SD 0416 ── AD 2703 Now Ⅱ
割れて風の吹き込む窓際で、プラチナブロンドの髪が光る。
差し込む星光を呑みこんで、闇をわずかに照らし出す。
だが、その髪の明るさとは反対に、端正な造りの横顔には暗い影が落ちていた。
憂いを含んだ表情の中、ただその瞳だけが優しさをにじませる。
柔らかなくすんだグリーンの瞳が、部屋の隅の塊を見つめる。
汚れ、くたびれきった厚手のマントにくるまれている物の中央が、規則正しく、ゆっくりと上下を繰り返す。
その動きを、じっと確かめるように目で追い続ける。
止まることの無い動きを、じっと確かめるように目で追い続ける。
緩やかに続くそれに、むりやり納得したようにして、視線が外へと戻された。
今、時代は、見るも憐れな姿をさらしている。
暗闇を手探りで這うありさまの文明は、繁栄には程遠く、かつての栄光の片鱗さえも見られない。
連綿と続いてきた歴史は、その歩みを止めてしまっていた。
そして『現在』という言葉は、『光のない夜』『明けぬ夜』と同義となった。
惑星、シーサイド──
銀河一の楽園都市を抱える夢の星。
誇らかにうたわれ、全盛を誇った星も、例に漏れることなく、今では見る影ないありさまである。
『青い宝石』と、見る者を魅了した海には、打ち捨てられて漂うヨットが、油をまとってしどけなく浮かび。
『真珠の岸辺』には、最新を誇っていた海底遊覧船は打ち上げられ、朽ち果てた哀れな船体を潮風にさらす。
若人たちが嬌声を上げて戯れ、幼い子供達がはしゃぎまわっていたリゾート施設は、塩をふくんだ風に赤黒く錆果て、今にも崩れんばかりである。
それらの施設に続くハイウェイ沿いには、手入れされず、枯れかけた熱帯の植物達が整然と立ち並び、立ち枯れる。
その木々を駆逐する勢いで、この惑星原生の植物たちが、生き生きとした緑を繁らせ始めていた。一種異様な色彩を放つその植物群は、まがまがしく。だが、それであるからこそ、今の時代にしっくりと溶けあう艶姿を披露している。
ハイウェイの伸び行く先には、増加する観光客のために増設されていた新宇宙港の姿がある。
しかし、そのすべてが完全に放棄されていた。
積み上げられた資材は既に廃材と化し、その中を我が物顔でネズミたちが走り回る。
それを追いまわす、野性化したかつての愛玩動物たち。わずかな光の中で、動物たちは、懸命な生の営みを続けている。
光など、今となっては、原始的松明やランプの類のみ。そして、自然の恵むわずかな星光。うらぶれたこの惑星の姿を浮き上がらせる、かすかにまたたく夜空の星々……。
衛星を持たぬこの星は、夜ともなれば真の闇をその腕に抱く。
そんな星の光を切り抜くような影は、いまだ点々と存在していた。かつてこの星の行政部の置かれていた、シティ・ヨコハマに林立する高層ビル群である。
窓はことごとく破れ、破片は残骸と化したエアカーに深々と突き刺さりわずかな星光を弾いている。
修復不可能なほどに破壊された出入口から侵入した風が、非常階段を吹き抜ける。そのたびに、悲鳴のような甲高い音を一帯に響き渡らせた。
どこまでも荒廃した姿に、かつての百万人都市の姿を見ようとするのは……むなしい。栄光のカケラも見出せぬその姿に、崩れかけたビルの間を吹く風も、泣いていた。
そんな、絶え間無いビル風にあおられて、壁にはられた紙片たちが、聞こえるか聞こえないかの音を立て続ける。
強い一陣の風に、中の一枚が根負けしたように宙に舞う。
そこには、一体の人間型ロボットの写真と、一連の数字の羅列……。
賞金首のロボットの手配書である。発行元は、──『人類開放戦線本部』。
壁に残った紙片。それは、全て同じ手配書であった。
ただしこちらに刷り込まれているのは、人間の写真。並ぶ金額……賞金額は、先の手配書の優に三倍。
