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 トイレの中で嘔吐する。

 苦しいのと気持ち悪いので気分は最悪だったが、私は生きていることを実感していた。

 修二は私を絞め殺す直前で、人間としての正気を取り戻したようだった。


 トイレから出たら修二が私を待っていた。

 申し訳ない顔をして、今にも「ごめん」と口に出しそうだったが、今度こそは謝ってすむようなことではない。

 私は修二の横を通り過ぎ、床に脱ぎっぱなしになっている彼の服をはおり玄関に向かう。

「どこ行くんだよ?」

 彼が情けない声を出す。

「帰るのよ。私まだ死にたくないもの」

「悪かった。俺がどうかしてた」

「どうかしてたで殺されたら、私はどうしたらいいのよ?あんたどこかおかしいよ。ちゃんと病院で診てもらったほうがいい」

 はき捨てるように言いながらドアノブに手をかけたら、修二がその手を押さえつけた。

「行かないでくれ」

 そう言われるのはわかっていた。殴られるかもしれないとも思っていた。

 だけど私はこの部屋を出るしかないのだ。修二を犯罪者にしたくはなかったから。

「離して」

 修二の手を振り払ったら、彼がつぶやくようにこう言った。

「もうあいつのところには戻れないんだろ」

 一瞬何のことだかわからなかった。私はそれだけ今までの生活を忘れていたのだ。

「不倫相手の男だよ。家にも会社にも居場所がなくて、お前行くところないんだろ」

「何で知ってるのよ?」

 私の声がかすかに震える。

「何でも知ってるんだよ。お前のことは」

 そう言って修二は私の頬に手を触れた。夢の中とは違う、とても温かい修二の手。

「お前は遊ばれてたんだよ。いつか離婚してお前と結婚してやるなんて、それくらいの嘘、簡単につけるようなヤツさ。あの男は」

 修二の言葉を聞きながら、不倫相手のことを思い出す。

 父親と同じくらいの歳の離れた彼。いつも兄と比べられ、自信の持てない私を認めてくれた、私が最初に心と体を許した人。

 彼と一緒にいるとつらい仕事や嫌な人間関係もすべて忘れて安らげた。

 私は彼の、その声もしぐさも何もかもが好きだった。

「知らないのか?あいつはお前の前にも何人もの女子社員に手を出してる。立場が悪くなれば別れを告げて、また違う女に乗り換える」

「やめてよ!」

 私は叫んでいた。

「彼のことを悪く言わないで!」

 次の瞬間、修二の手が振り上がった。殴られる……私はとっさに目を閉じる。

 しかし彼は殴らなかった。その代わり乱暴に腕をつかまれ、ベッドの上に突き飛ばされた。

 私が怒った目で修二を見上げたら、彼は携帯で誰かに電話をかけた。

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