倩兮女
楚の国宋玉が東隣に美女あり。墻にのぼりて宋玉をうかゞふ。嫣然として一たび笑へば、陽城の人を惑せしとぞ。およそ美色の人情をとらかす事、古今にためし多し。けらけら女も朱唇をひるがへして、多くの人をまどはせし淫婦の霊ならんか。
鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』より
一、三人の酔漢
三人の酔いどれ達が、街灯も疎らな南武沿線道路の裏通りを、ふらりふらりと歩いている。酒の味を覚えて間もない学生である彼らの口許はしどけなく弛緩し、目許は仄かに赤く染まっている。
五月の生温い風が、火照って汗ばんだ肉体を吹いて去ってゆく。ホウッという溜息が誰かの口から漏れた。三人の学生は大分酔いが回っていると見える。彼らの足取りは一様に覚束ない。
「ああ、世界が揺らいでいる。俺はこれ以上呑めそうにない。でも、二年ぶりに会った同級生を逃がすのも味気ない。来年からは皆忙しくなる。今夜は飽くまで遊びたい気分だ」
東京の大学で文学を修めようとしている学生――吉田修治が、同じく神奈川の大学で文士を志して学んでいる同窓生の寺沢竜也の肩に腕を回しながら陽気に言った。
じゃれ合う二人を一歩引いて眺めている若者は、寺沢と同じキャンパスで法律を学んでいる瀬戸内和貴である。
前途洋々たる未来が彼らの心を踊らせていたし、実際、彼らは優秀な学徒であった。不満も葛藤も一切なかった。三人の学生は現状に概ね満足していた。
「君達と一緒にいると、実に頼もしいし、楽しいよ。行く手を阻むものも、遮るものも一切ないような心持ちになる。僕は文学には疎いが、君達の議論を眺めているだけで胸がいっぱいになるようだ」
瀬戸内は酔いからくる欠伸を噛み殺しながらも、満足気に微笑してみせた。下賤な与太話でさえ、彼らは高尚な事のように扱い、また、熱心に語り合った。すると、不思議なことに下卑た話題でも背に後光を負うてくるのである。
彼らにとって、性交は儀式であり、賭博は魔術であり、女性は総じて女神か妖精であった。畢竟、彼らは臆病であるが故に肉欲を知らない学僧のようなものだった。しかも、彼らはそれを恥だと思っていなかった。
時刻は午前零時を少し過ぎている。終電車が目に痛いほどのライトを輝かせながら、轟音を響かせて通り過ぎて行った。
終電車に揺られる人々は皆一様に悄然と肩を落とし、疲弊していたが、三人の学僧はそれを一顧だにしない。彼らはモラトリアムの中にあり、したがって、やや増長してもいた。無垢であるがために傲慢であり、辛酸の味を知らないがために稚い童子でもあり得た。
三人の学僧は清談を吟じ合いながら、酒に酔い痴れた足取りで暗がりを行く。南武沿線道路を下ってゆくと、直に武蔵新城という小さな駅街に着くことになる。そこが彼らの当座の終着点でもあった。宴の終わりを惜しむように、酔いどれ達はダラダラと歩き慣れた家路を辿っていた。
「なあ、あれをごらんよ」
一同の先頭を歩いて露払い役を務めていた寺沢が不意に前方を指して小さく言った。吉田と瀬戸内は目を細めて彼の指先を追った。
暗闇に半ば融け込むような、赤色のワンピースを身に纏った女が、黒髪をゆるりと風に靡かせながら、ヒタヒタと頼りない足取りで歩いている。剥き出しにされた腕は驚くほど白く、乏しい街灯の下で妖しい光沢を帯びているようにすら見える。また、奇妙な事にも女は裸足であった。三人の酔漢は首を傾げながらも、卑しい想像を逞しゅうせずにはいられなかった。
