど」
あんなこと、というのは。
実は先月、王女様の食事に毒が盛られるという事件が起こったんですよね。幸い王女様は非常に頑丈な方で、一晩下痢で苦しんだだけだそうですが。ピンピンしている王女様を見て「え、なんで生きてるの?」て犯人がびっくりしていたそうです。
ま、うちの大聖女様なら下痢すらしなさそうですけどね!
「もったいないですけど、私が食べるなんて恐れ多いですね……あ、そうだ。リリアンさん、交換してもらえません?」
「え、わ、私のと!?」
「はい。大聖女さまも、リリアンさんならお認めになると思いますし」
「え……そ、そうかな?」
ポッ、と頬を染めたリリアン。
教堂随一の大聖女様LOVE信者ですからね。ほれほれ、大聖女様専用食器ですよ。スプーンもフォークもそうですよ。これで食べたいでしょ?
「で、でも、私がなんて……」
「そうですか、嫌ですか。では別の方に……」
「い、嫌なんて言ってないでしょ! い、いいわ、仕方ないから、私のと交換してあげる!」
言葉とは裏腹に、嬉々として取り替えてくれたリリアン。どこかイッちゃってる目で笑いながら、スープを一口。
「え……なにこれ、おいしっ!」
リリアンが目を丸くして声を上げました。
それを横目で見つつ、私はこっそりほくそ笑みました。
◇ ◇ ◇
大聖女様に食事を持っていき、いらないと言われて引き下がる。
食べてもらえなかった食事は、シスターの誰かに食べてもらう。
そんなことを一週間、朝昼晩と繰り返したら、こんな噂が飛び交うようになりました。
同じメニューなのに、大聖女様専用食器で食べるとめちゃくちゃ美味しい。
そして噂を聞いたシスターズによる、大聖女様の「お下がり」争奪戦が始まりました。
「よっしゃぁぁぁっ!」
当たりくじを引き当てたリリアンが、雄叫びを上げました。
これで五回目、最多勝です。リリアンの大聖女様に対する愛は本物のようですね。
「リリアンばっかりずるい!」
「私も一回でいいから食べたいよぉ」
「明日こそは勝つからねぇ!」
大聖女様専用食器で食べるとおいしいのは、神の祝福がされているから。
噂にはそんな尾ひれまでついています。大聖女様、神聖視されていますからね。そんなわけないと突っ込んでいるのは、事実を知っている私だけでしょう。
え、事実ってなに、ですか?
別に大したことではありません。同じ材料で同じメニューを、私が作っているだけです。ただし、少々レシピが違いますし、私の故郷ではどこのご家庭にもあったうま味調味料を大量にぶち込んでますけどね。
なんてゆーかねー、大聖堂の食事レシピ、めちゃくちゃ古いんですよ。
味付けに使うのが塩のみ、てどういうことですか。マイヤー様に聞いてみたら、教堂創立の頃からの伝統レシピだそうで、代々忠実に守ってきたものだとか。
いや、改善しましょうよ。
教堂創立って、千年も前じゃないですか。現代人の口に合わないと思うんですけど。当時は砂糖を始めとする調味料は高かったんでしょうけど、今ではふつーに手に入りますよ。なんでレシピ改善しないのかなー。
もちろん調味料なしでも手間暇をかければおいしくなりますが、そんなのは料理人の領分です。料理スキルのない見習いシスターの皆様が限られた時間で調理するんですから――そりゃあマズくなりますよね。
「おいしぃ……これが大聖女様に与えられた、神の祝福なのね……」
感動のあまり泣きながら食事をするリリアン。
なんだかなー。
言っときますが、私は特殊な料理スキルをもってるわけじゃありません。ふつーに料理してるだけです。食材はちゃんとしたものなんですから、世間一般のレシピでやればふつーにおいしくなるんですけど。
「明日こそは……明日こそは私が」
「食べたい……私も絶対食べたい」
「今夜は徹夜で勝利祈願よ!」
いやぁ、盛り上がってきたなぁ。そろそろ仕上げといきましょうかねぇ。
「あのう、みなさん」
私が声をかけると――誰も振り向いてくれませんでした。
