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曹操が死んだ日、俺は『曹昂』になった。─『宛城の戦い』で死んだのは曹昂じゃなくて曹操だったけど、これから俺はどう生き残れば良いですか?─  作者: 久保カズヤ@試験に出る三国志
第三章 曹昂の嫁取り

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48話 かんざし


「いやはや申し訳御座いません。その、曹車騎は急用にて一時席を外されておりまして」


「大丈夫です、頭を上げてください。陛下より車騎将軍と廷尉の職を任されている御方です。多忙で当たり前なのですから」


「宴席の方は変わりなく、皆様方をおもてなし致しますので」


「ありがとうございます。ですが私は少し旅に疲れました。曹昂様がいらっしゃらないのであれば、少し休ませていただきたいのですが」


「あ、分かりました。ではご案内いたします」


 ヘコヘコと頭を下げる男を、袁瑛は冷めた視線で見つめる。

 確か名は郭嘉、だったか。父の重臣である「郭図」と同族の者であると聞いていた。


 露骨なまでの配慮に、袁瑛は嫌気が差す。

 曹家と袁家では家格が違うとはいえ、なんというか、品性が感じられない。


「こちらの部屋です。もし何かございましたら従者にお申し付けください」


「ひとつ、お聞きしても?」


「はい、なんなりと」


「曹昂様は私を疎んじておられるのですか? 年増で、嫁ぎ先の婿が二人も病に倒れた、この私を」


「……それは、殿に直接お聞きくださいませ。では私はこれで」


 冷淡な笑顔を浮かべたまま、郭嘉は深々と一礼をして、今来た廊下を戻っていった。

 あまりにも、心細い。袁瑛は眉間に皺を寄せて部屋に入り、そのまま寝台へと倒れこんだ。



 どれほど時間が経っただろうか。袁瑛は気怠い体を起こし、外に目を移す。

 日は沈み、外はすっかり暗くなっていた。そして遠くから僅かに宴席の声が聞こえてくる。


 服にはしわが寄り、編んでいた髪も解けかかっている。化粧もそのままだ。

 長旅と慣れない環境に余程疲れていたのだろう。重い体を起こし、鏡の台の前に座る。


 せめて化粧を落として眠りにつこう。そう思って髪を解いた時のこと。

 部屋の戸が小さく叩かれ、使用人であろうか、男性の声が聞こえる。


「お休みのところ失礼します。曹車騎より瑛様にお届け物に御座います」


「ありがとう。そこの女中にお渡しください」


「いえ、大事な品ゆえ直々にお渡しせよと仰せつかっております。申し訳御座いません」


 大事な婚姻で出迎えにも来ず、どこまで気の利かない人なのだろうか。

 ひとつ溜息を吐くと、身なりを正して、長い黒髪を赤糸で一つに束ねる。


「入りなさい」


「ありがとうございます」


 扉が開かれる。すると外の空気に流れ、仄かに蘭の香りが鼻をくすぐった。

 そこに立っていたのは、おおよそ従者の身なりをした男性ではない。


 綺麗に整えられた髪、磨かれた冠、眉も髭も整えられ無駄な産毛も見当たらない。

 黒を基調とした衣服には朱色の刺繍が施されており、姿勢の良さも相まって非常にスッとして見えた。


 間違いなく高貴な出自の人物だと、一目見て袁瑛は感じた。

 思わず袖で顔を覆う。化粧の崩れかけている顔を、見せるわけにはいかないと。


「出迎えにも参らず、貴女には惨めな思いをさせてしまった。直接、謝罪をしたかった」


「あ、貴方は」


「お初にお目にかかります。名を曹昂、字を子修と申します。挨拶が遅れてしまったこと、ここにお詫びする」


「まさか、そ、そんな、貴方が、曹車騎なのですか」


「如何にも。そうでなくばこの護衛兵ばかりの部屋に入ることなど出来ません。違いますか?」


 男はそう言って悪戯気に笑うと、懐より渡り鳥の形をした割符を取り出した。

 あれは婚姻の話が進んでいた当初に、仲人である楊彪から渡された曹昂からの贈り物である。


 袁瑛も懐から同じものを取り出し、恐る恐るそれに近づける。

 すると割符はカチリと音を立てて嵌り、一つの木彫りの渡り鳥が出来上がった。


「信じていただけましたか?」


「は、はい」


 すると曹昂は袁瑛の手を握り、近くに引き寄せた。

 遠くに漂っていた蘭の香りが強くなる。気づけば袁瑛は、成されるがままとなっていた。


「せめてものお詫びの品です」


「これは」


「西より取り寄せた、蜻蛉玉(ガラス玉)の施された"かんざし"です」


「綺麗、ですね」


「貴女にお渡しできるこの日をずっとお待ちしておりました。どうかこれをつけている姿を、見せてくださいませんか?」


「え、その、今ですか?」


「今です。私は貴女が思っている以上に、今日というこの日を、待ち望んでいたのですよ?」


 子供のような笑顔を浮かべる曹昂に手を引かれるがまま、袁瑛は化粧台の前に座った。

 鏡には顔を赤くした自分と、そんな自分を嬉しそうに眺める曹昂が映っている。


 綺麗な、一本かんざしである。

 口に咥え、髪を束ねていた紐を解き、後ろで束ね、そしてかんざしを挿す。

 

「どう、でしょうか」


「お綺麗です。かんざしもそうですが、何よりも、見惚れてしまうほどに瑛殿がお美しい」


「どうしてそのような、歯の浮くような言葉を、次々と」


「本気で思っているが故ですよ。嘘ではここまで言葉は出てきません」


 正面から向かい合い、袁瑛の細身の肩に曹昂の両手が置かれる。

 何が何だかわからず胸の高鳴りが抑えられない袁瑛は、思わず顔を背けてしまう。


「瑛殿、私は高貴な生まれではなく、戦場で育った武骨者。不躾であることは重々承知ですが、よろしいか」


「なななな、なにを、なにがですか」


「貴女に心を奪われ申した。日取りは早いですが、貴女をここで抱きたい」


「ふぁ!?」


 すると袁瑛は、何かの許容量が限界に達したのか、顔を真っ赤にして部屋の隅にうずくまってしまう。

 曹昂が何を話しかけても、ビクッとするだけでまともな返答はない。


「流石に、無礼でしたね。申し訳御座いません。柄にもなくはしゃいでしまった」


「い、いえ」


「明日、また」


 笑顔のまま曹昂は一礼をし、部屋を後にした。

 まだ部屋の中には蘭の香りが漂っている。袁瑛は夜が明けるまでぼーっと、かんざしを眺め続けていた。



・蜻蛉玉

綺麗に内側が装飾されたガラス玉。後漢末期にこれを生産する技術は無かった。

というのもガラスの加工は千度以上の熱が必要だったが、後漢期に扱えたのは三百度ほど。

でもガラス玉を何かにくっつけたりするような、再加工は何とか出来たらしい。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 中国でもガラスは紀元前から製造してるし、鉄器があるんだから1200度以上の技術は持ってるはずですよ。
[一言] まず、ちょっと話を戻って感想、48話での曹昂の袁瑛との初対面の話 ふとここで、お届けものならじゅうたんに包まってお届けされて、中から出てくれば良かったのに、と変な事を考えてしまった。w いや…
[一言] 歳はいいとても婿2人死んでるとか怖すぎて寝所共にできないわ
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