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お待たせしております、今回少しだけ長いです。


またまたやってしまった。

つい口を滑らせて、私は思いを吐露してしまったのだ。


言うつもりなんて無かった。

でも、言えてすっきりしている自分もいる。

恥ずかし過ぎて逃げて自室に篭っているのだが、誰が来る訳でも無く日を跨いでいた。


「…エル様、ポカンとしてらしたわ」


まさか妹の様に思っていた人物から好きだと言われるとは思っていなかったのだろう。

逃げて来たくせに、お話に来てくれるかと待っている自分が嫌だ。

きっと、エル様も混乱しているのだ。

最近エル様は日が登る前に登城するので、「行ってらっしゃい」を今日も言えなかった。


それに、邸がなにやら騒々しい。家主であるエル様もお忙しくしているに違いない。


ボーッとしている間に、エル様に作ったペンを量産出来るように改良した物が私の横で山を作っていた。


「あら、私ったらいつの間にこんなに…」


知らぬ間に大量に出来てしまったそれを仕舞うと、息抜きに庭園にでも出ようとカーディガンを羽織る。

外に出ると、ざわざわとした心が少し落ち着いた。



エル様に会いたい。


会ってちゃんとお話しなければ。

それなのに、私は肝心な時に逃げてばかりだ。


きっと今日もエル様は遅くなるだろうから、帰って来るまで起きていよう。



「ねぇ、あんた」


多分、自分が呼ばれたのだろうと反射的にそちらを向いてしまって『しまった』と思ってしまう。

そこには、物凄い形相をしたアリシアが居た。


「ごきげんよう、アリシア様」


そう言って私は、スっとカーテシーをする。


「やめて。私は貴族じゃないの」


「では、お話する事も有りませんので。これで」


今まで人にツンケンした事等無かったので、自分はこんなにも冷たい声で話せるのだと少しビックリしている。でも、やはり彼女を許す事なんて出来ないし、本当に話す事なんて無い。

踵を返し、私は部屋に戻ろうと歩き出す。


「ち、ちょっと待ちなさいよ!……うっ、く」


ドサリと音が聞こえて振り返ると、彼女は口元を抑えて蹲っていた。


「大丈夫ですか!?」


慌てて戻り、彼女の背中に手を添えた。


その身体は細く、病的だ。体調が悪いのだろう。

私はキョロキョロと侍女を探すが、周りには誰もいなかった。


「少し待っていて下さい。人を呼びます」


立ち上がると、腕を掴まれた。


「…大丈夫。これは、悪阻よ」


彼女は呼吸を荒くしながら、答える。

聞き間違いで無ければ彼女は悪阻と言ったか。


「妊娠しているのですか?」


と言うと、彼女はこくりと頷いた。

時系列的にもエル様の子では無い事は確かだが、そうなると駆け落ち相手の子という事になる。


「あんたが居なければ………、私はエルフィング様とこの子で暮らせたのに。どうして……」


ポロポロと涙を流して彼女は訴える。どうやら、お腹の子をエル様の子として育てるつもりでここに来たらしい。


「……何故貴女はそんなにも被害者思考なのですか?私には理解が出来ません。お腹の子はエル様の子では無いでしょう?」


悪阻でしんどそうな妊婦相手に小言を言うのは、人道的にどうなのかと思ったが腹が立ってしょうがなかった。


「それでも!彼なら私を見捨てたりしないわ!あんたさえ居なければ!!」


ガッと両腕を捕まれ、爪を立てられ、薄いカーディガンの下の私の皮膚から血が滲む。


「いっ……!」


そしてバシンッという音と共に頬を打たれ、か細い腕から繰り出されたにしては強いその力でぐらりとよろめいた。


倒れそうになった足を踏ん張り、体勢をアリシアにしっかりと向けてグッと握り拳を作った。

だが、それは殴る為では無い。しっかりと地に足を付ける為だ。

親にだって手を出された事が無い。それらはジンジンと痛むが、エル様の心はもっとずっと痛かったはず。

私が同じ様に痛みを返せば良い訳では無い。

アリシアと同じにはなりたくない。


「私の事はなんとでも言って下さい。それだけの覚悟が有って、私はエル様の横に立つのですから。

それに私を傷付けたとて、貴女の立ち位置はもう変わりません。

私はエル様の事を心からお慕いしております。貴女の様な方に、エル様の横は絶対に譲りません」


殴りたければ、殴ればいい。


怒鳴りたければ、怒鳴ればいい。


彼を傷付ける様な人に、私は負けない。



アリシアは私の言葉に一瞬怯んだが、ギリッと歯を軋ませるともう一度私に向かって来た。


痛いのを覚悟して目を固く瞑ると、ビュッと風が私の横をすり抜けた。


そして、ふわりと温かい温もりに包まれる。


「…すまない、待たせた」


息を切らせ、肩を揺らしながら、彼は片腕で私をギュッと抱き締める。


「エル、様」


ゆっくり目を開け、見上げる。エル様は額に汗を光らせながら、風魔法でアリシアを持ち上げて運ぶと侍女達に拘束させていた。

彼女はジタバタと暴れながら何かを言っていたが、もう何も聞こえなかった。


アリシアが見えなくなると、エル様は私に視線を合わせ、少し驚くと眉を下げ悲痛な顔をする。

そして、今度は両腕で優しく抱き締めた。



「すまない、ロレッタ…。謝って済む問題で無いのは分かっている。

いつも、いつも俺が遅いせいで君を傷付けてしまった。

本当に、すまない…」


詰まる様に出た言葉は痛々しくて、私よりエル様の方が何倍も傷付いていた。

私はブンブンと首を横に振ると、エル様を抱き締め返す。


「いいえ、いつでもエル様は私を守ってくださいます」


遅れてやって来た恐怖が、温もりに溶けていった。

あんなに強気だったのに、エル様の胸の中では力が抜けてしまう。

慣れない事をするものでは無いなと強く思った。


暫く抱き締め合うと、エル様がスっと離れ何故か私の右手を取り、跪いた。


「エル様?」


エル様は力強い眼差しで、此方を見て胸に手を当てた。


「ロレッタ、いつも守られているのは俺の方だ。

君はいつだって俺を助けてくれた。

気付く事すら遅い、どうしようも無い俺だ。呆れられているかもしれない。


だが、君を心から愛している。君が良いんだ。

ロレッタ、…君を愛する事を許してくれますか?」




ボロボロと涙が零れ、上手く言葉を発する事が出来ない。


言葉が出ない代わりに、今度はブンブンと縦に首を振った。


「こんなになって…」


エル様は悲しそうな顔で私の頬と腕に優しく触れる。

私は止まらない涙をグイッと無理矢理拭き取ると、拙い笑顔を作った。


「…、え、エル様。わ、……私、エル様を、お守り出来ましたでしょうか?」


私の言葉に驚いた様にエル様は目を見開くと、泣きそうな顔で微笑んでくれる。


「あぁ…」


彼は低く、甘く、そう呟くと嬉しさと安心感でグスグスと泣き止まない私を優しく抱き締め、泣き止むまで頭を撫で続けてくれた。


涙を拭う様についばむ唇が、少し擽ったかった。




評価、ブクマ有難うございます。


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