「ちょっとリリアン、一口ぐらいちょうだいよ!」
「いやよ、私が勝ったのよ! 大聖女様の愛は私が独占するのよ!」
「ちょっ……大聖女様は誰のものでもないのよ!」
「あの、すいませーん!」
もう一度、今度は大きな声で。
やっぱり誰も振り向いてくれませんでした。
「ああ、幸せ……これでまた私は大聖女様に一歩近づいたのね……」
「リリアン! いつまでもスプーン舐めてんじゃないわよ!」
「リリアンは明日のくじ引き禁止! はいこれ決定!」
「ちょっ……なに勝手に決めてるのよ!」
「だぁーっ、聞けやこの小娘どもぉ! 大聖女さまにチクるぞ!」
「「「「「あぁん?」」」」」
リリアンを始め、みなさんが振り向いて、私を睨みつけました。
コワイ。マジでコワイ。
「すいません、ほんとすいません。でもどうかお話聞いてください。お願いします」
「何よ、さっさと言いなさいよ」
リリアンが尊大な態度で許してくれました。ぐぬぬ、いつか見返してやる。
「い、いえですね、ひとつご提案がありまして……その、大聖女さまに、一緒にお昼を食べてほしいとお願いするのはいかがでしょうか?」
「え?」
「大聖女様に?」
しん、と静まり返る食堂。そして続く、ため息ズ。
「あんたねえ、そんなことできるわけないでしょ」
「大聖女様はお忙しいのよ」
「朝のお勤めですらめったにいらっしゃらないのに。あなた側仕えなら知ってるでしょ」
ええ知ってます。毎朝起こすの、本当に大変なんですよ。
「で、でもですね、大聖女さまのお下がりがとてもおいしいのは、きっと神の祝福によるものですよね。それを大聖女さまが味わっていないというのは、やっぱりいけないと思いまして」
「あ、うん……」
「まあ、それはそう、ね……」
私に言われて、ハッとするシスターズ。よしトドメだ。
「それに、もしかしたら、ですけど。一緒にお昼を食べていただけたら、私達も祝福のおこぼれに与れるかもしれませんし……そうしたら、全員がおいしいお食事をいただけるのではないかと……」
再び食堂が静まり返りました。
緊張の一瞬。
さてシスターズは、私の提案に乗ってくれるのか。
おお、神よ! 我にご加護を与えたまえ!
「ハヅキ、あんた……」
リリアンが、顔を真赤にしてプルプル震えています。
え、怒ってるの? あれ、失敗した? いけると思ったのに!
「あんた……たまにはいいこと言うじゃない!」
左手を腰に当て、右手でサムズアップをかますリリアン。
周りにいたシスターズも「おおー!」と拍手をし始めます。
いやほんと、どんだけ愛されてるんですか、大聖女様。そのうち神に代わって大聖女様を信仰しかねませんよ、この人たち。
ま、いいか。
◇ ◇ ◇
その翌日。
午前中の執務を終えた大聖女様は、押しかけてきたシスターズに連れられて、食堂へとやってきました。
「……どういうことです?」
厨房に立つ私を、ギンッ、と睨む大聖女様。
こ、こわー。
明らかに殺意こもってます。これに比べたらシスターズの視線なんてカワイイものです。大聖女様、絶対に視線だけで魔王を倒せると思います。
あ、減る。睨まれてるだけでHPが減っていく。ダレカタスケテー。
「私は、食事はいらないと言ったはずです」
「は、はい、それは存じておりますが」
リリアンが慌てて仲裁に入ります。
私をかばって――ではありませんね。大聖女様と話す機会があるのなら、たとえ激オコ中でも話しかける、それがリリアンの愛です。
「大聖女様に与えられた神の祝福を、私達だけが味わうなんて罪深いことと思いまして……どうか一度だけでもお召し上がりになってください」
「神の祝福?」
何のこと? と首を傾げる大聖女様。
まあ、わけがわからないでしょうねー。
「実はですね……」
カクカクシカジカ。
リリアンの説明タイムが終了しました。
「……なるほど」
事の経緯を聞き、海よりも深いため息をついた大聖女様。
「ハ・ヅ・キ」
殺意の視線+絶対零度の声で呼ばれました。こ、凍る! 魂まで凍ってしまう!
