なろう系は難解なのか、擬音語はなぜ使うと批判されるのか、について
お詫び)取り上げた入沢康夫さんの詩は10年以上も前に読んだもので、ろくに読み返さずに例として挙げたので、間違っていました。「ジャジャンカワイワイ」はどんちゃん騒ぎを表したものではなく、心中しに山へ入ったカップルが聞いた噴火口の音のようです。
弓良 十矢さんという方の「なろう系は難解」というエッセイに感想を書こうとしたら、スマホの戻るボタンにうっかり触れてしまい、書いていた長文がごっそり消えました(T_T)
どうせならその返信内容を自分のエッセイにして、pvとかも稼いじゃおう、みたいな感じで新たにこういうものを書き始めてみました。原稿料は……もらえないけど。
弓良さんのエッセイ内容は「なろう系は描写が粗いとか擬音語が多くてダメとか言われてるみたいだけど、擬音語って何がダメなの?」「なろう系は読むのが簡単と言われてるけど、予備知識の乏しい自分にとっては難解」というようなものだったと思います。
以下、そのエッセイに返信した感想内容を頑張って思い出しながら書いてみます(元々の感想はここまで長文ではなかったですが)。
シャオミのRedmi-9T、予測変換がバカなんで、記憶してくれないんですよ(T_T)
擬音語は古典的な文章のお作法では「安っぽいからダメ」「創造性がないからダメ」などと言われています。
日本刀を振る音が本当に日本人の耳に「ひゅっ」と聞こえたとしても、それをそのまま書くのではなく、読者の頭の中にその音を鳴らせみたいな感じですね。『彼は日本刀をひゅっと振った』ではなく『業物の一振りは鋭く風すらも斬った』みたいにしたほうがなんか高級っぽい、みたいなw 『ひゅっ』だとなんかマンガみたいで安っぽい、みたいな。まぁ、音を直接書くんじゃなく読者の頭の中に音を描け、みたいなことですね。
また、擬音語を使うのなら手垢のついた既存のものではなく、自分でオリジナルなものを作れ、というお作法もあります。
入沢康夫さんの有名な詩の中に、山で火を炊いてどんちゃん騒ぎをする人たちを一言で『ジャジャンカワイワイ』と表現したものがありますが、あのように、印象的に。
日本刀を振る音が本当に日本人のあなたの耳に「ひゅっ」と聞こえたとしても、それはどこかで聞いた他の人が言った「日本刀を振る音は『ひゅっ』だ」が頭にこびりついているからだ、本当におまえの耳で聞いてみろ、本当に『ひゅっ』か? 赤ん坊が聞くように、外国人が聞くように、本当におまえの耳で聞いて、それをおまえの言葉で表現しろ。そしてそれを新たな『日本刀を振る音』として、日本に定着させろ。そんな感じですかね。
ただ、文章のお作法ではそう言われてても、私自身は思いません、擬音語がダメだとは。既存の「ひゅっ」でもいいと思います。文章が三行ぐらいにわたって「ひゅっ、ガキン、キンキンキンキン」でもいいと思います。
『読みやすさ』『わかりやすさ』を重視するのなら、むしろそっちのほうがいい。
伝えたいものが『キャラ』とか『ストーリー』なのなら、むしろ面倒臭いお作法的なものは邪魔。
でもお作法的なものを信じて、権威にまで祭り上げてるような人たちがいて、そういう人たちがうるさいんですよ。
すぐ「こういうのはダメだ」「こうこうこういう考え方で書け」とか言い出すんですよ。
自分たちは単に権威に盲従してるだけなのに。
私自身の話をしますと、面倒臭いものを読むのは大好きです。実は昔は「活字を読むのなら文学でなければ意味がない! ラノベだの大衆小説だのといった、飛ばし読みしてしまえるような、ただ面白いだけのものならマンガで読めばいい!」などと頑なに思ってました。
でも面倒臭い小説って本当に読むのが面倒臭いんですよ。
永遠の中二病な人でなければ読めないぐらいに。
だから私も自然にそういうものから離れて、マンガばっかり読むようになって行きました。
マンガのほうが読むのが簡単で、面白いですからね!
ただ、小説(文学)を読む面白さってのはマンガを読むそれとは別物で、前述した擬音語のことについても、既知の擬音語「ひゅっ」ではなく未知の擬音語を楽しむような、いわば『よく知っているからスラスラ読める』の正反対な『初めて知るようなものを味わって読める』みたいなものなんですね。
……って、いや、待てよ?
マンガにそういう面白さはないのか?
マンガにだってそういう、じっくり味わって読む楽しみはあるじゃないか。
ストーリー自体は(絵があることもあり)スラスラ読めるものでも、作者さん独特の語り口に乗せられて、未知の世界へ連れて行かれるようなものはある。
基本的には読むのが簡単で、面白く、そういう未知も体験できるようなものなら、最高じゃないか!
うーん。また何が言いたいのかわからなくなって来ましたが。
読むのが簡単でスラスラ読めるのは結局、それが『既知』だからなんですよね。
プロ野球の昨日の試合結果をスポーツ新聞でスラスラ読めるのは野球の用語を知っていて、選手の名前なんかも知ってる人。その試合をTVなりで観戦してたならなおさら簡単にスラスラ読める。
でも野球のルールすら知らない人には難解なはず。
同様になろう系小説とかいわれるものも、ルールを知らない人には難解なのだと思います。私は意外に最初から難解だとまでは思わなかったですが……たぶん元ヘビーゲーマーだったからでしょう。アニメをあまり観ないので、その点において意味がわからないところがある程度です。
擬音語多用したって面白ければいいと私は思います。なろう系=くだらんとかも、昔の文学オタクだった自分なら思ったことでしょうが、今はまったく思いません。
ただ、なろう系の中で権威みたいなものを作って、そこから外れたものを「こういうのはダメだ」「こうこうこういう考え方で書け」とか言い出すのなら、それはアホだなと思うだけです。
弓良様のエッセイ『なろう系は難解』https://ncode.syosetu.com/n4732hc/




