骸になった、お兄ちゃんの身体
※残酷な描写が少しだけあります。ご注意ください。
「…千穂ちゃん?顔怖いよ。そんなにそのお兄さんに、嫌なことされたの?」
内心でお兄ちゃんに怒鳴っていると、蛍ちゃんが心配そうな顔で私に言った。
「あ、ごめんごめん!もうほんと、思い出すだけでお兄ちゃんのことが腹立たしくて。そ、それより、早く学校行こっか」
「う、うん、そうだね」
『学校にいる間は、絶対に出てこないでね。あと、私に話しかけないでね!』
と、内心でお兄ちゃんに言うと。
『へいへい、了解』
と、私の胸の辺りから、お兄ちゃんのだらけた声がした。
『もー!絶対だからねっ!』
『だから、くどいっつーの』
蛍ちゃんとおしゃべりしながら、内心ではお兄ちゃんに釘を刺していた。
私の中にしじゅういる、夏弥お兄ちゃん。
私と夏弥お兄ちゃんは、兄弟でも何でもない…赤の他人。
そして、夏弥お兄ちゃんが私の中にいることは、きっと私と夏弥お兄ちゃんだけしか…知らない。
私のこの身体は正真正銘、私の身体で。夏弥お兄ちゃんの身体は別にあった。でももう、お兄ちゃんの身体はない。焼かれて骨にされて、お墓の中にしまわれてる。
…夏弥お兄ちゃんは、もうこの世には存在しない者とされている。つまり、死んでしまったのだ。私の…せいで。
─────10年前。
それは、私が小学生になったばかりのこと。友達のお家に行く途中の横断歩道を渡っていた、時。
「───っおいっ!そこのガキあぶねぇぇぇっっ!!」
「…え?」
私の後ろから、男の人の必死な声がこちらに向かってくるのが聞こえてきたのと同時に、トラックがものすごいスピードで私の方に走ってくるのが視界いっぱいに見えた─────
瞬間。
ーーードンッ!!!ーーー
何か…大きなものが、トラックにぶつかったような音がした。
その音がする前に、私の視界が遮られ、何かに…あたたかい誰かに、痛いくらいぎゅっと、身体を思いきり抱きしめられた。
顔を胸に押しつけられていて、どんな状況かなんて見えないけど、その抱きしめる誰かとともに、身体がふわりと宙に浮いたような、そんな感じがした。
そして。
ドサッ!
何かが、地面に叩きつけられるような音と、私の身体に強い衝撃が走った。けど、私は頭を強めに揺らされただけで、身体に痛みはほとんどなかった。
「──うっ…」
ガヤガヤとした声が、空から降ってくる感覚。私はどうやら横たわっていて、大勢の人たちに囲まれているようだった。
『おい、大丈夫か?!怪我してないか!?』
さっきの後ろから聞こえてきた男の人の声が、何故か私の身体の中からするような気がした。
「…うん、ちょっと頭がくわんくわんするだけだよ」
『そっか…そりゃ良かった』
ほっとするようなため息を、その男の人は私の中で吐いた。
───────………
だんだん、ガヤガヤとした声が鮮明に聞こえてきた。けど。
「女の子の方は無事そうだな」
「でも…こっちの男の子は…助かりそうにないな。血の量が尋常じゃねぇ」
「まだ若いのに…可哀想に」
『…え?誰のこと…?』
そう思いながら、私はゆっくりと横を向いた。そこには、私と一緒に横たわる誰か。
ぼんやりとした視界が、だんだんと鮮明になってゆく─…と、そこには。
『うそ…だろ?何で俺が目の前に倒れてんだよ…』
私の中で響く、誰かの絶望の声。さっきから私に声をかけてくれる、知らない男の人の声。
そして私の目の前には…知らない男の人が、目を思いきり見開き、血まみれになって倒れていた。
その血まみれの知らない男の人が、夏弥お兄ちゃんだった。
夏弥お兄ちゃんは、全身で居眠りトラックから私を守り…帰らぬ人となってしまった。
けど、事故の衝撃のせいか、夏弥お兄ちゃんの魂は私の身体の中に入ってしまったのだ。
そのことに気づき、夏弥お兄ちゃんはすぐに自身の身体に戻ろうとしたみたいだけど…夏弥お兄ちゃんの身体の損傷が激しいせいか、戻るに戻れなかったと、夏弥お兄ちゃんは話していた。
私の命は、夏弥お兄ちゃんに助けられた…けど、夏弥お兄ちゃんは私を助けたせいで、大切な魂の器を失ってしまったのだ。