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輾転草・令和百物語  作者: 胤田一成
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油すまし

 人はおおむね自分で思うほどには幸福でも不幸でもない。肝心なのは望んだり生きたりすることに飽きないことだ               ロマン・マロン



 一、依頼人の訪問


 ()()()(ひろ)は生きることに飽き始めていた。東京という雑多な土地が彼の肌には合わなかった。右を向いても左を向いても人が群れを成している。(ふゆ)()れの風に()えるようにして(うつむ)き歩く人々の姿は巡礼者(じゅんれいしゃ)のようであるが、彼らが信奉(しんぽう)するものはひどく曖昧で醜悪(しゅうあく)機械(きかい)仕掛(じか)けの人形である。

 大正十一年の東京の冬は千尋(ちひろ)にとって苦痛の時でしかなかった。故郷(こきょう)の熊本に別れを告げて、東京の大学に進学したものの、彼には野心が致命的なまでに欠落していた。両親は遠く離れた九州の大地で、息子が立身出世して帰ってくることを待ち望んでいるに違いない。しかし、千尋(ちひろ)には他の大多数の人々が信仰(しんこう)する、「社会」という名の機械(きかい)仕掛(じか)けの神に(つか)えるつもりはなかった。そこに意義を見出すことができなかったのである。

 千尋(ちひろ)が大学に通わなくなってから、数か月が経とうとしている。彼の自堕落(じだらく)な暮らしぶりを(たしな)める人は下宿先の大家ぐらいである。しかし、それも(とどこお)りがちな下宿代を催促する延長でしかなく、本心から彼の堕落(だらく)した生活を正そうという気はない。

 千尋(ちひろ)は東京都大田区の多摩(たま)(がわ)沿いに(かま)えられた下宿で、()れた脳髄(のうずい)()(あま)しながら、幾度も読み返した推理小説のページを(めく)り続ける。孤独と退屈が紫煙(しえん)の漂う部屋で横たわる彼のことを圧殺(あっさつ)しようとしていた。

 幾度目かの欠伸(あくび)を噛み殺したころになって、部屋の引き戸がコンコンと叩かれた。千尋(ちひろ)は手にしていた推理小説を文机(ふづくえ)に伏せると、大儀(たいぎ)そうに立ち上がって薄っぺらな戸を引いた。千尋(ちひろ)は大家がまた小言を繰り返しに来たのだと思っていたので、そこに(たたず)んでいた女性の姿を見て少なからず驚いた。千尋(ちひろ)の叔母にあたる古賀暢恵(こがのぶえ)が息を弾ませて立っていたのである。

千尋(ちひろ)さん、お久しぶりですね。お邪魔してもよろしいかしら。東京は本当に胸が苦しくなるほどに(にぎ)やかな場所ですわ。ほら、こんなにも息が上がってしまって――、千尋(ちひろ)さんも大変ですわね」

 古賀暢恵(こがのぶえ)は熊本の天草市(あまくさし)栖本町(すもとまち)河内(かわち)にある古賀(こが)本家を如才(じょさい)なく()仕切(しき)才媛(さいえん)であり、日露戦争で夫を亡くしてから、その美貌に磨きをかけた、妖艶な雰囲気を(まと)う油断ならない人間でもあった。

 千尋(ちひろ)は意外な人の来訪を(こころよ)くは思わなかった。彼は腹の底が知れない叔母のことを以前から薄気味悪く思っていたからだ。古賀(こが)千尋(ちひろ)脳髄(のうずい)は夢想家らしい()れた性質を多分(たぶん)に含んでいたが、その一方で分析家らしい冷徹(れいてつ)な気質も(そな)()っていた。

「あら、お部屋に上げてはいただけないのかしら。ひと月前にお手紙を差し上げたはずよ。ご相談したいことがあるので、上京するとお(しら)せしたのだけれど、まさかご存じなかったのかしら」

 美しい叔母は自分が猜疑(さいぎ)(しん)の込められた眼差(まなざ)しで見詰められていることを(じき)に察したようだった。暢恵(のぶえ)の言うように千尋(ちひろ)は郵便物を確かめる習慣を持っていなかった。(こと)にこの数か月の間は()いて郵便を受け取らないようにしていた。彼のもとに届く物は大抵(たいてい)の場合は何かを催促(さいそく)する内容だったし、それらを見る(たび)に忙しなく蠕動(ぜんどう)する世間に辛酸(しんさん)()めさせられるようで馬鹿らしく思えたからだ。

 いつまでも本家の使者を玄関に立たせているわけにもいかないので、千尋(ちひろ)は嫌々ながらも暢恵(のぶえ)を部屋に(まね)()れることにした。暢恵(のぶえ)は乱雑な男部屋の様子を見て辟易(へきえき)したのだろう――彼女は眉をひそめて小さな溜息(ためいき)をついた。日露戦争で亡くした夫との間に子どもを授かることがなかった叔母にとって、年頃の男部屋の有様(ありさま)は少しばかり刺激が強かったようだった。薄い座布団に腰を下ろした未亡人は落ち着かないのか、そわそわと(しき)りに辺りを見ては顔を赤くしている。

