5
「家に電話をさせて」
次の日私は修二に言った。
家に帰りたかったわけではない。もしも、本当にもしもだが、両親が警察に捜索願でも出して、大騒ぎになっていたら困るからだ。
この部屋にはテレビも新聞もなく、世間が一体どうなっているのかもわからなかったが……
「駄目だ」
修二が言った。
「家に帰りたいわけじゃないのよ。親にあんたのことも言わないわ。友達の家に泊まっているって言うだけよ。騒ぎになったらあんただって困るでしょ?」
「駄目だ」
修二は聞き入れてくれなかった。
この部屋には電話がなく、私の持っていた携帯やバッグは、彼に隠されたか捨てられてしまったようだ。だから私が彼の目を盗んで外に連絡することは不可能に近かった。
私はあきらめてため息をつく。そして窓を見た。
今日もカーテンは閉じている。あの夜、暗闇の中を目隠しされてここまで来た。
一度カーテンを開こうとしたら修二に怒鳴られ殴られた。
だから私はこの狭い空間の中で、外の空気を一切遮断されて生きているのだ。彼と二人で……
「修二。あんたはずっとこんな生活をしていたの?」
突然、彼のことがものすごく気になった。
「仕事は?家族は?恋人とかはいなかったの?」
雑誌をパラパラとめくっていた修二が、ゆっくりと顔を上げる。
「働かなくていいの?食べるものがなくなったらどうするのよ?」
「うるせえな、金ならあいつをゆすればいい」
「何それ?どういうこと?あんた何か悪いことでもやってるんじゃないでしょうね?」
「うるさい!黙ってろ!」
修二が雑誌を投げ捨て私を殴った。私は倒れ、ベッドの角に頭を打つ。
痛い。彼に殴られたのは何度目だろう。最初は必死で抵抗したけど、今ではそれが無駄な労力だとわかり私はやめた。
「ごめん……」
修二が言う。彼は私を殴った後、必ずこう言うのだ。
謝るぐらいなら最初から殴るな。キレやすいという言葉だけで片付けられたらこちらの身がもたない。
私が怒りをあらわにして顔を背けたら、彼は壊れ物にでも触れるような手つきで私の頭をそっとなでた。
変な人。変人。こんなことを繰り返して、最後に私は殺されるのかもしれない。
だけど私はこの人の、悪人になりきれないこんな中途半端さが嫌いではなかった。もしかしたら私も変人なのかもしれない。
「泣くなよ……」
修二がつぶやく。私はいつの間にか泣いていた。
傷が痛いわけでも悲しいわけでもない。
ただ私にこんなことをする男のことを、好きになり始めている自分が悔しかった。