57話 下邳の戦い
行く先々で降伏してきた兵士や、恭順してきた豪族らの兵も併せ、兵数は増しに増していた。
恐らくだが、ウチだけで三万くらいにはなっているだろうとの見通しが立っている。
そしてそこに劉備・臧覇軍の一万。徐州南部の「広陵郡」を統轄していた陳登軍の三千余りが加わる。
対する呂布軍は、兵の離脱を抑えることが出来ないまま四千にまでその数を減らしていた。
おおよそ十倍くらいの開きがあるのか。確かに、下手を打たない限り負けは無い。
この兵力であれば、間違いなく包囲できる。だが、これじゃあ兵糧がすぐに枯渇するだろう。
「劉豫州、またひとつお願いしてもよろしいですか」
「なんなりとお申し付けください。曹車騎をお救いするはずが、逆に救われてしまいました。何としてでも我らに功を立てる機会を」
「十分に私も救われております、どうか頭を上げてください。実は将軍には南へ向かい、袁術を阻んでいただきたいのです」
「袁術は動くでしょうか。先の呂布との決戦で軍の大将をことごとく討たれ、もはや再起不能のはずですが」
「されど呂布の次は自分だと、彼もよく分かっているでしょう。無理にでも動く危険があります」
「なるほど。なればお任せを」
約一年くらいぶりに再会した劉備の顔には、些かの焦りと、苛立ちが見えた気がした。
以前はまだ余裕綽々というか、おおらかな表情をしていたような気がしないでもない。
あの英傑も、英傑なりに思うところがあるのだろう。
とはいえ今の袁術であれば、全て対応を劉備に一任しても良いと思う。
もはや対呂布戦で、劉備がたてられる功が少ないのは誰の目にも明らかだ。
追い詰められているからこそ、何が何でも袁術を抑え込んでくれるだろう。
速足で幕舎を後にする劉備の後ろ姿を見送る。
さて、下ヒ城攻めだ。そろそろ先鋒を務める侯成将軍から何かしらの報告が入ると思うが。
「うん?」
そんなことを思っていた矢先だった。幕舎に駆け込んで来たのは荀攸と陳珪の二人。
表情を見ていれば分かる。何か、不測の事態が起きたのだろう。
「どうしたんだ」
「侯成将軍からの、早馬です。内応戦略の要であった、敵将の宋憲が、処刑されました」
「儂が内応工作を頼んでいた者達も、ことごとく、連絡が途絶えた。申し開きのしようがありませぬ」
「……呂布は、まだ終わっていないぞ。勝ちを諦めちゃいない」
やはりヤツはこの下ヒ城を決戦の地と、最初から決めていたのだ。
しかもここにきて、軍を一つにまとめ上げてみせた。
窮地において力を増す。なるほど、これが英雄と呼ばれた男か。
手に滲む嫌な汗を、膝で拭う。もう後には引き返せない。
「落ち込んでいる暇はない。次の作戦に移行する。荀攸、すぐに全軍に準備を始めさせろ」
「ハッ、すぐに取り掛かります」
「陳珪殿は引き続き、味方になりそうな有力者達に働きかけていただきたい。城攻めの兵力は、多い方が良い」
「かしこまりました」
◆
下ヒ城は、四方に深い堀が巡り、非常に堅牢な構えをした城塞になっていた。
しかも堀には水が通っている。これだと鎧を着込んだ兵士は溺れ死ぬしかなくなるのだ。
地下から城内に入ろうとしても、そもそもこの水堀のせいで坑道に水が流れ込んでしまう。
単純だが、厄介だ。土嚢で埋めるとしても気が遠くなる話だし、さて、どうしたものか。
「劉延将軍。まずは、敵の士気がどれほどのものかを知りたい」
「では各城門から一度、一斉に攻勢を仕掛けましょう。早速、北門の臧覇将軍、南門の陳登将軍に伝令を送ります」
日も暮れ始めた頃。下ヒ城一帯に、銅鑼と太鼓の音が響き渡った。
三方向から一斉に軽装兵が解き放たれ、城壁に殺到する。
弓矢が上下に飛び交い、破城槌が城門を激しく叩きつける。
軽装兵も水上を器用に泳ぎ、鉤縄や槍を城壁にひっかけて登っていく。
だが、敵の防衛には隙が無かった。
矢の応戦も統制が取れており、破城槌はたちどころに落石や火矢で破壊されていく。
加えて壁を登る兵士も、ことごとくが壁を半分も登れないまま落ちていく。
「攻撃中止だ。よく分かった、力攻めじゃ落とせない。杜襲、次の作戦に移ってくれ」
「かしこまりました」
「劉延将軍、包囲を全方位に変更したい。東門の指揮をお願いしても良いですか? 夏侯淵を副将につけます」
「御意」
まさか呂布軍の士気がここまで高かったなんて、正直、想像していなかった。
敗色が濃い戦況であそこまで統制の取れているというのは、普通あり得ない話だ。
「侯成将軍、今、呂布を支えているのは誰だと思う」
「恐らくですが高順かと。最古参の武将で、揺るぎのない忠誠心を持つ、軍人の中の軍人です」
「冷遇されていたと聞いていたが」
「はい、誰よりも厳しい立場に居ました。そんな彼が重用されるようになったとすれば、油断は出来ません」
だったら、早めに作業を急いだ方が良いだろう。史実と同じく、水攻めで敵の心を折るのだ。
堤防を築き、隣接する河川の流れを変え、ここら一帯を水没させるのだ。
その圧倒的な光景は、確実に兵の心をへし折ってしまう。
その後に、再び内乱が起きるように調略を進めればいいのだ。
「……何だか外が騒がしい」
「兵の暴動でしょうか」
「いや、違う。許チョ! ついて来い!!」
幕舎から飛び出た俺の目には、混乱で逃げ惑う兵士の波を、優雅に泳ぐ少数の騎兵部隊が映る。
その先頭を駆けるのは、赤き巨馬に跨る戦士。顔を見ずとも分かる、あれは「呂布」だ。
「殿、お逃げください! ここは我ら虎士が防ぎます!!」
「俺が逃げれば、軍が瓦解する……応戦しろ! 今すぐにだ!!」
明らかに声が恐怖でかすれ、剣を抜こうとする手がガチャガチャと震える。
その時だ。呂布の後方を駆ける一騎が、馬上で弓を引き絞っているのが見えた。
身体を倒す。
しかし、間に合わない。
重く鋭い一撃が、全身に響く。
俺は後方に吹き飛ばされ、激しい痛みと共に、意識を奪われた。
・陳登
あんまり目立たないけれど、あの小覇王「孫策」と渡り合った傑物。
劉備や曹操も陳登のことを非常に高く評価していたとされる。
でも若くして亡くなった。死因は魚の生食で寄生虫に当たったらしい。こわ。
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