「ご(らん)(とお)り、自堕落(じだらく)な生活を送っています。手紙の件はすみませんでした。僕のもとに届く物ときたら催促(さいそく)(じょう)ばかりなもので気が滅入(めい)っていたところなのです。どうか、ご容赦(ようしゃ)してください」

 千尋(ちひろ)は自分も敷かれた座布団にドカリと腰を落とすと、手持(ても)無沙汰(ぶさた)誤魔化(ごまか)すためにタバコに火を(とも)した。

 叔母は相談したいことがあって、熊本から東京までやって来たと言っていたが、千尋(ちひろ)には正直に言ってどうでもよいことだった。

 客に茶を出さないのは早く帰って欲しいという意思の表明でもあったが、訪問者である暢恵(のぶえ)一向(いっこう)()(かい)さない様子で居座(いすわ)っている。

「お手紙を拝見しなかったことはお()びしますが、こういう暮らしぶりをしているものですから、おもてなしすることもままならないのです。それにご相談したいことがあると(おっしゃ)っていましたが、残念ながらお力にはなれないと思いますよ」

 (しばら)くの沈黙の後に口火(くちび)を切ったのは千尋(ちひろ)の方だった。暢恵(のぶえ)黙然(もくねん)として動こうとしない。それは何かを熟考しているようでもあったし、都会の喧騒(けんそう)に揉まれて弾んだ息を整えているようにも見えた。

 年頃の男の放つ()えたような臭いのする部屋に、華美(かび)とはいえなくとも洗練された和服を身に(まと)った女性がいることが、千尋(ちひろ)には(ひど)不釣(ふつ)()いに思えてしようがなかった。

 千尋(ちひろ)に帰郷を(うなが)される前に話を(つまび)らかにしなくてはならないと思ったのか、(ようや)暢恵(のぶえ)途切(とぎ)れがちではあるが、事の次第を語り始めた。

「どこからお話したらいいのかしら。お父様――千尋(ちひろ)さんにとってはお祖父様(じいさま)になるのかしら――のことはご存知よね。七年前に河内(かわち)草積峠(くさつみとうげ)行方(ゆくえ)不明(ふめい)になってしまった古賀(こが)清史郎(せいしろう)さんのことなのだけれど」

 千尋(ちひろ)は『古賀(こが)清史郎(せいしろう)が七年前に失踪(しっそう)している』という(むね)一句(いっく)を聞いただけで、鼻持ちならない叔母が何を懸念(けねん)しているのか理解できた。『失踪(しっそう)ノ宣告ヲ受ケタル者ハ前条ノ期間満了ノ時ニ死亡シタルモノト見做(みなす)ス』という条文を思い出した。千尋(ちひろ)の祖父である古賀(こが)清史郎(せいしろう)はその期間を(まっと)うしようとしている。そして、叔母である古賀暢恵(こがのぶえ)はそれを良しとは思っていないだろうことは口調から察せられた。

清史郎(せいしろう)さんは熊本に炭鉱を持っていてね。古賀(こが)の家が豊かに暮らしていけたのも炭鉱のおかげだったのよ。でも、それも段々と苦しくなってきているのです。それに、お父様が存命(ぞんめい)ならば――私の肩の荷も降りますし、この歳になるといち早く安心したくて仕方(しかた)がないのです」

 千尋(ちひろ)暢恵(のぶえ)の含みのある物言(ものい)いが気に入らなかった。先の大戦で連合国が勝利したことにより、祖父が所有する炭鉱もかなりの利潤(りじゅん)を上げていたはずだ。しかし、それも七年間も経つと底が尽きかけているのだろう。()してや、炭鉱主である古賀(こが)清史郎(せいしろう)失踪(しっそう)が法律によって、死亡したものと見なされたとしたら、古賀(こが)家にとっては弱り目に祟り目である。話は当然のごとく遺産相続の問題に波及(はきゅう)してくるに違いない。暢恵(のぶえ)にとっては「安心」とは程遠(ほどとお)い状況に(おちい)ることになる。それは、何としても避けたい局面なのだろう。

「はあ、叔母さんも大変ですね。はっきりと言ってくださっても平気ですよ。お祖父様(じいさま)が亡くなってしまったら古賀(こが)家にとって都合(つごう)が悪いのでしょう」

 古賀(こが)千尋(ちひろ)(くわ)えていたタバコを灰皿に押し付けて揉み消すと、大人らしく着物の(すそ)(そろ)えて座る叔母に向かって非情にも()って退()けてみせた。甥の不躾(ぶしつけ)物言(ものい)いを耳にしても、暢恵(のぶえ)の表情は変わらなかった。千尋(ちひろ)は叔母の人形のように整った外面(がいめん)辛抱強(しんぼうづよ)く見詰めた。奇妙な(にら)めっこの勝者は女の方だった。