「何をしたのか知りませんが、姑息な手段を。何度も言った通り、私は……」
「大聖女様! どうか私達とともに食事を!」
「大聖女様とともに食事を取る幸福をお授けください!」
「大聖女様! お慕いしております!」
「大好きです!」
「愛してます!」
突然始まる、シスターズの愛の叫び。
大聖女様、びっくりして目を丸くしています。クックックッ、私とて無策ではありません。大聖女様が断る素振りを見せたら、全員で愛を叫んでくださいとお願いしておいたんですよね。
大聖女様、外面はいいですからねー。
こうして追い込めば、まず断れないはずです。
「……謀りましたね?」
愛の叫びに埋もれながら、私を睨む大聖女様。
ええ謀りましたとも。これもライブのためです。私はライブにいけるのなら、命をかける女なのです!
「みなさん、お静かに」
事の成り行きを見守っていたマイヤー様(いたんですね)が、両手を叩いてシスターズを静まらせました。
「みなさんの大聖女様を慕う気持ち、大変によくわかりました。大聖女様も……きっとお応えくださることでしょう」
「ちょっ……マイヤー!?」
「よいではありませんか、たまには。午後は予定もありませんし」
マイヤー様、ナイスアシスト!
この件に関しては味方ですからね、これで完璧な包囲網完成です!
「あ、ぐ……でも……」
それでもなお抵抗しようとする大聖女様。仕方ない、最後のひと押しするか。
「大聖女さまは、みなさんのことがお嫌いなんですかー?」
「なっ!? ハヅキ、言っていいことと悪いことがありますよ!」
「だって、ものすごく嫌がってますし……ひょっとしてと思って」
「バカを言いなさい! ここにいる皆は私の姉妹であり、大切な家族です! 心から愛しています!」
「ですよねー。さすが大聖女さま。では愛する家族といっしょに、温かな食事を取りましょう!」
ニッコリ笑う私。
しまった、という顔をする大聖女様。これでなお断ったら、シスターズへの愛も疑われてしまうでしょう。
よし、勝った!
「わ……わかり、ました。今日は昼食をともにしましょう」
黄色い歓声が上がる中、大聖女様は用意された席に座りました。
かろうじて笑顔を浮かべていますが、ひきつってますねー。
「じゃ、みなさん運んでくださーい」
用意していたお皿に、せっせと料理を盛り付けていく私。人数多いから大変です。大聖女様のお世話係競ってないで、誰か手伝ってくださいよぉ。
「……ハヅキ、あなたが作ったのですか?」
「はい、そうですよ」
「そう……マズかったら、ただじゃおきませんよ」
マズかったら――ですか。
やっぱりそうか。そういうことでしたか。
「ではみなさん」
マイヤー様の合図で食事の前のお祈りを捧げ、食事が始まりました。
敬意を表し、まずは大聖女様が食べるのを待つシスターズ。大聖女様はスプーンを手に取り、まるで毒でも食べるような強張った顔で、スープを一口。
「えっ……やだ、本当においしい」
目を丸くしている大聖女様を見て、きゃぁっ、と歓声が上がりました。
神の祝福よ、愛の奇跡よ、なんて言葉が飛び交う中、みんながスプーンを手に取ります。
「お、おいしー!」
「何度食べても、幸せの味よねぇ」
「私、初めて食べたぁ。もう最高!」
「神様に感謝を!」
「大聖女様に愛を!」
こうして本日の昼食は、キャッキャウフフと和やかな雰囲気の中、滞りなく終わったのでした。
しかし――千人分を一人で作るの、マジで疲れた。ちょっと昼寝しよ。
◇ ◇ ◇
その数日後。
「ハヅキ。あなたを厨房責任者に任命します」
苦々しーい顔をしながら、私に新たな役目を与えた大聖女様。背に腹は代えられない、ということですね。
「……大聖堂の食事を改善するように」
「お任せください!」
やったね、出世だ出世!
