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仕組まれた婚約破棄

仕組まれた婚約破棄 〜婚約破棄した男の末路〜

作者: 佐久ユウ

『仕組まれた婚約破棄〜当て馬令嬢が愛したもの〜』

https://ncode.syosetu.com/n4789il/

の婚約破棄した男側の視点ですが、単品でも読めます。

 子爵令嬢が茶会の席で突然叫んだ。


「なぜ私だけを愛してくださらないの!」


 あー、まただ。俺は内心うんざりしたが、他の令嬢もいるので曖昧な笑みを浮かべた。夜会で少しめたら思わせぶりな眼をしたのはそっちだ。肌触りが良かったのは事実だが。


「なぜと言われましても、私にはエリルという婚約者がいますから」

「なっ……」


 絶句する令嬢。婚約してから別れるのが本当に楽になった。


 バシャッ!


 子爵令嬢が紅茶を隣に立つ婚約者エリルのドレスへ投げつけた。エリルは淡々とハンカチで拭くと「申し訳ありませんでした」と深々と頭を下げる。『悪いのはあっちだぞ』と言った時は扇子せんすも飛んだので黙って退散する事にした。


「エリルの気分が優れんようだ。失礼するよ」


 エリルはエスコートに出した手を素通りし、スタスタと馬車に向かう。ちっ、かわいくない女。


「エリル、私のエスコートを避けるのはどうしてだ。君の父上の借金は帳消しにしただろ?」


 エリルは澄まして言った。


「茶会に同席したんですよ? さらにオリバー様の手を取る必要がありますか? 火消しは全て私がしております」


 ぐ。俺は公爵家だぞ。こいつ……本当に可愛くないな。絶対に俺にすがらせて、まだ触れたことすらないその唇から嬌声きょうせいを響かせてやる。


 そのためにまた夜会で新しい女を探さなくては。俺は黙って馬車の外に視線を向けた。

 この感情の底にある答えをずっと探している。





 気づけば地平の果まで真っすぐ平らな道が続いていた。恵まれた容姿、恵まれた地位。恵まれた商機。だが全て俺が得たモノではない。

 今は亡き母譲りの金髪に青い瞳の容姿、父から継いだ公爵位、商機は公爵家に取り入り自己顕示欲を示したい輩が群がった結果でしかない。


 そんな中、俺の金目当てにエリルの父オブライエン卿が紹介したいと自分の娘の肖像画の包みを解いた。


「どうですか、閣下。黒鳥のごとき濡羽色ぬればいろの髪は長く、肌は雪のように白い。読書を好み知識はたわわに実るマルメロの実のように豊かで飽きません。いや、マルメロはこの肖像画を見れば分かるように胸の方ですわ、はっはっ」


 容姿より、凛とした佇まいがとある女に似ていたので了承した。

 いざ会うとなると柄になく緊張し、マルメロとは似ない胸に視線を向けた。控えめな胸はやせたあの女を思い出し眉をひそめた。


 だが、エリル嬢は中身がまるで違った。凛とした第一声に強さがあった。


「閣下は、自由な恋と愛こそが息苦しい社交界の"砂漠のオアシス" になると思いませんか?」


 俺の探し物はオアシスにあるのか? 伯爵令嬢らしからぬ提案に面食らい、俺の顔と地位を利用する男好きではないかと冷ややかになる。


「エリル、貴方ほどではないが、私は容姿に恵まれ不自由はない。だが"砂漠のオアシス"とはね、そうまで思う方と出会ったことはないな」


 だが彼女は冷えた笑みで、俺を煽った。


「あら、閣下ほどのお方がオアシスをご存じない? 残念ですわ。もっとも本当のオアシスを探すには故郷が必要ですが」


身を乗り出し本心を探るため、青い瞳を見つめた。この女の実家の事業が危ないのは承知の上だ。金と地位の庇護ひごを得るため自分がオアシスだと言うつもりか?


