更衣室で着替えができない理由
「やっほーちほりん!ほたるん!」
学校の門を通ろうとした時、後ろから私たちの名前を呼ぶ声がして振り向いた。そこには、遠山未来ちゃん(私は、みくるんって呼んでる)が、元気いっぱいに手を振りそして、たわわに実った大きなおっぱいを、たゆりたゆりと上下に揺らしながら駆けてきた。
「おはよ、未来ちゃん」
「おはーみく…んむっ!」
みくるんは私たちのところに駆けてくると、私と蛍ちゃんをぎゅむっと抱きしめた。みくるんのあったかくてやわらかなおっぱいが、私のほっぺたにふにふにとあたる。
みくるんが私たちに抱きつくと、周りから「うらやましいっ…!」「いいな~…」という、男子の羨望の声が聞こえてきた…いや、女子までも羨ましがってる。
「未来ちゃん苦しいよ~!」
蛍ちゃんがそう言うと「あっ、ごめんごめん」と、みくるんは私たちから離れた。
「…朝からみくるんのおっぱ…じゃない、みくるんは元気だね」
「そうかな~?」
今、おっぱいって言おうとした?という、蛍ちゃんの視線を感じたけど、見なかったことにした。
すると。
『くっは~!みくるちゃんのおっぱいは、いつ見てもサイコーだな!』
私の胸の辺りから、夏弥お兄ちゃんの声が聴こえてきた。
『ちょっと!学校では話しかけないでって言ったじゃん』
『話しかけてねーよ。独り言だよ』
私が心の中で夏弥お兄ちゃんに怒鳴ると、そんなひねくれた言葉を返した。
『独り言もダメだよ!も~…』
『いいじゃねぇか、独り言くれぇ。お前の中に籠ってるだけなんて暇なんだよ』
これが、私と夏弥お兄ちゃんがしじゅう一緒にいる理由だ。夏弥お兄ちゃんは、私の身体から出られないのだ。
幽体離脱とか、幽霊が魂だけで彷徨うみたいなことを、お兄ちゃんはできないみたいで。もし、お兄ちゃんが動き回りたいなら…
『なあなあ、一度でいいからさ、お前の身体を借りて、みくるちゃんのおっぱいを揉ませてくんね?お前の身体で女の子のおっぱいを揉んでも、何も問題ないだろ?』
お兄ちゃんに、私の身体を貸すことはできるのだ。
イメージで言うなら、私の身体を操縦している操縦席を、お兄ちゃんにバトンタッチする感じなのだろうか。
そして、私が私自身で身体を動かしている時は『触れた感覚』などはお兄ちゃんに伝わらない。だから今、仮に私がみくるんのおっぱいを揉んだとしても、お兄ちゃんにみくるんのおっぱいの感触などは伝わらないのだ。
…ていうか。
『問題しかないわ!私の身体だとしても、魂がお兄ちゃん…男だから触ったらアウトだよ!てか、話しかけないでってば!独り言もダメ!』
私が心の中でお兄ちゃんに怒鳴ると。
『ちぇ~…はいはいわかったよ』
お兄ちゃんはシャクレ口調で言った。
お兄ちゃんが私の身体の中にしじゅういるから、いろいろと不便で。
トイレとかお風呂とか着替えとか。特に、体育の授業前、体操着や水着に着替える時はみんなと更衣室で着替えない。私はひとり、トイレで着替える。
みんなの着替えているところを、お兄ちゃんに見られないようにするためだ。お兄ちゃんはそういう着替えの度に、更衣室で着替えてくれとせがむが、なんだか盗撮犯みたいな気分がして、着替えなんてできない。
それよりも、何より不便なのは─────
「おはよ、戸塚さん」
私が誰かと、付き合うことになった時だ。