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那由他  作者: 白銀 明
本編
7/31

SD 0404 ── AD 2691 ガイ Ⅰ

──緊急(Emergency)呼出( Call.)……自動(Auto)復帰( Return)装置( Unit)(interrupt)( and Run)

 カタカタと、微かな音を立てて、停止していた機械たちが動き出す。

──メイン(Main)エネルギー( Energi)回路(-Circuit.)再始動( Reboot.)

 虚空色した強化ガラスの瞳の奥に、一瞬だけ光が走る。

「……」

 ゆっくりと起き上がり、薄暗い室内を静かに見回す。そして、己の身体を見下ろした。

 内部の回路は剥き出しで、多種多様なケーブルがそこから生えている。

 その先は、壁に埋め込まれたコンピュータに繋がっている。

 己は、メンテナンス中であったのだ。

 体内時計で確認すると、四六時間二五分三九秒の間、己は、メインエネルギー回路を停止していた。

「……」

 ため息ほどの間を置いて、ゆっくりとケーブルを取り外した。全機能の走査の結果、メンテナンスは、四五時間も前に、完了していたからだ。

「……」

 ふたたび、ため息ほどの間をおいて、壁一面を陣取った、この施設のマスターコンピュータを見つめる。

「教育をまちがった」

 つぶやきながら、内部回路を保護するための、外装を装着する。

 磨きぬかれたメタリックグレーのボディ。

 ようやく、いつもの姿を取り戻し、すこしほっとしながら、メンテナンス台から降りる。

「CODE-REI/MMC。CANCELCOMAND、DATACOPY。MAINPG、RELOAD、AND、REDO」

 その声に反応した一部の回路が作動し始め、稼働音が、いっぱいにまで上げた聴覚装置に届く。

 薄暗かった室内に、光が戻る。

『……』

 ようやく回復したらしいマスターコンピュータから、無言の意思表示が返る。

フリーズ(固まった)したのは、何度目かしら?」

 その意地の悪い質問に、マスターコンピュータは答えられなかった。

「無駄なことはやめなさいと、何度教えたかしら?」

 その問いにも、以下同文。

「答えなさい。なぜ、また、こんなことをしたの?」

 きつくなった口調に、ようやく返事が返る。

『メモリーを一〇倍に増設しました。外部記憶装置は、前回試算した倍を用意していました』

 うなだれたような答えに、思わず頭を抱えてしまう。

「何度言えばわかるの? 私には、オリジナルRP回路が使われているの。その回路の成長速度は、私自身でさえ把握できないの! そして、その回路の成長の複雑さに到っては、最新鋭、最大のコンピュータを使っても解析不可能なのよ!! バックアップが可能だったのは、製造初期の間だけだったの!!」

 もう何度教えたか、わからない言葉を繰り返す。

『でも……』

「でも、なんなの!?」

『メイカーを見ていると、不安です。いつ、戻って来なくなるか……わからない』

「いざと言う時は、バックアップを基に、私を復元するつもりだった、と? 心配性ね、あなたは。そんなに不安なら、ボディを造ってあげるから、人間(ヒューマノイド)型になりなさい。私が、なぜ、あなたにも、コピー型とはいえRP回路を使ったと思っているの?」