「分かりました。ここは叔母さんの言う通りということにしましょう。それで僕にどうして欲しいんですか。ご相談したいことがあると(おっしゃ)っていましたが、僕にできることはさほど多くはありませんよ」

 千尋(ちひろ)()(ふる)されたズボンのポケットから、タバコの箱を取り出しながら(たず)ねた。暢恵(のぶえ)硝子(がらす)(だま)の瞳に直視されることを彼は本能的に(こば)んだ。それを(さと)られることを承知(しょうち)の上で、軽口を叩いて誤魔化(ごまか)すことぐらいしかできなかった。千尋(ちひろ)がタバコに火を(とも)()えるのを待ってから、暢恵(のぶえ)ははっきりとした口調で言い放った。

「私は貴方に古賀(こが)清史郎(せいしろう)の生死について教えて欲しいのです」

 古賀(こが)千尋(ちひろ)は叔母の意外な要望に眉をひそめずにはいられなかった。彼は肺腑(はいふ)の隅々まで紫煙(しえん)を満たすつもりで深く息を吸い込むと、今度は天井を(あお)ぎながらゆっくりと煙を口から吐き出した。

 遠くで警察官が吹く警笛(けいてき)の音が長く響いている。古賀(こが)千尋(ちひろ)文机(ふづくえ)に伏せられた推理小説を手に取り、わざとパタンと音を鳴らしながら閉じてみせた。



 二、油すましのこと


 東京の寒空の下で働く警察官の警笛(けいてき)が長く()()くように鳴り響いていた。建てつけ悪くなった窓は風が吹く(たび)に、ガタガタと(きし)んで悲鳴を上げる。古賀(こが)千尋(ちひろ)は立ち上がって灯油ストーブに火を()けると、叔母の暢恵(のぶえ)の言葉が指し示す意味を考えた。

 ――つまり、この美しい女性は自分に安楽椅子探偵役になることを望んでいるというわけだ――

 千尋(ちひろ)は祖父である古賀(こが)清史郎(せいしろう)の生死にはさほど関心が(そそ)がれなかったが、正直に言うと暢恵(のぶえ)の提案には多少(たしょう)なりとも心を揺さぶられていた。千尋(ちひろ)にとってそれは退屈を(しの)ぐための一種の遊戯(ゆうぎ)であった。また、気の抜けない人ではあるものの、熊本から上京してきた叔母を早々に()退()かすのも(はばか)られた。そうしようものなら、古賀(こが)本家からあまり良い印象を(いだ)かれないだろう。叔母は古賀(こが)の屋敷から(つか)わされた使者なのだ。

古賀(こが)家から大学に進学したのは千尋(ちひろ)さんだけです。それにあなたは昔から、こういう謎を解くことを好んでいたらしいようですし、ここはひとつ力をお借りすることはできないでしょうか」

 ここまで暢恵(のぶえ)は常に甥の一歩先を行っている。千尋(ちひろ)には選択権を与えるつもりは毛ほどもないようだった。もし、彼が断ろうものなら、東京での悠々自適(ゆうゆうじてき)な暮らしは立ち消えになるだろう。古賀(こが)本家の資金難を理由に故郷(こきょう)に連れ戻される未来は容易(たやす)く想像できた。暢恵(のぶえ)は初めから返答の是非を問うてなかった。それを察せないほど千尋(ちひろ)脳髄(のうずい)(とろ)けていなかった。

古賀(こが)本家の一大事となれば、お力をお貸しするしかありません。僕の手に負える範疇(はんちゅう)ならば協力致しますよ」

 古賀(こが)千尋(ちひろ)はあえて軽口を叩くように返事した。彼は暢恵(のぶえ)にイニシアティブを取られたくはなかったからだ。千尋(ちひろ)は道化を演じてでも叔母に屈服(くっぷく)させられたくはなかった。

 気を緩めれば(すべ)ての持っていかれるような物言(ものい)わぬ気迫(きはく)が彼女にはあった。熊本にある古賀(こが)本家を一人で切り盛りしているだけあって、さすがに暢恵(のぶえ)明晰(めいせき)怜悧(れいり)な気質を充分に備えていた。

古賀(こが)清史郎(せいしろう)が行方不明となったのは七年前の一九一五年の冬のことです。熊本県天草市(あまくさし)栖本町(すもとまち)河内(かわち)にある草積峠(くさつみとうげ)()えようとしていた二人連(ふたりづ)れの男性が、夕刻に彼の姿を最後に目撃しています」

 そう言いながら、暢恵(のぶえ)はバックから何枚かの紙片を取り出して、畳の上に(おうぎ)を広げるようにして丁寧に並べ始めた。叔母の聡明(そうめい)叡智(えいち)な頭脳を知っている千尋(ちひろ)にとって、(すで)に彼女に調べ尽くされているのだろう資料は、意味を持たないように思えた。