「何だか、酷くグロテスクな印象を感じさせる女性だな。美醜が女性の全てだとは思わないが、あれはちょっとした悲劇だね。見ちゃいられないよ」
寺沢は女を指さして鼻で笑ってみせた。若い文士の辛辣な舌鋒に苦笑しつつも、二人の連れ合いも小さく頷いた。確かに彼女からは何かしらの冒涜な臭いがした。露骨な性を思わせる後ろ姿に童子達はたじろがずにはいられなかった。
女の歩みは鈍く、三人の酔漢との距離は、徐々に狭まってゆく。やがて、数歩行けば女の黒髪に手が届くまでに至った。どうしたものかと、吉田と瀬戸内が顔を見合わせていると、突如、寺沢が弩にでも弾かれたように、女を追い越して前方に躍り出た。二人が慌てて後に続くと、寺沢は憮然とした面持ちで言った。
「全く、馬鹿にしている。さもなくば狂人だ。人が近づくなり、ゲタゲタと声を上げて嗤いやがって――不愉快な女だ。あの品のない嘲笑のせいで酔いも醒めちまった。君達もそう思わないかい」
吉田と瀬戸内は困惑するばかりである。二人は女の笑い声など聞いていなかった。寺沢は依然として怒り心頭といった具合である。
奇妙な齟齬に首を傾げる二人だったが、来た道を振り返ろうとはしなかった。直視してはならないようなモノがそこにいるような気がしたからである。
先頭を行く寺沢の歩みが早くなった。吉田と瀬戸内は言いようのない、うすら寒さを感じながらも、後を追うほかにしようがない。武蔵新城に着くまで、誰も口を利こうとはしなかった。
二、文士の失踪
「わたし、この歳になるまで息子のことについて、何一つとして知ろうとしなかった」寺沢竜也の母親が肩を落として、ポツリと呟いた。吉田修治は湯気の立ち上る珈琲を啜りながら、五月の暮れから音信不通となっている同窓生の身を案じていた。「竜也の行方について思い当たる事があったら、いつでも連絡をしてください」
ハンドバックから取り出したハンケチで涙を拭うと、寺沢の母親は椅子から立ち上がり、直に喫茶店から出て行った。彼女の悄然とした後ろ姿を見送ると、吉田は席に戻って暫く思案に耽っていたが、やがて決心すると携帯電話を取り出して、瀬戸内和貴に連絡することにした。
窓の外には東京のオフィス街が広がっている。折から降り始めた驟雨に追い立てられて、人々は往来を足早に過ぎ去ってゆく。寺沢の母親は傘を持っていなかった。群衆に揉まれて項垂れる母親の後ろ姿を思うと胸が痛んだ。暫くのコール音の後に、瀬戸内和貴の掠れた声が帰ってきた。
「もしもし――。なんだ、吉田か。エッ、寺沢のお母さんと話したのかい。実は僕のところにも来たんだ。何せ、彼と僕は同じ大学に籍を置いている身だからね。しっかりと事情聴取されてしまったよ。しかし、残念ながら、本当に寺沢竜也の行方に心当たりがないんだよ」
吉田は悲嘆にくれながら雨に打たれる母親の後ろ姿を再び思い浮かべた。そして、学友の失踪に対して意外な冷淡さを見せる瀬戸内を詰るように問い掛けた。
「オイオイ、嫌に冷たい話し方をするじゃないか。まるで、寺沢の失踪に全く関心がないような言いざまに聞こえるな。それに、俺は寺沢の行方を突き止めようとしているわけじゃない。俺が訊ねたいのは、君が彼奴の母親に何を話したのか、という情報だけなんだ」
僅かな沈黙の後に、瀬戸内は嘆息しながら、ボソボソと唸るように答えた。何かを危惧しているらしい口調だった。吉田は一握の不安を感じずにはいられなかった。
「そりゃ、まるで関心がないわけではないがね。それ以上に、不吉な感じがするんだ。正直に白状しちまうと、この件に関しては首を突っ込みたくない。僕は法律家であって探偵ではないからね。寺沢竜也の失踪の原因を究明してやろうなどとは思えないんだ。彼の母親にも同じ旨を話したきりだ」