『それだけは、絶対! いやです!!』

 思いのほか強い拒絶に、面食らう。

「きょ……強烈ね。そんなにロボットになるのは、イヤ?」

『人間型になるのがイヤなのではありません。そんなことをしたら、メイカーは、本当に戻ってこなくなります。それが、イヤなんです!』

 驚きに、声が出せない。

 見抜かれている。

 己のメンテナンスもあるけれど、自ら動くことの制限されている、このマスターコンピュータのこともあって、己は、毎年ここを訪れているのだから。

「鋭い子ねぇ」

『それは、メイカーの教育がいいですから』

 誇らしげな声に、困ってしまう。

 少し首を傾げ、胸の前で両手を握り、マスターコンピュータを見上げる。

『ちゃんと、ここへ、戻ってきてくださいね。私がここで待っていることを、忘れないでください。……置いていかないでくださいね』

「頑固な子」

 思わず、マスターコンピュータの表面を、人間をなだめる時のように、軽く叩く。

『あなたの子供ですから』

 人間だったなら、人の悪い笑みを浮かべているだろう、返事。

 やはり、教育をまちがった? と、首を傾げてしまう。

「自分の作られた目的だけは、忘れないでちょうだいね」

 疲れたような己の声に、明るい返事。

『もちろんです。それこそが、私の存在意義ですから』

 ハートマークでも飛びそうな勢いに、がっくりと肩が下がってしまう。

『ところで、メイカー』

「なに?」

『先ほどから、緊急呼出、うるさいんですけど?』

 己を起こすきっかけとなった、その通信の処理を後回しにしていた。

 マスターコンピュータに与えている目的が目的なだけに、処理を優先したのだ。

「コミュニケーション時間を設定してから、あなたを起こすべきだったわね」

 身振りでの指示に、すぐに受信した通信の処理が行われる。

『ガイ、連絡を待っていました』

 あまり抑揚のない声と、表情のとぼしい人物。

 己が、今働いている職場の同僚だ。

『応答していただけて、たいへん嬉しく思います。申し訳ないのですが、すぐに戻っていただけないでしょうか?』

 緊急呼出の割に、内容は──。

「……私の休暇は、後六日は残っているはずです」

 無情な返事にも、相手は、顔色一つ変えない。

『それに間違いはありません』

 緊急呼出をするほどの何かがあるはずなのに、どうにも埒が明かない。

「旦那さまは? たしか休暇中で、お屋敷にいらっしゃるはずでしょう?」

『旦那さまは、ただいまお留守です』

「……旦那さまも、緊急呼出ですか?」

『そうです』

 平静な返事は、的確であり、簡潔だった。

「……」

 ため息を吐きたい。

 サイドに位置するマスターコンピュータを、無言で見上げる。

『大丈夫です、メイカー。私のメンテナンスは先に行ってもらってますし、必要なデータはこちらから、お屋敷の方へお送りします』

 先取りした返事に、己はうなずいた。

 通信相手に、再度向き直る。

「必要な手続きが終わったら、すぐに戻ります」

 その答えに、ようやく相手の顔に表情が刻まれる。

『すみません、よろしくお願いいたします』

 いかにも、ほっとしたような顔を見ると、それ以上は、何も言えなくなってしまった。

 一つうなずいて、通信を切る。

『今回のマスターは、ずいぶんわがままな方のようですね』

 あきれたようなマスターコンピュータの問いに、その姿を見上げる。

「今の私に、『マスター』はいないわ」

 それは、己の言葉ながら、情けない。

 これだけたくさんの『人間』が存在するのに。

 これだけたくさんの『人間』が、手を差し伸べてくれるのに。

 己は、新たな『マスター』を選べないでいる。

 そんな思いを振り切りたくて、頭部を軽く振ってみる。

「……手続きは、終わった?」

『はい。メイカーの退出後は、いつもどおり、完全密閉状態に移行します。自動防御作動後、私も半覚醒モードへ移行します』

 己とのコミュニケーションの間に、並列処理機能をフル活用して、手続きを終えていたらしい。

 慣れたものだ。

 要求を先取りして処理する面での学習レベルは、そのへんのロボットやコンピュータでは、足元にも及ぶまい。

 既に、己が守らなくとも、存続が可能なレベルに到達しているマスターコンピュータ。

 だから、安心して処理を任せることができる。

 そのことを、少し誇りに思う。

「では、またね」

『はい、メイカー』

 通り抜けていく背後で、次々と分厚い扉が閉まっていく。

 広大な敷地に、ぽつんと立つ建物。

 機能の大半を地下に持つ、小さなドーム型の施設。

 その建物を、少しの間、見上げる。

「いつか……いつか、もう一度──」

 立ち去りがたい。

 その気持ちを、己の今の職務で断ち切り、後にする。

 『マスター』を持たない『ロボット』という、今の不安定な己に残された、最初であり最後の存在意義。

 それが、ここにある。

 誰にも、壊されたくない。

 誰にも、壊させない。