河内(かわち)の炭鉱主だったこともあって警察は捜索願(そうさくねがい)受理(じゅり)しています。青年団等の有志も(つど)って山を調(しら)べて(まわ)りましたが、手掛(てが)かりを(つか)むことは出来ませんでした。目撃者である二人連(ふたりづ)れの男性も事件性を考慮して調査されたようです。警察によると二人の男性には特に怪しむべきところはなかったそうです。これは警察が保証しております」

 千尋(ちひろ)は件の二人連(ふたりづ)れの男性の写真を手に取って見せたが、何の変哲(へんてつ)もない素朴な面差しをした青年だった。警察が保証しているのなら、この二人は老人の失踪(しっそう)(かか)わっていないのだろう。

 千尋(ちひろ)は二枚の写真を()まらなそうに投げた。暢恵(のぶえ)は大事な手掛(てが)かりである資料をぞんざいに扱われて(ひたい)(くも)らせたが、結局のところ、抗議らしいことは口にしなかった。

「お父様は草積峠(くさつみとうげ)を一人っきりで歩いていたのかしら」

 古賀(こが)清史郎(せいしろう)が何かしらの事件に巻き込まれていたとしたら、二人連(ふたりづ)れの男達が話した証言の方が重要になってくる。清史郎(せいしろう)の挙動や言動に不審なところはなかったか否かを確かめておく必要があった。暢恵(のぶえ)手抜(てぬ)かりなくそれも調べていたらしい。

「ええ、古賀(こが)清史郎(せいしろう)は一人っきりで草積峠(くさつみとうげ)を訪れていたらしいのです。二人連(ふたりづ)れの男性はそれを不審に思ったと言っております。というのも、草積峠(くさつみとうげ)()える際には奇妙な決まり事のようなものがありまして――」

 千尋(ちひろ)滅多(めった)に本家に近寄ることはなかったので、自然と河内(かわち)界隈(かいわい)の事情には(うと)くなっていた。草積峠(くさつみとうげ)という場所にもまるで(くわ)しくない。言われれば思い出すかもしれないが、河内(かわち)に関しては(ばく)とした印象しか残っていなかった。

「それはどのような決まり事なのかしら」

 暢恵(のぶえ)は何かを()(よど)んでいるような素振りをみせた。(しばら)くの間、彼女は口許(くちもと)に手を添えて言うか言うまいか悩んでいたが、千尋(ちひろ)が沈黙で(うなが)すと観念したのか、ポツリポツリと草積峠(くさつみとうげ)(まつ)わる不可思議な伝承を語り始めた。

「私どもは幼い頃から草積峠(くさつみとうげ)を一人で()えてはならないと教えられて育ってきました。あそこには、『油すまし』が出て悪さをするから、決して(とうげ)を一人で歩いてはならないと教えられるのです。

 それがどのような姿形(すがたかたち)をしてるのかは分からないのですが、『油すまし』は悪さをするものだから近寄ってはならないとだけ伝わっています。草積峠(くさつみとうげ)を一人で歩いていたら、誰しもがおかしいと感じるはずです。二人連(ふたりづ)れの男性も古賀(こが)清史郎(せいしろう)が一人っきりで(とうげ)を歩いていたことを奇妙に思ったと言っています」

 暢恵(のぶえ)旧態(きゅうたい)依然(いぜん)とした村の(おきて)のようなものを恥じているようだった。しかし、それは探偵役を務める千尋(ちひろ)にとっては貴重な情報の一つでもあった。河内(かわち)の事情を知らなければ瑣末(さまつ)な出来事に見えるが、村の内側から見れば古賀(こが)清史郎(せいしろう)の取った行動は異常なものだったということになる。

「なるほど、お祖父様(じいさま)の行動は不自然なものだったというわけですね。その『油すまし』というものについて(くわ)しく知りたいのですが、お(たず)ねしてもよろしいでしょうか。些細(ささい)なことでも(かま)いません。今はとにかく情報が欲しいのです」

 古賀暢恵(こがのぶえ)の中で何かしらの算段が整えられたらしい。先ほどまで見せていた逡巡(しゅんじゅん)が嘘だったかのような口調で、河内(かわち)に伝わる昔話を語り始めた。千尋(ちひろ)河内(かわち)の伝説の一言一句を聞き(のが)すまいとして、目を閉じて静かに聴いていた。

「明治の頃の出来事だったと聞いております。河内(かわち)には清史郎(せいしろう)の祖母にあたる古賀(こが)文子(あやこ)という方がいらっしゃいました。

 ある日、文子(あやこ)さんは孫の清史郎(せいしろう)を連れて草積峠(くさつみとうげ)()えて隣村(となりむら)を訪れることになりました。文子(あやこ)さんは孫の手を引きながら(とうげ)にやって来ると、懐かしそうな顔で、『昔はこういう所に、油すましというものが出たものだ』と語ったそうです。すると、(にわ)かに(やぶ)の中から、『今でも出るぞ』という声と共に『油すまし』が飛び出てきたというのです。