瀬戸内は理性的な男である。少なくとも、吉田は彼の理智と教養の非凡を評価していた。そのような男の口から、「不吉」という一言が飛び出した上に、何かに怯えたような声勢で話す様子に意外を覚えた。
「へえ、随分と及び腰じゃないか。君らしくもないが、それはそれとして、寺沢の母親には全て打ち明けたのかね。何だか、君の答弁にはある種の歯切れの悪さを感じる」
吉田の非難めいた質問に対して、瀬戸内は苦笑しながらも真摯に返答したと言える。小さく咳払いをした後に、彼は法律家を志望する者らしい理路整然とした口振りで話し始めた。
「うん、確かに君の指摘は的を射ている。この件に関して、僕はある種の恐怖を感じていると言っても間違いではない。先刻まで、自身を誤魔化して認めまいとしていたが、君が察した通り、僕は現実に怯えているのだ。
さて、君が抱いている疑惑についてだが、大体、想像している通りだと思う。寺沢の母親は随分と食い下がったが、彼女には提示しなかった情報が幾つかある。あまりに荒唐無稽な事情であったし、息子の竜也にとって不利益になるような成分も多少ならずあったからね。敢えて明言しなかったわけだ。でも、君にはだけは一切合切、打ち明けてしまおうと考えている。
ほら、五月上旬に川崎辺りで酒を飲み歩いたことがあったろう。あの晩、奇妙な風体の女と行き遭ったことを覚えているかい。そう、あの赤いワンピースの女だよ。あの晩以降、寺沢竜也の性格に何らかの変化が起こったらしいんだ。朝から酒の臭いをプンプンさせて大学をうろつくこともあれば、講義中にフラリと教室を出て行ったまま帰ってこないこともあったようだ。
それから、一度だけ、二人で川崎の盛り場に出掛けたことがある。僕は彼の乱れっぷりに大いに仰天させられたわけなのだが、もっと驚かされたのは、今でも件の赤い女に執着している事実だった。
南武沿線道路の裏通りに現れた不愉快な笑い女を探し出す、と頻りに気焔を吐いていたよ。探し出して何をするつもりなのか訊ねるまでもなかった。あの血走った瞳には確かな獣性が宿っていたからね。僕らが忌避していた露骨な性の臭いが鼻を衝いた。寺沢竜也とは、それっきり顔を合わせなくなったというわけだ」
瀬戸内は、フウと一息の休憩を挟んだ後に、「これ以上の詮索は無用だよ」という一言を残して通話を切ってしまった。
ツーツー……という電子音を聞きながら、吉田は雨に濡れる喫茶店の窓を呆然と見詰め続けるばかりであった。ただ、七分の好奇心と三分の正義感が彼の頭脳を惑わせていた。
「寺沢竜也の足跡を追おう」とぼんやりと彼は考えていた。南武沿線道路の裏通り。そこで、赤いワンピースを身に纏った女が手招きしているような気がした。
三、驟雨は止み
折から降り始めた驟雨も止み、今では胸が悪くなるような、ムッとした臭気が夜風に扇がれ、街灯も疎らな裏道に一種の凄みにも似た雰囲気を醸し出している。
「何か寺沢竜也の失踪に繋がる痕跡はないものか」吉田修治は南武沿線道路の裏通りに辿り着くと、さっそく、周囲を綿密に探索し始めた。だが、成果は芳しくない。そもそも、学友の行方がここに関係している確信はない。「直感に頼ってやって来たが、徒労に終わるかもしれない」
明々とした電飾に彩られた車両が警笛を鳴らしながら過ぎ去ってゆく。憔悴した吉田の横顔をネオンの光が照らし、やがて、深い暗闇と静寂が再び周囲を包んだ。
