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74話 乱世の原則


 強い奴が、弱い奴から全てを奪う。単純明快にして、戦の全てを物語る「原則」。

 この原則の中、最も過酷な戦場で一人の英雄が生まれた。それがかの暴君「董卓」である。


 強い奴が上に立ち、弱い奴は殺す。そして必ず、首の数だけ惜しみなく褒賞を与え、略奪を許した。

 法という法はない。それは弱い奴を守るためにあるものであり、戦場では何の役にも立たないからだ。


 張繍軍の主力を担う涼州兵には、未だ、そんな董卓の意志が脈々と受け継がれている。

 そしてそれをまとめる賈詡は、その涼州兵の暴虐を良しとしていた。咎めることは無かった。


 今は乱世である。最も多くの人間を殺した者が、この天下の頂点に立つ。

 法の制定や、人口の回復や、農地の開墾は全て天下が平定した後にやればいい。


 全ては「武力」、そして「勝利」。

 数多の屍の上に、新たな時代は切り開かれる。


「軍師殿、全軍が配置についた。次はどうすべきだ」


「まずは先鋒の甘寧将軍に突撃を命じ、橋頭堡を確保した後、全軍に渡河をお命じください。あとは、勢いのままに」


「小細工はなしか」


「はい。殿、勝機は我らにあります」


 これまでの行軍で略奪してきた食料や財宝、更には女や家畜。これらは全て、戦の後に配分する。

 まさに飢えた狼が、目の前に肉を垂らされているようなものである。兵の目は皆、猟犬のように光っている。


 ただでさえ南陽郡は今、飢えた土地なのだ。故に生きるためには奪うしかない。

 戦に次ぐ戦。不足分は敵から奪う。張繍が天下に駆け上がるため、賈詡が提示した唯一の道。



「太鼓を鳴らせ! 突撃だ!!」



 日は高くに登っている。夏侯惇の旗が靡く敵陣は、弱兵の集まりながらも整然としていた。

 夏侯惇は戦は不得手と聞いてはいたが、その陣容を見ていると、油断はならないと見解を改める。


 銅鑼が鳴り響き、最前列にいた弓兵が小舟に乗り射撃を開始。そして甘寧の率いる軽装歩兵は水中へと飛び込んだ。

 弓兵が甘寧を援護し、その渡河を助ける。小細工などない。正面からの正々堂々とした突撃である。


「戦場で甘寧将軍を見ていると、あれが敵でなくて良かったと心から思う。軍師殿、よくぞ見つけてきてくれた」


「益州から逃れてきた義侠の者達です。結束は固く、おまけに命知らず。先陣を務めるのなら天下一の者達でしょう」


 罪人であったり孤児であったり、寄る辺を持たない社会の爪弾き者。甘寧の兵は皆、そういう者達だ。

 故に何よりも仲間を大切にするし、仲間のために命を捨てる。厳しい社会に反抗するかのように。


 だからこそ甘寧軍は強かった。例え火の中であろうと飛び込んで前に進み、敵を殲滅するのだ。

 矢の雨が降る中、鎧を着こみながらも驚くべき速さで泳ぐ。彼らが向こう岸にたどり着くのは、あっという間のことであった。


 敵兵は甘寧の部隊を押し込もうと圧力をかけるが、彼らは一歩も引かず、人垣による橋頭堡を確保。

 そこを目印として、張繍は全軍に渡河を命じた。もはや勝敗は決したも同然であろう。


 だがここからだった。甘寧の奮闘で対岸に兵士が渡り始めるのだが、その勢いは賈詡の見立てよりもずっと少なかった。

 敵は弱兵のはず。弓すらまともに扱えないはずの農民兵が敵であるのに、矢の雨の勢いは衰えないのだ。


「クッ、ここを抜かれれば、次は自らの田畑が奪われると知っているのだろう。敵兵の抵抗が思っていたより強いな」


「それもあるでしょうが、殿、敵は多くの弩を用意しているのかと思われます。弩であれば兵を調練せずとも、矢を飛ばせます」


「そういえば曹昂は兵器の開発に熱心だという話を聞くな。なるほど、そういうことか」


「ですがこちらの勢いは揺るぎませぬ。足を止めず、ひたすら前進を」


「分かった」


 想定以上の被害を出しながらも、兵は続々と対岸へと到着し、ついに夏侯惇の陣営を圧迫し始めた。

 こうなってしまえば勝負はもはやこちらのものだ。第一陣を押し倒し、第二陣を崩し、第三陣まで押し込む。


 甘寧の部隊が真っ先に敵陣へと切り込み、陣営を切り裂いていくのがはっきりと見えていた。

 ここまで雪崩れ込めば反転攻勢はあり得ない。張繍は小舟で騎兵隊を渡河させ、自ら馬に跨り、前線へと駆けだしていく。


「敵軍が撤退を開始! 襄城を含む周囲の砦に敵兵は続々と帰っております!!」


「殿へお伝えせよ。標的は襄城に絞ると。それと、追撃の手は緩めぬようにと」


「ハハッ!!」


 ここまで戦線を押し込まれながらも、兵を乱さずにまとめ上げながら城への撤退を行うのは流石の手腕といえる。

 恐らくだが夏侯惇の他に、実戦に秀でた補佐の武将が居るのだろう。恐らく、徐晃か楽進か、またはその両方か。


 曹操が死んでもなお曹昂の陣営が崩壊に達しなかったのは、こうした組織力の厚さも大きいだろう。

 しかし、力と勢いはこちらが上だ。鮮烈な戦いぶりをする将兵を見ながら、賈詡は汗の滲む手のひらを服で拭った。


 真上にあった太陽は既に沈みかけており、夕日に空は染まっている。

 援軍が辿り着く前に、数日のうちに城を落とす。賈詡は冷徹な表情を浮かべ、胸の内に勝利を確信していた。



・義侠

いわゆるマフィア。乱世の中、役人に従っても命を守れない人々が頼った組織。

社会から追い出された罪人や孤児といった者が組織した。甘寧や劉備はその代表格。

頼る者が居ないからこそ仲間を何よりも大切にしたため、戦場ではめっぽう強かった。


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