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「早く金を持ってこい」
修二は電話の相手にそう言った。
「女がどうなってもいいのかよ」
「誰に言ってるの」
彼の手から電話を奪う。私の耳に、聞き覚えのある懐かしい声が響く。
「修二、いい加減にしろ。お前にやる金なんてない」
そして次の瞬間、私は自分の耳を疑った。
「あんな女関係ない。しつこく結婚を迫られてうんざりしていたところなんだ。お前が好きにすればいいだろ」
その声は確かに私の好きだったあの人の声だった。
「……佐藤部長?」
電話の相手は驚いたように息をのみ、すぐに電話を切った。私の声にあわてているのだ。
「これでわかっただろ?」
修二の声が音のない部屋に響く。
「あいつはお前のことなんて、どうなってもいいんだってよ」
私は床に座り込み、修二のことを見上げた。彼はそんな私を見てかすかに微笑む。
「あんた誰なのよ?」
私がつぶやく。
「あの人とどういう関係なの?」
ほんの少しだけ間を置いて、修二が私にこう言った。
「俺は、あいつの息子だよ」
ああ、そうか。そうだったのか。ありふれた名前だったから気がつかなかった。
そういえば好きだったあの人の声もしぐさも、どこか修二に似ていた。
だから私はあの人のことを好きになってしまったのかもしれない。
私は涙を流していた。悔しいのと悲しいのと、それとなぜか、素直になれなかった中学時代を後悔しながら……
こんなに私は修二のことが好きだったのに……どうして私は彼を、傘に入れてあげなかったのだろう……