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那由他  作者: 白銀 明
本編
2/31

SD 0401 ── AD 2688 15 years ago Ⅲ

「人間は、永遠には生きられない」

 すねた言葉。それは真実。

 しばしの沈黙の後、静かに返事をする。

「限られた時間しか持てないという逃げで、あなたにあるはずの可能性まで捨てるつもりですか?」

 とがめるような問いに、ますます頬がふくらむ。

「……」

 なかなかに強情な子を、どうやって説得するか、しばし記憶の中をさぐる。

 七歳という年齢に見合わぬ、ひどく聡い部分を持つ子供である。

 なまじなことでは、納得すまい。

 だが、残された時間は、もう幾ばくもない。

 己の大好きな言葉をぶつけてみるか。

「『那由他(なゆた)』という語を知っていますか?」

「……」

 沈黙は、雄弁である。

「知らないのなら、すぐに調べる」

 厳しい指示に反発しながらも従った。

 ホームコンピュータに命令して、辞書機能を起動し、ベッドサイドに投射させる。

 処理を選択し、言葉を絞り込んでいく。

「『那由他(なゆた)』……仏教用語。梵語(ぼんご)阿由多(あゆた)の百倍。極めて大きな数」

 むっつりとした答え。それは、完全には理解していないことを表している。

「説明できますか?」

 睨みつけてくる瞳。そこには、反発だけではない色が含まれている。

 それが、嬉しい。

「できるわけ、ない」

 完全に理解できていないことを、他の人間に説明することは難しい。

 それをわきまえた幼子に、ゆっくりとうなずく。

(いち)(じゅう)(ひゃく)(せん)(まん)(おく)(ちょう)(けい)(がい)禾予(じょ)(じょう)(こう)(かん)(せい)(さい)(きょく)恒河沙(ごうがしゃ)阿僧祇(あそうぎ)、……那由他(なゆた)

 呪文のような言葉に、幼子の瞳がくりくりと見上げてくる。

累乗(るいじょう)はわかりますね?」

 三日前に、教えたばかりである。知らないとは、言わないはずだ。

 しばしの沈黙の後、答えが返る。

「同じ数を掛け合わせること」

「一は、……十の〇乗(ゼロじょう)。十は、十の一乗(いちじょう)。百は、十の二乗。千は、十の三乗」

 言葉を切ってようすを見ると、懸命に理解しようとしているのだろう。目をしっかりと閉じ、眉を思いきり寄せて、ぶつぶつとつぶやいている。

「じゃあ、万は、十の四乗。『一』の下に、『〇』が四個並んでて……。億は、一の下に〇が八つ並んでるから……十の八乗? 兆は、十の十二乗?」

 問いにうなずく。答えは、累乗の概念を理解していることを証明した。

(けい)は、十の十六乗。(がい)、十の二〇乗。禾予(じょ)、十の二四乗。(じょう)、十の二八乗。(こう)、十の三二乗。(かん)、十の三六乗。(せい)、十の四〇乗。(さい)、四四乗。(きょく)、四八乗。恒河沙(ごうがしゃ)、五二乗。阿僧祇(あそうぎ)、五六乗」

 幼子に顔を向ける。

「四乗ずつ大きくなっているから……。じゃあ、『那由他(なゆた)』は……六十乗?」

「そのとおりです。その大きさの想像がつきますか?」

 考え込むように、再度目をつむった。

「一。一〇。一〇〇。一、〇〇〇。一〇、〇〇〇。一〇〇、〇〇〇。一、〇〇〇、〇〇〇。……一、〇〇〇、〇〇〇、〇〇〇、〇〇〇。…………うー、うー、一、〇〇〇、〇…………う~~~~~~~っ!!」

 自分の認識をはるかに超えた大きさに、癇癪を起してしまったようだ。

「限りのある、『那由他(なゆた)』という数値の大きさはわかりましたか?」

 それが、どうした。と、瞳が言っている。

「永遠でもなく、無限でもない。限りあるものにも、途方もなく大きなものは存在するということです」

「……」

「限りある時間しかないと、あなたがいう人間にも、同じことがいえませんか?」

「……」

「可能性はあるんです。たしかに無限ではないけれど、それでも『那由他の可能性』があるんです」

「……」

 きゅうっと、噛みしめられた唇。

「あなた自身が、その可能性を捨てない限りは、と付け加えなければなりませんが」

 見上げてきた瞳の強い光。

 その光が、自分の可能性を否定していないことを表している。

「どうします?」

「やるっ!」

 間髪おかずに返った返事に深くうなずき、幼子を抱きあげる。

「途中で弱音をはくことは許しませんよ。選んだのは、あなた自身です」

「負けるもんか!」

禾予……じょ。本来1文字で表す漢字ですが、環境依存文字のため2文字で表現しております。

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