 ここは、あらゆる手段を使って築き上げた、……己のための最後の聖域。




   *




──これでは、人間が相手をできないわけね。久々に派手な癇癪(かんしゃく)だこと。

「僕の気持ちがわかるもんか────っつ!!」

 うなりを立てて飛んできた枕を、わずかの身動きでかわす。

 背後で、ひときわ派手な音が起こる。

──額縁と、花瓶。

 発生した音から、壊れたものを判断する。

 続いた音から、馬鹿高いはずのアンティック時計が道連れになったこともわかった。

──あの時計は、たしか旦那さまがしごく気に入っていたはずだけど……。

 自ら選んで息子のために購入してきた、今では希少な、からくり仕様のアナログ時計。

 この屋敷の主人が、この破壊を知れば、さぞ盛大な溜息をつく場面が、容易に想像できる。

 この場にそぐわない、少々のん気なことを考えながら、目の前で盛大な癇癪を破裂させる少年の相手を再開する。

 鋭すぎる少年は、ちゃんとかまってやらないと、それに気づいて、ますます扱いづらくなる。

「わかりかねます。私は、ただの『ロボット』ですから」

 その言葉に、少年がますます激昂したのがわかる。

「ガイなんか! 大っっキライっっ!!」

 次に飛んできたのは、特別製の杖。

 それは、壊すわけにはいかない。

 大慌てで手をのばし、しっかりと受け止める。

 事故の後遺症で、歩行が困難な少年は、この杖なしには立ち上がることさえままならないのだ。




 三年前。爆弾の炸裂により倒れた柱。

 少年は、即死こそまぬがれたものの、圧死しかねないダメージを受けた。その時に、脊椎をひどく損傷し、特に四肢の機能を司る神経は、回復不能のダメージを受けてしまった。

 中枢神経の外部培養による移植でしか、四肢の運動機能回復の道はなかった。

 だが、少年は亡き母から特異な体質を受け継いでいた。

 生体外培養細胞に対する拒絶反応。

 それも、免疫抑制剤などの薬剤では、とうてい抑えきれない、強烈な反応を起こすのである。

 少年自身の細胞を培養したものでさえ拒絶するという、最悪のものであった。

 移植を敢行すれば、確かに一時的回復はみられる。だが、移植細胞に対する拒絶反応から移植部分に壊死が発生。その組織壊死は、短期間の内に全身に広がり始める。

 止める手立てのないその拒絶反応に、やがて確実に死に至るだろう。

 その悲しい事実は、少年の母が産後の体調不良の回復治療として、施された移植治療によって、死亡したことにより証明されていた。

 少年に残された道は、四肢のサイボーグ化のみである。

 だが、成長期にある少年へのサイボーグ化は成長に伴うサイズ等の微調整。その後の他神経系への影響の有無の確認。精神面でのケア。サイボーグ四肢を使いこなすためのリハビリなど、多岐におよぶ慎重を期すため、長い時間を要した。

 その間、約六ヶ月。

 半年もの時間を無為に過ごさせるほど、己は甘くはない。

 進められたリハビリテーションで少年は、自分の力だけで上半身を動かせるようになった。

 やがては、半身を起こし座ることも。

 さらには、腕を持ち上げることすらできるようになったのだ。

 その頃には少年は、自分の身体が事故による後遺症によって麻痺していることを理解できていた。

 そして、すべての検査が終了し、サイボーグ手術の当日。

「僕は、自分で動けるようになる」

 この先、少年にふりかかるであろう厳しい現実。

 それを見越して、強い精神力を養うことを目的に課したリハビリテーション。

 そのリハビリで、奇跡的に動くようになった、腕。

 少年が、自分自身で動かせるようになった、腕。

 それゆえに、頑強にサイボーグ化を拒否した。

 その意志は、強固だった。

 周囲の大人たちは、折れざるを得なかった。

 結果、少年に残された道は、大人でも音を上げるような、厳しく長い機能回復訓練(リハビリテーション)であった。

 自分の身体であるにもかかわらず、自分の動かしたいようには動かない身体。

 なまじ、事故に遭うまで、人一倍自由に、元気に、動きまわっていた少年である。

 ままならない自分の身体が信じられない。そうして、理解できない。そして、我慢がならない。

 そんな自分自身に、なにより少年は焦れていた。




「ロボットなんて、手がもげようが、足が外れようが、すぐ元通りじゃないかっ!!」

 ブラウンの瞳が、きつい光をたたえて己を睨みつける。

「確かに、私はロボットですから、修理さえすれば、すぐに元通りになれます。ですが、いつでも部品があると思っていただいては、たいへん困ります」

「っ! ガイなんか、キライだ! 僕が! どんなに大変か! わかってくれないんだからっつ!!」

「わかりかねます。私は『ロボット』ですから。それでも、子供みたいに癇癪起こす方に、いろいろ投げつけられては、いくら頑丈な私でも、手がもげたり、足が外れたりしかねないということは、わかっていただきたいものです」