一陣の風が吹き、汗で肌に張り付いたシャツの裾を翻した。雨に濡れたアスファルトの臭いが強かに鼻腔を打つ。友人の捜索が不首尾に終わり、吉田は少しく落胆しつつ嘆息した。ポケットからタバコを取り出し、一本口に挟むと火を点そうとした。
腕時計に目を移すと、時刻は午後七時を指している。寺沢の母親との会談が終わると、吉田は居ても立ってもいられず、東京の大学を飛び出して神奈川の繁華街を漫ろ歩きはじめた。川崎を中心に学友の足跡を追おうとしたが、探偵の真似事が成功するはずもなく、やうやう行き着いた先がここ――南武沿線道路の裏通りであった。
「まるで、狐につままれたような気分だ。寺沢は神隠しにでもあったのだろうか。彼の身に何が起こったというのか。俺は何を知りたがっているというのか」
全てが有耶無耶である。七分の好奇心と三分の正義感が吉田修治を突き動かす源泉だったが、何れの欲求が満たされたとして、得られるところは少ない。むしろ、泥濘に足を取られて沈んでゆく可能性すらある。「もう、止そうか」と吉田が考え出した頃合いであった。
「ホホホホホホホホホ」
森とした静寂を引き裂くような黄色い笑い声が暗がりに響いた。心臓を冷たい掌で掴まれたみたいな感覚に襲われて、吉田はドキリとせずにはいられなかった。彼は慌てて暗闇に閉ざされた裏道を振り返った。
そこには赤色のワンピースを身に纏った女が、茫々とした黒髪を左右に激しく振り乱しながら、こちらを指さして狂ったように嘲笑っていた。剥き出しの肩と腕は不気味なほど青白く、触れれば皮膚が破けてしまいそうなくらい頼りない。「この世の女ではない」と吉田は直感した。
「一目散に逃げだしたい」という臆病風に吹かれつつも、吉田は己を奮い立たせるように狂女を睨みつけた。女は依然としてゲタゲタと笑い続けている。胸がムカつくような、脳が痒くなるような不愉快な声を聞いているうちに、吉田の内側で微妙な変化が起こり始めた。それは小さな火のごとき感情であった。
好奇心と正義感は雲散霧消し、代わりに嫌悪感と支配欲がムラムラと鎌首をもたげ出した。不思議なことに、女の嘲笑が激しくなるに伴って、それは火炎の様相を呈してきた。「この女を滅茶苦茶に踏み躙ってやりたい」という考えに早くも吉田は囚われつつある。
「ホホホホホホホホホ」
女は気が狂ったように長い黒髪を左右に振り乱して笑い続けている。吉田は口に咥えていたタバコを吐き捨てると、忌々しげに靴底で踏みつけた。そして、肩を怒らせて狂女にジリジリと歩み寄り始めた。脳裏が焼けるような感情の昂りを御することができない。
「あの血走った瞳には確かな獣性が宿っていたからね。僕らが忌避していた露骨な性の臭いが鼻を衝いた」
瀬戸内和貴の言葉は正しかった。いまや吉田修治の双眸は炯々爛々とした輝きを宿していた。それは、もの凄いまでの冷徹な光であった。彼の握り拳が大きく振り上げられる。
その時、一本の電車が轟音を響かせながら、二人の男女の横を猛烈な速度で通り過ぎて行った。毒々しいまでに鮮烈な電灯が彼らの顔を照らして消えた。そして――。
四、警笛は高らかに鳴り
「全く、どこに姿をくらませてしまったのやら。あの子がこんなことをするとは思ってもいなかったよ」
寮母は嘆息しながらも薄暗い廊下を歩く。老母の白髪をぼんやりと後ろから見詰め、瀬戸内和貴は密かに考えを巡らせる。
――皆、消えてしまった。ひょっとすると、僕はとんでもない事件に巻き込まれてしまったのかもしれない。とはいえ、僕は知るべきなのだろう。危険から逃れるためにも知るべきなのだろう――