 それからというもの、草積峠(くさつみとうげ)には奇妙なものが()んでいて、悪さを働くから一人で(とうげ)()えてはならない、という(おきて)のようなものが(しつら)えられたようです。

 河内(かわち)の方では、『油を(しぼ)る』ことを『油をすめる』と言います。確かにあの辺りでは藪椿(やぶつばき)の種から油を(しぼ)って用いることがございます。『油すまし』がどのような姿形(すがたかたち)をしているかは教わりませんでしたが、おそらく、そういった村の風習が生み出したお化けのような存在なのかもしれません。

 いずれにせよ、大昔の出来事ですから曖昧模糊(あいまいもこ)としていて(くわ)しいところは分かりません。ただ、少なくともお父様――古賀(こが)清史郎(せいしろう)はこの(おきて)律儀(りちぎ)に守っていました。『油すまし』と出逢った者の一人ですから当然とも言えますけど、頑なに(とうげ)()えをすることを忌み嫌っておりました」

 千尋(ちひろ)は所用で本家を幾度か訪ねたきりで久しく無沙汰(ぶさた)となっている。暢恵(のぶえ)の語った内容がどれほど正確なのかは()(すべ)はないが、万事(ばんじ)において抜かりのない彼女のことだから実際にある話なのだろう。千尋(ちひろ)暢恵(のぶえ)が語った話の要旨(ようし)を脳裏に()めて次の質問を重ねた。

古賀(こが)文子(あやこ)さんとはどんな方だったと聞いてますか」

 暢恵(のぶえ)は部屋を訪れてから初めて(いぶか)しげな眼差(まなざ)しで千尋(ちひろ)は見た。話題は明らかに当初の予定から()れて()っているように思えたのだろう。しかし、千尋(ちひろ)はそれが語られるのを辛抱強(しんぼうづよ)く待った。それらは暢恵(のぶえ)にとって些細(ささい)な記憶でも、千尋(ちひろ)にとっては重大な事実になり()る可能性を持っている情報だった。

古賀(こが)文子(あやこ)は風変わりな方だったと聞いております。幼少のころから山に遊びに()()っては(ほう)けたような顔をして帰ってくる。数日の間を山で過ごすこともあったそうです。

 河内(かわち)の人々は彼女のことを気味悪がっていました。古賀(こが)文子(あやこ)(やま)()(たわむ)れて遊んでいるという噂まであったようです。

 彼女の死に関しては(くわ)しくありません。大変な長寿を(まっと)うしたとか、山に戻って行ったとか、様々な憶測が()()っています」

 千尋(ちひろ)(すべ)てを()()げると満足したようで、畳の上に置いていたタバコの箱に手を伸ばした。そして、たっぷりと時間を掛けて紫煙(しえん)(くゆ)らせると、(にわ)かに文机(ふづくえ)に散らばった鉛筆を取って紙屑(かみくず)に何かを走り書き始めた。暢恵(のぶえ)は腰を浮かせて密かにメモを隙見(すきみ)しようとしたが、千尋(ちひろ)悪戯(いたずら)っぽく微笑みながらそれを(さえぎ)った。

「残念ですが、今はまだ見せられません。(しばら)くの間、そこで待っていてください」

 古賀暢恵(こがのぶえ)は謎めいたメモの隙見(すきみ)を諦めたのか、跡はもう、夢中になって書き物をする甥の背中を見守るばかりだった。東京の冬空が茜色に染まる時分(じぶん)になって、(ようや)く鉛筆を握っていた千尋(ちひろ)の手が止まった。千尋(ちひろ)居住(いず)まいを正しながら、くるりと暢恵(のぶえ)の方に向き直ると真剣な面持(おもも)ちで話し始めた。

 窓の外では鴉達(からすたち)が枯れた声で頻りに鳴いている。古賀(こが)千尋(ちひろ)の推理を傍聴する存在は彼らだけであった。鴉達(からすたち)は空に宵闇(よいやみ)が訪れるまで、真っ黒な瞳を輝かせながら、相対(あいたい)する二人の様子を見守っていた。時折、ガアガアという野次(やじ)を飛ばしながらも鴉達(からすたち)が飛び去ることだけは最後までなかった。



 三、夢想家の推理或いは妄想


 窓の外では鴉達(からすたち)が群れを成して(たむろ)している。ガアガアという枯れた声で野次(やじ)を飛ばしながら二人の行く末を見守っていた。茜色に染まる空模様(そらもよう)が彼らの真っ黒な瞳を一瞬だけ輝かせた。