責任者、いい響きです。皆様のお食事はお任せください。いやー、なんだか張り切っちゃうなぁ!
「その意気でシスターの修行にも励んでほしいものですね」
チクリと嫌味を言われましたが、気にしません。
お掃除にお食事、その二つを担うことになった私、確実にスーパー家政婦としてレベルアップしております。ここでさらに腕を磨けば、王侯貴族に雇われるのも夢じゃありませんね!
「それにしても……偏食の理由が、まずいから、なんて。教堂のトップとして示しがつきませんよ」
「だってあれ、本当にまずいんだもの!」
マイヤー様のため息混じりのお小言に、ふくれっ面をする大聖女様。
そう、大聖女様のは偏食ではなく、ただ単にまずいから食べたくない、というだけでした。
おかしいと思ったんですよねー。
大聖女ともなれば王様や貴族から食事に招かれることも多いはず。ちょいとマイヤー様に聞いてみたら、特に残したりはせずおいしそうに食べていたと言いますし。
「あなただっておいしいとは思ってなかったでしょ?」
「まあ……」
目をそらしながらうなずくマイヤー様。
いや、そう思っていたなら改善せんかーい。
「教堂の伝統であり、清貧を旨とする生活の基本。そう叩き込まれてきましたから……」
ある意味洗脳ですね。
宗教って、ホントコワイですね。
「さて、ハヅキ」
こほん、と咳払いをして姿勢を改める大聖女様。
「早速ですが、厨房責任者としてのあなたに、ひとつ仕事をお願いします」
「はい、なんでしょう」
今夜の食事の用意ですか?
あ、1か月分の献立考えろとかですか?
どんとこいです、スーパー家政婦ハヅキちゃんにお任せください!
「頼もしいですね。では……これ、を!」
どさっ、と机に置かれた古くて分厚い本×5冊。
なんですか、これ?
「教堂のレシピ集です。シスターの食事は、この中から作る決まりです」
「え……これ、全部ですか?」
ものすごい量ですね、どれぐらいあるんでしょう?
「ざっと五千食ほどですね」
「なんでそんなにあるんですか!」
そのどれもこれもが、おいしくないそうで。
五千食もの、マズイご飯レシピ集――ある意味レア物ですね。好事家に売れるんじゃないですか?
「伝統は大切ですが、改めるべきは改めるべき……というわけで、ここに書かれているレシピすべてを改善し、新たなレシピ集として作り直してください」
「へ?」
お目々パチクリ。
「私が、ですか?」
「はい」
「あの、一人で、ですか?」
「そうですよ。残念ながら、あなた以外に料理が得意なシスターはいませんので」
「期待していますよ、シスター・ハヅキ」
にっこり笑う大聖女様&マイヤー様。
いやいや、ちょっと待って!
「一人でなんて無理ですよ! 何年もかかっちゃいますよ!」
「ご安心なさい、期限は設けません。何年かかっても構いませんから」
「あ、いや、でも……」
「ハヅキ」
私の言葉をさえぎり、大聖女様がきっぱりと。
「これは教堂トップとしての命令です」
「そうですよ、シスター・ハヅキ。断ることは許されません。腰を据えて取り組んでください」
しまったぁ、謀られたぁ!
この仕事が終わるまで、何年でもシスターを続けさせる気だ。五千食なんて、マジで年単位のプロジェクトですよ。これ引き受けたら転職できなくなっちゃいますよぉ!
「お返事は?」
Yes以外は認めない、と言わんばかりの、満開大聖女スマイル。
こわい――圧がすごい。断ったら、私の人生ここで終わる気がする!
「……ツツシンデ、ハイメイいたします」
「ありがとう。新たな伝統を作る名誉、ハヅキが独占できますね」
そんな名誉いらなーい!
わーん神様ー!
名誉なんかいりません、どうか転職の自由をお恵み下さーい!