現状の、破綻した経済状態の中、その金額にあまり意味は無い。
だが、その手配書は、それを発行する力があるのだという無言の示威行為だ。
見渡せば、あちこちに同様の手配書が貼られている。
二種類の手配書が、互いを牽制しあうようにあらゆる壁面に所狭しと並んでいた。
一つは人間側からの物。人間に対する虐殺行為をなしたロボット。
一つはロボット側の物。もっぱらレジスタンスのリーダーである。
ロボットに対する反抗を続けている人間は、『レジスタンス』として扱われている。
つまり……ロボットにこそ現在の主導権があるのだ。
人は、その支配権を十年前に手放してしまっていた。
そして今、人は、夢を見る。
再び、宇宙を手にする夢を──
*
外を警戒していた瞳を、かすかに聴こえた音に反応させて、内部に向ける。
反射的に身を起こし、銃を構える。
音の発生源へ眼を向け、息を殺すようにして気配を探る。
間もなく、先刻聴きとがめた音が伝わってくる。
かすかな音。同じ間隔で発せられる音。
グリーンの瞳が、鋭いグレーの光を弾きながら、さらに高まった緊張をはらんで音源をにらみつける。
……やがて、全身の緊張が解かれる。
壊れた排水管からこぼれ落ちる水滴の音が、警戒させた音の源。
おおげさな自分の反応にあきれながら、再度厚手のマントの塊のようすを見る。
何度となく繰り返された大きな寝返りに、蓑虫と化していたその塊が、モゾモゾとうごめいている。
動きに、マントの端にのぞく物が星の光を受け、金粉をふりまく。
手入れもされず、乱暴に刈り上げられているだけの髪。にも関わらず、濡れたような光を失うことのない美しい黄金の髪。
それが、動きに従って、ぱさりぱさりと汚れた床のほこりを舞いあげる。
羽化する蝶の羽根のようにマントから這い出てくる金の髪の真横に、鈍い金属の光が現れる。
それは必死にマントをはがそうと格闘しはじめるが、やがてあきらめたように動かなくなった。カツン、と乾いた音を響かせてそれが床に落ちる。
反対側から現れた日に焼けた腕が、あっさりと上半身に巻きついていたマントをはぎとってしまう。
マントの端から、焦点の定まらぬブラウンの瞳が、自分にそそがれる。
「……どうした?」
寝ぼけた響きをにじませる声に、唇に苦笑が浮かぶ。
「心配いりません。まだ休んでいてかまいませんよ」
おだやかにうながすと、素直にマントが引き上げられる。
大の字になって、子供のように安らかな寝息をたてる目の前の『人間』に、再度苦笑が浮かぶ。
「私は……『ロボット』なのにな 」
グリーンの瞳が、メタリックな光を弾きながら静かに伏せられる。プラチナブロンドと見紛うグラスファイバー製の髪が、うなだれた頭の動きに従って、吸収した星光を闇の中にふりまく。
『ロボット』である自分。
ロボットであるがゆえに、眠る必要はない。だから自分が不寝番を勤めている。
とはいえ……、ここまで無防備に眠れる相手にあきれる。
初めて出会った時からずっとかわらないその態度。
いつから、それに不安を覚えるようになったのだろう?
いつから……否、なぜ? 自分は“不安”を内に抱えるようになったのだろう?
「……」
目の前で眠る、『人間』。たった一人、自分の存在を認め、許容した相手。
今、自分の目の前にいるたった一人の『人間』が、この疑問の全ての答えを持っているような気がする。
「あなたには、答えがわかりますか?」
つぶやくような声は、むせび泣くような風の音にかき消された。
自分は、どうしてよいのかもわからずに、見つめ続けることしかできない。
いま自分の前にいるたった一人の『人間』を……、見つめ続けることしかできない。
見つめる相手は、満足そうな笑みを唇に浮かべて、深い眠りを貪っている。
人間であるからこそ夢を見、眠るのだ。深く、……深く眠るのだ。
ただ、眠るのだ……。