 古賀(こが)千尋(ちひろ)は先ほどまでの弛緩(しかん)した表情を一変させて引き締め、これから叔母が求めた安楽椅子探偵の役目を(まっと)うしようとしていた。彼の推理はそれほど長いものにはならないはずだ。千尋(ちひろ)は乾いた唇を(つばき)湿(しめ)らせると重い口を開いた。

「さて、()ずは結論から申し上げます。古賀(こが)清史郎(せいしろう)の生死についてですが――残念ながら、彼はすでに亡くなっていると思います。草積峠(くさつみとうげ)を一人で訪れた理由は誰かに(おび)()されたからでしょう。そうでもなければ、古賀(こが)清史郎(せいしろう)が夕刻という時間帯に一人っきりで草積峠(くさつみとうげ)を訪れる理由はなかったはずです。彼は草積峠(くさつみとうげ)を一人で()えることを忌み嫌っていたことからも察せられます」

 暢恵(のぶえ)は父親の死を宣告されたことに動揺せず、一切(いっさい)の感情を(おもて)に表さなかった。暢恵(のぶえ)自身(じしん)古賀(こが)清史郎(せいしろう)が生きているとは初めから考えていなかったのだろう。ただ、一つだけ問い掛けるだけで彼女の心は満足したようだった。

「お父様が誰かに(さそ)()されて草積峠(くさつみとうげ)を訪れたことは理解できますが、それが(すなわ)ち死に(つな)がるとは言い切れないように思えます。千尋(ちひろ)さんはどう考えているのかお(たず)ねしてもよろしいでしょうか」

 千尋(ちひろ)文机(ふづくえ)に置かれた紙束の中から数枚のメモを取り出した。そこには細かな金釘文字(かなくぎもじ)で彼の推理した内容が隙間(すきま)なく(しる)されていた。千尋(ちひろ)は目を細めながらもメモを読み終えると暢恵(のぶえ)の質問に答えた。

古賀(こが)清史郎(せいしろう)は誰かに草積峠(くさつみとうげ)に一人で来るように()いられていたと考えます。そして、彼にはそれを断ることができなかった。つまり、彼は何者かに脅迫されていたのです」

 暢恵(のぶえ)硝子細工(がらすざいく)の瞳に初めて(くも)りが宿(やど)った。千尋(ちひろ)()れた脳髄(のうずい)が導き出した解答を(さと)ったのだろう。暢恵(のぶえ)は彼が言おうとしている次の言葉を(さき)んじて口にした。

「脅迫された上で行方知れずとなっているからには、何かしらの障害(アクシデント)が生じたのだろうと考えたわけですね」

 千尋(ちひろ)はゆっくりと首を縦に振った。彼の推理は憶測の範疇(はんちゅう)()えないものであるかもしれないが、それは充分に()()る状況でもあった。少なくとも、暢恵(のぶえ)はそれを不合理とは思わなかったようだ。脅迫されて(おび)()された金満家(きんまんか)の老人が謎の失踪(しっそう)()げた。そこに剣呑(けんのん)な印象を(いだ)かない者はいないだろう。

古賀(こが)清史郎(せいしろう)がすでに亡くなっていると考える理由は他にもあります。草積峠(くさつみとうげ)を一人で()えてはならないという(おきて)と、それに(まつ)わる不可思議な伝承のことです。

 古賀(こが)文子(あやこ)清史郎(せいしろう)草積峠(くさつみとうげ)で『油すまし』と呼ばれる存在と遭遇した。それは一人で()()ったら身の安全(あんぜん)(おびや)かす存在だったのでしょう。だから、古賀(こが)文子(あやこ)(とうげ)()える時は二人連(ふたりづ)れであるように(いまし)めを残したのです」

 河内(かわち)に伝わる昔話が話題に上がったことに、古賀暢恵(こがのぶえ)は少なからず動揺したようだった。千尋(ちひろ)は相変わらず冷徹な眼差(まなざ)しで叔母の整った(おもて)を凝視している。そこには彼女の表情の変化を一片たりとも見逃すまいという強い意志が込められていた。

古賀(こが)文子(あやこ)の言葉を信じるならば、『油すまし』とは明治期以前には屡々(しばしば)遭遇する存在だったが、以降においては()()うこと自体が(まれ)であることが(うかが)えます。

 草積峠(くさつみとうげ)には『油すまし』と呼ばれる危険な存在が隠れていた。そして、それは明治期には何かしらの理由から(すで)(すた)れている存在だった。また、少なくとも古賀(こが)文子(あやこ)がそう判断しているからには明治期以前にそれと遭遇した経験を持っていたのでしょう」

 千尋(ちひろ)はメモを暢恵(のぶえ)に見せるために畳の上に置くと、走り書きされた箇所(かしょ)を指さして示した。そこには次のような内容が金釘文字(かなくぎもじ)で記されていた。