寮母の歩みは遅く、それに伴って瀬戸内の足取りも自然と鈍いものになってゆく。たっぷりと時間を掛けて目的の部屋の前まで辿り着いた。二〇一号室――そこが、吉田修治の部屋である。
寮母はポケットを弄ると鍵を取り出し、いやに重々しい手つきで穴に差し込んだ。
「あたし、この部屋にあまり長居したくないんだよ。薄気味が悪くてしようがない」
カチャリ、という軽い音を立てて、扉の鍵が外された。澱んだ空気が僅かな隙間から早くも漏れ始めた。
寺沢竜也も吉田修治も謎の失踪を遂げてしまった。そして、今、瀬戸内和貴は言い知れない焦燥感に苛まれている。吉田が寄宿していた東京の大学寮を訪ねるつもりになったのも、そいった影のように付き纏う不安を払拭したいがためであった。
「用が済んだら鍵を返しに来とくれ。とにかく、あたしは部屋に入りたくないんだ。あんたも探し物が見つかったら、さっさと出て行くことだね」
そう言うと、寮母は踵を返して帰ってしまった。瀬戸内は彼女が廊下の角を曲がり、姿をすっかり隠してしまうまで、扉の前で直立していたが、遂には観念してノッブに手を掛けた。
吉田の部屋は乱雑を極めていた。万年床と化した煎餅布団の周囲には古本の山が築かれている。台所の方から饐えたような臭いが漂ってくる。それは吉田が行方不明になってから、それなりの時間を経ていることを示している。
瀬戸内は足の踏み所を選びながら、窓際に程近い場所に置かれた文机に向かって、ズンズンと歩いていった。机上には数冊のノートとテキストが几帳面に載せられている。室内の乱れっぷりに反して、いやに整頓された勉強机が気になり、瀬戸内は引き出しを開けてみたり、学習ノートを覗いてみたりしたが、なかなか、探偵は捗らない。
机の中身をあらかた検分し終えた頃になって、漸く、瀬戸内は「雑記」と題された一冊のＡ５版のノートを見つけ出した。
そこには、日々のちょっとした出来事の記録や感想が書き出されていた。日記ほど詳細ではないにせよ、吉田修治の為人を計るには充分な内容ともいえる代物であった。
瀬戸内はそれをポケットに押し入れると、散らかった室内を最後にグルリと見回した。収穫は殆どなかったが、寮母に言われた通りに早々と退散することに決めた。
九段下駅のプラットホームに立ちながら、瀬戸内和貴は失踪を遂げた学友の背中を追うために、Ａ５版のノートの頁を捲り始めた。
日々の出来事に関する感想や意見が金釘文字で大まかに記されている。だが、めぼしい記録は、なかなか、見つからない。とうとう、最後の頁になってしまった。
「結局、謎は謎のままに終わるのか」と思いつつ、何気なく金釘文字に目を走らせた途端、瀬戸内は背筋を冷たい指先で撫ぜられたような、実に嫌な気分に陥った。体温が急速に失われてゆくのを感じる。そこには、たった一文だけ書き記されていた。
「俺は大罪を犯した。姦淫という大罪を」
バラバラだったパズルの破片が一つずつ嵌ってゆく。瀬戸内の脳裏をとある光景が閃光のように過る。赤色のワンピースを着た女。血走った友人の瞳。咽るような生臭い吐息。南武沿線道路の裏通り。姦淫の罪を犯したという告白――。
「ホホホホホホホホホ」
人気のないプラットホームに、女の黄色い笑い声が鳴り響いた。背後に何者かが立っている気配を感じて、瀬戸内の額に冷汗の露が浮かぶ。「皆、あの笑い女が狂わせたのだ」という確信めいた考えが不意に去来した。
その時、一本の電車がライトをぎらつかせながら、プラットホームに向かい、猛然と迫って来た。瀬戸内和貴の足が一歩前に進む。そして、電車の警笛が九段下駅の構内に高らかに鳴り響いた。
(了)