「どういう事かな?」

「自分には帰る場所がある。これ以上君の元にはいられない、と言って立ち去るのです」


 商人達よりも媚びない瞳。自分を差し出さず、それでいて俺が欲しい価値を提供できると、言っているつもりらしい。


「なるほど、面白い。じつに興味深いね」


 初めて心から興味が引かれた。気の強いこの女に言い寄られたい。そうすれば俺はようやく女という存在と対等になれる気がした。俺はエリルと婚約して彼女を故郷に、オアシスへ旅に出た。





 俺は女好きと社交界で噂されたが、自分だけの力で得られる、確かなものを探していた。俺に近づく女たちは俺の顔と地位にしか興味を持たない。あるいは男としての俺にしか興味を持たないのだ。


 思い返せば公爵位を継ぐ前からそうだった。


 俺の平らな道にある日、継母は現れた。榛色の髪にくすんだ青い瞳を持つ亡き母の末の妹。七人兄弟の一番下だった。それほど歳が離れていない叔母は猫なで声で俺に甘えてくる。


『オリバー、どうして貴方のお父様は後妻のあたくしを置いて愛人通いをするの?』


『二人目は不要だと叩かれたわ……私は姉様と違って、まだ若くて丈夫なのに……』


 父はまた出産で継母を失うのが怖かったのか、嫉妬深い継母が我が子を産んで、俺を暗殺するとでも思ったのか。何を恐れたのか語らぬまま、愛人を屋敷の外に囲い、ある晩に深酒で死んだ。


 そして父を埋葬した夜、継母も失った。


 飲めない酒を俺に飲ませ、もうろうとする俺にあの女は口付けをした。


『ねぇ、オリバー。誰にも言わないから。続けて。もっと、して』


 いつの間にか俺を見下ろしてた未亡人は、汚れたシーツごと姿をくらませた。

 翌朝、森の中で発見されたと執事から報告を受けて、俺は続きを拒否した自分を呪った。


 俺は罪悪感を追い払うために商会の経営にのめり込んだ。だが金はあの女の生々しい感触を忘れさせない。だから新しい女を求めたが、錆びついたように薄れる事はなかった。


 気づけば継母を追いつめた父を恨み、父と同じやり方で忘れようとする自分を寝台の縁でわらっていた。


 もう公爵家なんて没落しろ。


 だが想いとは裏腹に商会はイグリス王国で随一となり、公爵家は名声を極めた。

 俺に言い寄る女も増え、女を良くしてやる事に商売以上の生きがいを感じて燃え上がった。

 だが燃え尽きてみれば、どの女も俺自身を見てはいない。もっと、を求められると燃え盛る炎は水をかけられ、ジュッと音を立て消える。





「もっと私に誠意を見せて!」


 エリルと公園を散歩中、男爵令嬢が俺に扇子を投げ付けた。


まただ。俺に婚約者がいる事は知ってるのに、自分だけが特別だと思い込む。


「私は『婚約者とは違う美しさがある』と言っただけですよ」


 俺の手を握ったのは男爵令嬢の方だ。俺は好意を向けられたら断れない。断ってまた森に逃げられたら……後味が悪すぎる。


 注意深くエリルを観察する。わずかに肩をすくめているだけ。なんだ、可愛くないやつ。

 だが同時に安堵する。エリルは俺の地位をアテにしない。修羅場でも俺に庇護を求めない。


『私は故郷、オアシスとは違う』と言うように。


 男爵令嬢がエリルのドレスに今度は手袋を投げつけた。男なら最低の侮辱。そして決闘だが、女だから無視した。女は気楽で良い。


「婚約者の癖に恥ずかしくないの! あたしはあんなに愛されて……どうして平気な顔なのぉ」


 顔をゆがめ涙を流す男爵令嬢に、エリルは黙って頭を下げて立ち去ろうとした。その後を追うと抑揚のない声で令嬢らしからぬ、あけすけな言い方で聞かれた。


「あの方と寝たんですか?」


ゾクッとした快感に似た感覚が俺の中を走る。


「怒っているか?」

「いいえ、子ができたのだとすれば哀れな末路を歩まないように祈ろうと思っただけです」

「……それは、気をつけている」


 心の底が冷えた。エリルは俺ではなく、相手の女とその女が産む子に興味がある。剣が胸に突き刺さったように堪えた。何がそうさせるのかわからないが絶対に振り向かせてやる。





夜会でエリルの所へアン王女が茶を飲みに出入りしていると聞き、押しかけた。近しい女に奪われたときほど女の嫉妬しっと苛烈かれつだと経験でわかっている。


「エリル、アン殿下と親しいんだって? 私を婚約者として紹介してもらいたいね。先日の夜会で噂を聞いたよ?」


エリルは少し考える素振りを見せ、部屋に通した。アン王女は俺を見るなり、エリルと同じ青色の瞳を見開いて朗らかにほほ笑んだ。


 だがエリルは澄ました顔で紅茶を飲んでいる。


 いいのか? 親友の王女様が俺に好意を向けているぞ? お前を振り向かせるために手をだすぞ?