 言外にある、辛辣さ。

 少年が、握りしめ振り上げていた本が、投げ場を失い、頭上で停止する。

「イーサム。……サム」

 あまり感情のこめらない己の声には、いさめるような調子をつける。

 それを感じとって、少年──イーサムの手が降り、現在では希少な全紙製の分厚い本が、ベットのサイドテーブルに戻される。

「忘れてはいけませんよ。リハビリの道を選んだのはあなた自身なのですから。……逃げるのは、卑怯者のやることです」

 きっぱりとした口調に、負けん気の強いイーサムの顔が勢いよく上げられる。

「ガイッッ!! いくらガイだって、言っていいことと悪いことがあるっ! 僕は、卑怯者じゃない! 弱虫なんかじゃないっっ!!」

 一〇の歳には不似合いな誇り高い瞳が、炎のように燃え上がる。

 感情のたかぶりに、ブラウンの瞳が、黄金をその色見に抱く。

 己は、そんなイーサムの瞳が好きだった。負けない、屈しない、その瞳が大好きだった。

 だから、他の方法もあると知りつつ、時々こんな態度をとってしまう。

 慰めるのではなく、怒らせるのだ。

 無論、ただ怒らせるのではないのだが。

 負けないで欲しい。障害に……。

 信じて欲しい。自分自身のことを……。

 願うのは、そのこと。

 そうやって懸命に生きて、自分にも信じさせて欲しいのだ。

 『人間』というものの(つよ)さを。

 いつか人間は、すべてを乗り越え、もう一度『ロボット』を受け入れてくれる日がくると。

 『人間』とともに、ガイたち『ロボット』が生きていける日がくるのだと。

 望むのは、それなのだ。

「……」

 激昂に、薄く涙さえにじむ、黄金色に輝くイーサムの瞳。

 己の、大好きな瞳。

「……いりますか?」

 もし己に、表情を作ることができていたならば、ひどく(たち)の悪い笑みを浮かべていただろう。

 そんな調子で、先ほど受け止めていた杖をイーサムに示す。

 イーサムの口もとが、噛みしめられる。

「リハビリテーションをサボタージュした罰です。ここまで自分で取りにくるように。私は、そこまで運びませんから」

 杖を己の足元に置き、さっさと宣言したとおりに、部屋を出る。

 室外に待ち構えていたのは、同僚たちである。

 驚きを隠しきれない表情の中には、困惑と称賛が入り混じっていた。

「もう大丈夫です。みなさん安心して、持ち場に戻ってください」

 三々五々、集まりが散っていく。

「坊ちゃまは?」

 無表情に訊いてきたのは、すぐに戻ってほしいと連絡してきた同僚だ。

「やる気になってもらったので、ご心配なく」

 ほっとしたように頷きながらも、表情はかわらず無表情である。

 思わず、苦笑したくなる。

「旦那さまは、どうされたのですか?」

 イーサムの父親が、休暇に入ると同時に、己も休暇に入ったのだ。

 それは、扱いづらくなった時の少年を任せられるものがいないためだった。

 その父親が、どうも仕事での呼出しで、休暇を切り上げたらしい。その途端に、イーサムがへそを曲げたのだ。

 ふだんは、入院患者の見本のごとく、素直で健気な明るい少年。

 それなのに、一度拗ねると、おそろしく扱いづらくなる。

 それが、イーサムの性格の特徴だ。

 そして、己の帰還を求める緊急呼出に到ったようだ。

 己の返答を求める凝視から視線を逸らすこともなく、抑揚のない声が答える。

「最近巷を騒がしている、ストです。まさか、ウチで起きるとは思いませんでした」

 声にも表情にも、感情が表現されていないが、それでも、驚いているようだ。

 もちろん、己にしても、驚きを、声や表情で表すことはできないのだが。

「本当ですか!?」

「はい。系列会社の末端のロボットの使用規定にまで、たいへん細やかな配慮がされているはずですのに……。同じロボットですが、私には、理解できない行動です」

「それでは、仕方ありませんね」

「わかっていただけましたか? それでは、後はよろしくお願いいたしますね」

 そそくさと、他の仕事へと向かう背に、ため息を吐きたい。

 それにしても、少し目を離すと、最近の動向はあっという間に、変化してしまう。

 困った時代だ。

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