 ①、それは過去には屡々(しばしば)遭遇することがあったが、現在では遭遇すること自体が(まれ)である。 

 ②、それは一人で遭遇すると身の安全(あんぜん)(おびや)かすような存在であり、二人連(ふたりづ)れであることが求められる。

 ③、古賀(こが)文子(あやこ)草積峠(くさつみとうげ)で油すましと呼ばれる何者かに遭遇した経験がある可能性が考えられる。


 暢恵(のぶえ)は黙ってそれを読んでいた。太陽が沈んだ代わりに宵闇(よいやみ)天窮(てんきゅう)に迫り、瓦斯灯(がすとう)に火を(とも)す者達が街を闊歩(かっぽ)する刻限になっていた。このような時間になっても、なお騒がしい街の様子に辟易(へきえき)しながらも、千尋(ちひろ)は言葉を次々と紡いでいく。

古賀(こが)文子(あやこ)は幼少のころから山に()()って遊んでは(ほう)けたような顔をして帰ってくる人だったと(おっしゃ)っていましたね。彼女は山に踏み入っては、『油すまし』と呼ばれる存在と屡々(しばしば)逢っていたのではないかと思うのです。

 河内(かわち)の地域では、『油を(しぼ)る』ことを『油をすめる』というらしいですね。しかし、単に椿(つばき)の種子から油を採取することを指し示しているのならば、古賀(こが)文子(あやこ)はそれを連想させる存在が現れるという草積峠(くさつみとうげ)を恐れたりするでしょうか。

 叔母さん――、僕は思うです。実際はもっと他の植物の種子から油を(しぼ)っている者が草積峠(くさつみとうげ)には隠れていたのではないかと。そして、それは明治期には大っぴらに採取することが(はばか)られるような植物の種子だったのではないかと。

 古賀(こが)文子(あやこ)はそういった違法か、それに近い植物の種子から油を(しぼ)る存在と交流を持っていたのではないでしょうか。そして、おそらくその存在は現在でも草積峠(くさつみとうげ)に隠れて暮らしています。

 古賀(こが)清史郎(せいしろう)は誰かに脅迫されて一人で草積峠(くさつみとうげ)を訪れています。ひょっとすると、彼は祖母の古賀(こが)文子(あやこ)と同様に、その違法的な存在と(ひそ)かに交流を持っていたのかもしれません」

 暗闇(くらやみ)に支配されつつある部屋の中では暢恵(のぶえ)の表情の変化は(よう)として判然がつかない。千尋(ちひろ)は正座を崩して立ち上がると、弱々しく光る電球に(つな)がる紐を引いた。

 暢恵(のぶえ)は食い入るようにして床に置かれたメモを読み耽っていた。両腕(もろうで)を畳に着いて、紙屑(かみくず)(しる)された走り書きを読み漁る姿は、浅ましい四つ脚の獣のようであった。

 千尋(ちひろ)は美しい容貌の裏に隠されていた叔母の本性を(ようや)(あば)いたのである。

「大陸には特殊な草花(くさばな)の種子から採取した薬を相手に飲ませ、酩酊(めいてい)状態(じょうたい)になっている間に強盗を働く犯罪組織があったそうです。その(どく)(ばな)の名前はダチュラ。そして、その犯罪組織の名前はダチュレアスと言います」

 千尋(ちひろ)醜悪(しゅうあく)な獣と化した叔母の姿を睥睨(へいげい)しながら(つぶや)いた。暢恵(のぶえ)は床に(ひたい)を付けるような恰好(かっこう)のまま動こうとしない。千尋(ちひろ)は彼女が不意に(おもて)を上げることを恐れた。きっとそこには(おに)形相(ぎょうそう)が浮かんでいるに違いない。

古賀(こが)文子(あやこ)は幼いころにそういった山賊(さんぞく)連中(れんちゅう)(かどわ)かされたことがあったのではないでしょうか。そして、以降も山間(やまあい)()む人々と交流を持ち続けていたのだと思います。

 『油すまし』とは特殊な植物の種子から油を(しぼ)って用いる山賊(さんぞく)を示す隠語(かくしことば)のようなものだった可能性が考えられます。

 古賀(こが)清史郎(せいしろう)はそういった山間(やまあい)に暮らす人々との紐帯(ちゅうたい)を断てずにいたところを誰かに(おど)された。おそらく、目的は炭鉱で(もう)けた金の一部か、或いは違法的な(どく)(ばな)の栽培で(もう)けた財産の一部だったのでしょう。

 いずれにせよ、古賀(こが)清史郎(せいしろう)という人物の裏には違法な金の流通があったと僕は考えています。そして、ある日、脅迫されるがままに一人で草積峠(くさつみとうげ)(おもむ)き、ピタリと消息を絶ってしまった。叔母さん――、あなたの父親である古賀(こが)清史郎(せいしろう)はすでに亡くなっています。誰かに殺されているのです。そして、おそらく、その犯人とは――」