 月末の夜会、会場に到着するなりエリルを残し挨拶を名目にアン王女に近づいた。


「エリルと親しい殿下に、彼女の誕生日プレゼントを何が良いか秘密の相談がしたいのです」


 そっと耳打ちして近衛を侍女が引きつける間に控え室に連れていく。殿下の近衛は俺とよく遊ぶ侍女にうまく誘惑するよう頼んでいた。

 相談の礼を装い、さりげなく手袋を外して王女殿下の手の甲に口付けを落とす。殿下の潤んだ青い瞳をじっと見つめて執拗しつように。だんだん赤くなる顔、腰から力が抜けたタイミングでソファに座らせ、一緒に倒れた。


「オリバー様……お上手ね。はじめてなのに気持ちが良くなって……でもエリルに悪いわ」


ご親友(エリル)は殿下の幸せを願えない小さな人間とお思いですか?」


「いえ、そんな事はないわ。私も貴方も似ているのかもね……私の事を知ってみる? もっと?」


 王女の指先が俺の胸をツーッと撫でた。


 もっと、という言葉に俺は弱い。俺たちは似たものどうし立場に、地位に、抑圧された枯れ草は火遊びで一瞬にして焼かれたのだ。

 顔を赤らめ、いちいち恥ずがり、しかし大胆に俺を求める殿下に我を忘れて夢中になった。良い。上手。絶妙。どの賛辞も心の底からだと思わせ、俺の顔や地位ではなく、俺が求められていると思い込んだ、のだが。



「子供ができたわ」



 翌月、アン王女に極秘に呼ばれ、俺は背筋が凍った。いやこれこそ切り札だと俺は自分に言い聞かせる。今までの令嬢だって別れ話をすると「最後にお情けを」とひざまずいたのだ。エリルだってひざまずく可能性はまだある。


 俺はエリルに婚約破棄を告げた。


「アン王女との結婚が決まった。エリル、すまないが貴方とは婚約を破棄する」


 だがエリルは折れなかった。


「このたびの婚約破棄は大変おめでたいことなので、今日の夜会でも宣言なさってくださいね」


 この女は俺に媚びない。彼女の家の借金を肩代わりした事を指摘し、動揺を誘うが逆効果だった。


 茶会で汚れたドレスの弁償をしなかった、夜会で壁の花にしていた、と責められた。金にがめつい男だと思われているようで動揺し、俺は素直に気持ちを口にした。


「いや、そうではない。婚約破棄は私がお願いする立場だからな。ただ、もう少し悲しく思ってくれるのかと期待していた」


 だが返ってきた言葉は辛辣だった。


「今日の夜会で婚約破棄を宣言されたら、きっと悲しみで気を失うかもしれませんわね」


 エリルに大勢の前ですがりついて欲しい。俺を罵倒ばとうしてほしい。泣き叫んで欲しい。俺の中の暗い欲望がふくれていくのを感じた。






 その日の夜会で俺はグラスを鳴らし、貴族諸侯の注目を集めると高らかに婚約破棄を宣言した。


「私はアン王女殿下と真実の愛を誓い、オークニー伯爵令嬢エリル・オブライエンと婚約破棄をする」


 さあ、エリル。俺を罵れ。皆の前で辛かった、俺に求められたかった、金のためではなく愛していたと、その全身で俺に示してくれ!


 エリルは凛としたたたずまいで前に歩み、ひざまずく。


 口の中が急速に乾いていく。あと少し……。


 しかし面を上げた彼女は、誰よりも気高く、美しく、真っ直ぐに俺ではなくアン王女を見つめた。


「大変おめでとうございます。殿下もお身体をお大事に。オリバー様も殿下がご不安にならないようお支えください。何かあればオリバー様には責任重大ですが、経験豊かな貴方様なら大丈夫ですわ」


 そして満面の笑顔を俺に見せた。一度もそんな顔しなかった癖に。まるで全てから解放され幸せをつかんだかのように。


 俺は……エリルを……愛していたんだな…… 。


 目の奥が熱くなったが、辛うじて耐えた。俺が泣いたらみっともない。少なくとも元婚約者の前で泣きたくない。女に涙を見せるのは、あの女に押し倒された時だけで十分だ。


 それから後のことはあまり覚えていない。王女を溺愛する陛下が皆へ俺に手を出すなと釘を刺した言葉が耳に残った。






 結婚式は急ぎ行われた。アンに期待した初夜は、「無理でしょ」と当たり前のように拒否された。陛下は俺を要職に就け執務で宮殿に縛った。だから息抜きもできず、心労だけが積み重なっていく。


 その中でアンは男子ジョンを産んだ。俺は初めて安らぎを感じた。執務の合間に息子と面会し、公務ですれ違うアンには手紙と贈り物をした。寝室で他愛ないアンの愚痴を聞き、お決まりの文句を言う。


「アン、今日も綺麗だ。愛しているよ」

「やめて、気分じゃないから。自分の部屋で寝て」


 ぐふ……なぜこんなに尽くしても、一日の終わりにハグすらないんだ。いやまだ執務が残っているから終わりではないが……。


 さすがに一年も拒否されると我慢の限界に達した。やはり俺は男だったのだ。


 通りがかった侍女にエリルの面影があるのを見つけ、半ば強引に関係を持ったが、アンに目撃されて最後までいかなかったが侍女はアンに泣きつき、後日、独断で暇乞いの許しを出した。


「ここは俺の家だぞ!勝手に判断するな。陛下からの執務、公爵領や商会の仕事で忙しくとも息抜きすら許さないのか?」


「息抜き? 女は性欲処理の道具ではないわ。あと子どもができました」


 視界が真っ白になった。


「俺が求めても応じなかった、よな?」

「ですから貴方の子にして。息抜きが必要な貴方に第二子がいなかったらおかしいでしょう?」


 あんなに尽くした俺を拒否した癖に? 喉まで出かかった言葉を呑み込む。尽くして女という見返りを俺は求めていた……拒否されてヤケくそにエリル似の女に欲望をぶつけた……。


 まるで今まで抱いてきた女と同じではないか。

 エリルはそんな俺を見放したのだ。


「……わかった……認める」


 産まれてきた二人目はアンとも俺とも目の色が違ったが、先祖返りだと金で医師に言わせリリィと名付けて抱き上げた。エリルの言葉が胸によぎる。


『子ができたのだとすれば哀れな末路を歩まないように祈ろうと思っただけです』


 元婚約者エリルは隣国で孤児院の聖女として認められたと、酒場の吟遊詩人の歌が屋敷まで届いていた。だから高潔な彼女を見習い、我が子としてリリィを愛してやろう。


 一方でアンは公務と称して従者を誘惑してばかりで、子どもは俺に任せきり、俺の扱いはぞんざいで寝室にすら入れてくれない。だが娘を溺愛する陛下が目を光らせるので離婚はできない。


 妻の誘惑で失墜した王家への信用を立て直しているのは俺なのに。商会の利潤はどんどん王家の慈善事業に消えていく。資金繰りが悪化し、エリルの父の事業を切った。エリルの兄弟は姉と違い愚鈍で困るほどの役立たずだ。


 疲労が抜けない俺の顔が鏡に映りぎょっとする。今では女達からは相手にされず、向けられる眼差しも、冷ややかだ。


 エリル……会いたくとも日々に追われ、聖女の慈悲は……もう俺には届かない、のか……。





 12人の子ども達に恵まれたオリバーは、子ども達を平等に愛した。だが、噂がどこからともなく漏れ、後に国民から『托卵(たくらん)公爵』と呼ばれた、とさ。





お読み頂きありがとうございました。いいね、評価をありがとうございます!


ご感想について ご反響頂きありがとうございます。

王家、アン王女のざまぁご期待の声も頂いておりますが、暗い話なので閉まっておきます。


なお、感想の返信は番外ショートストーリーもしくは創作背景になります。ご不快な方は感想は飛ばしてブラウザバックして下さいませ。


女性側からのざまぁはこちらです↓

『仕組まれた婚約破棄〜当て馬令嬢が愛したもの〜』

https://ncode.syosetu.com/n4789il/


お口直しのハッピーエンド↓

『『悪女』と呼ばれた私が幸せをつかむまで 〜兄の皇太子から婚約破棄され下賜される私は黒騎士と呼ばれる弟の公爵と幸せをつかむ〜』

https://ncode.syosetu.com/n2650ic/


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[一言] ここまでくると、一番のクズは王家だな・・・
[一言] アン王女が気持ち悪い。 女癖が悪いオリバー君は王女と結ばれたことが「ざまあ」のような気がするけど、エリルが王女の事を知っていてそうなるように仕組んだとしたら彼は被害者なわけだし、12人もの子…
[気になる点] 王様とアン王女が気持ちが悪くて気持ちが悪くて。 せめてオリバーが求めた安らぎが、子供たちとともにあれたら良いなと思いました。 子供には罪がないですし、肉欲にしか興味がない母親よりも愛し…
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