 千尋(ちひろ)はその先を言おうとしたが(くち)(つぐ)んでしまった。叔母が床に(ぬか)づいた姿勢のまま、クスクスと笑っていることに気が付いたからである。千尋(ちひろ)(ひど)(みにく)い者を()()たりにしたような気分になった。

 古賀暢恵(こがのぶえ)依然(いぜん)として、クスクスという不愉快な(ふく)(わら)いを()めようとはしない。千尋(ちひろ)頭蓋(ずがい)(おさ)められた(らん)(じゅく)した脳髄(のうずい)を用いて(あば)いてはならない物に触れてしまったことを(さと)った。

千尋(ちひろ)さんは面白いことを(おっしゃ)るのですね。どれもこれも、的外(まとはず)れの()てずっぽうでしかありませんが、聴いていて楽しゅうございました。そんなに(おび)えることはないじゃありませんか」

 古賀(こが)千尋(ちひろ)醜悪(しゅうあく)な叔母の姿を直視することを本能的に避けてしまった。顔を(そむ)けるばかりでは気が済まず、天井にぶら下がった電球の紐を引いてしまったのである。

 暗闇(くらやみ)の中で古賀暢恵(こがのぶえ)の不快な笑い声がいつまでも響いていた。千尋(ちひろ)は黒洞々(こくとうとう)とした闇の中で叔母の気配が消えてしまうまで()(すく)むことしかできなかった。


 ――(すべ)ては()れて(とろ)けた脳髄(のうずい)が生み出した妄想に過ぎないのかもしれない――


 古賀(こが)千尋(ちひろ)は窓から射しこむ(たよ)りない瓦斯灯(がすとう)の光をぼんやりと眺めながら思った。気が付けば叔母の笑い声が途絶(とだ)えてから随分(ずいぶん)と時間が経っていた。だからといって、千尋(ちひろ)は手に握られた電球の紐を再び引く気にもならなかった。

 夜が白々と明けるまで千尋(ちひろ)は真っ暗な部屋の中で(たたず)んだまま、(ゆめ)(うつつ)狭間(はざま)往来(おうらい)し続けた。もはや、彼にとって真実(しんじつ)虚構(きょこう)の境界は曖昧(あいまい)なものに()()てていた。

 古賀(こが)千尋(ちひろ)は生きることに飽き始めていた。一切(いっさい)の希望を失った脳髄(のうずい)が代わりに生み出したものは純粋な狂気だった。千尋(ちひろ)頭蓋(ずがい)の内側は(ねつ)(ただ)れて(うじ)()()しつつある。相変わらず、窓の外では鴉達(からすたち)が忙しなく()()っていた。



 四、ある精神科医の日誌の抜粋


 大正十一年十二月十三日(金曜日)。()後曇(くも)(なり)

 東京帝國大学ニ(せき)ヲ置ク学生、古賀(こが)千尋(ちひろ)(十九歳)ヲ収容(しゅうよう)スル。

 重度ノ妄想癖(もうそうへき)又ハ虚言癖(きょげんへき)(みと)メラレル(ため)、患者トノ接触(せっしょく)及ビ会話(かいわ)ヲ禁止スル。支離滅裂(しりめつれつ)ナ言動ヲ()(かえ)ス。アブラスマシ、ダチユラ、セイシロウ、アヤコ、ノブエ等ノ言葉ヲ連想サセル行動ハ(つつし)ムベシ。極度(きょくど)ノ興奮状態ニ(おちい)ル事ガ()ル。

 東京都大田区多摩(たま)(がわ)沿ノ下宿先デ、昏迷(こんめい)状態(じょうたい)()ツタ所ヲ大家ニ発見サル。譫妄(せんもう)ノ症状ガ()ラレル。大学ニ問ヒ合ワセタ所、昨年カラ通学記録ガ無イト()フ。本籍地ハ熊本県天草市(あまくさし)栖本町(すもとまち)河内(かわち)()フガ、(いま)確認出来(でき)ズ。

 発見時ハ重度(じゅうど)精神(せいしん)衰弱(すいじゃく)ノ状態ニ()ツタ。(ただ)チニ最寄(もよ)リノ医院ニ搬送(はんそう)サル。ソノ際、看護婦数名ガ軽傷(けいしょう)()ハサレル。危険性ノ()ル患者トシテ厳重(げんじゅう)ナル拘束(こうそく)ヲ必要トス。

 下宿先ノ部屋カラハ支離滅裂(しりめつれつ)タル内容ノ手記(しゅき)ガ見ツカル。熊本県天草市(あまくさし)栖本町(すもとまち)河内(かわち)ニ関スル伝承ガ(しる)サレルガ、患者ノ妄想(もうそう)ダト思ハレル。患者ノ親族ハ、(いま)発見出来(でき)ズ。近日、電気(でんき)療法(りょうほう)(こころ)ミル予定デアル。


 東京都立松山(まつやま)(のう)病院(びょういん)。医師、若林(わかばやし)(きょう)(すけ)


 (了)


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