42 ※エルフィングside
バタンと大きな音をたてて閉められた扉をポカンと眺め、開いたままの口を慌てて閉じる。
今のは幻聴か?
「ロレッタが、…俺を?」
嬉しさと困惑で完全に思考が停止して動けないでいる。
あれは言う気では無かったのに言ってしまった、という顔だった。
それもこれも、全ては俺のせいなのに。
元婚約者であるアリシアの事は、もうすぐどうにかなりそうなのだが、後一歩決定打となるものがない為中々前に進まず俺自身やきもきしていた。
それをロレッタにちゃんと伝えなかったのは俺の怠慢だ。
彼女に元気が無い事さえ気付いてやれなかった。
殿下に閃光玉の詳細諸々やロレッタが作ってくれたペンを見せ、それを気に入った殿下が大々的に流行らそうという話が盛り上がってしまい、迎えに行くのが遅くなってしまった。
すると、彼女の隣にはオルカ=ババガントが居たのだ。
ロレッタを案内していた侍女が俺に気付き何かを話してきていたが、頭に血が上り何も聞こえてこずロレッタを攫うように連れ出し馬車に乗せた。
分かっている。それは、見苦しい嫉妬だ。
婚姻を結ぶ事を前提とした付き合いでは有るが、合理的で政略結婚と何ら変わりない筈だった。
俺は彼女の才能を認め、彼女は俺の癒しだ。
だが、ロレッタの純粋で真っ直ぐな気持ちに触れる度に愛らしいと思う事が増え、彼女の行動に勘違いをしてしまいそうになっていた。
それは、勘違い等では無かったのだ。
真のロレッタからの好意だ。
「こんな事をしていてはダメだ。ロレッタと話をしなくては」
今すぐにちゃんと話をしなくてはいけない。
サッと立ち上がると、逃げた彼女を追い掛ける為に馬車から飛び出た。
「エルフィング様…!」
すると、待ち構えて居たのだろう。誰かに腕をガシッと掴まれた。
「…君か。すまないが、今は何も話す事は無い。君の話は執事伝いで聞いているし、何度も断っている筈だ。急いでいる」
「いいえ!今日こそはちゃんと話を聞いてもらうわ」
そう言って俺の腕を離そうとしないのはアリシアだった。
彼女は顔面蒼白で鬼気迫っているようだが、俺だって今大急ぎでロレッタの元へ行かなければならない。
深い、深いため息を一つ落とすとアリシアに目を向けた。
「君は拒否をしていたらしいが、カダルアン公爵家に話をさせて貰った。君の身柄は近々あちらに引き渡す予定だ」
「なっ!そ、そんな……!あのお父様が聞いて下さる訳ないわ……あんな形で出て行ったのに」
アリシアは顔面蒼白だった顔を青くすると、ガタガタと震え出した。
カダルアン公爵は厳格な方で有名だ。駆け落ち等、言語道断。彼女もそれは分かっていて、公爵が『うちには娘等おらぬ』と言ってると予測はしているのだろう。
俺は自分が甘い考えを持たぬ様に、アリシアとの直接の会話は避けていた。執事伝いに話は聞いているが、『贅沢な暮らしに戻りたい』というぼんやりとした理由しか話さず、空いた期間や痣についての説明は何もない。
言い難い事かもしれないが、お陰でこちらは調べる為に労力を使っている状態なのだ。
アリシアは先程までの鬼気迫る様子から、すっかり消沈してしまった。
すると、アリシアを追い掛けていただろう何人かの侍女が走って来たので、アリシアは彼女達に任せる事にしようと歩き出す。
「…うぅっ……っ!」
ドサッと膝から崩れたアリシアは、片手は口元を抑え、片手は腹部を守ろうとして抱えて倒れた。
そうだ、彼女は再会した時からずっと顔色は悪かった。
「アリシア、大丈夫か!?担架だ!医者を呼べ!」
「待って!!…病気じゃないの、病気じゃ……っ」
侍女に背中をさすられながら、アリシアは弱々しく叫んだ。
「君…、まさか」
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何故だ。俺は何故今仕事をしているのだろう。
あの後、事実確認と諸々に走り回り結局ロレッタとは話せないまま日を跨いでしまった。
今日何度目かの溜息を落とす。
机の上には書類の束。早く帰らねばならないが、今日に限っていつもの何倍も仕事が有る。
周りも手伝ってくれてはいるが、皆自分の分も有るのだ。
仕事前に早く帰る宣言はしたが、このままだと今日もロレッタが起きている時間に会える可能性が低くなる。
疲れた目を押さえながら、少し一息つこうとロレッタのくれたペンを眺めた。
ーバンッ
「君、その様子だと上手くいってないようだね」
「ババガント殿…」
机を叩かれ見上げると、オルカ=ババガントが俺を見下ろしていた。
この間の事が有るので彼とは少し気まずいのだが。
「辛気臭い顔で仕事をされると困るんだよ。君の事だ、まだ煮え切らないようだから言ってやろう。
そのようにうだうだとしていたら、掻っ攫ってやるぞ」
「なっ…!?」
いきなり来たかと思えば、ニヤリと笑い挑発してきた。俺は驚きの余り、立ち上がってしまう。
「さ、僕は優秀なのでな。今日の仕事は終わってしまった。
だからね、君はお役御免だよ。さっさと帰りたまえ」
そう言ってオルカ=ババガントは俺の身体をグイグイ押すと扉の前まで連れて来た。
「…この間の詫びだ。彼女をこれ以上泣かせてやるな」
言い辛そうに彼は目線を逸らすと、本当に彼女を思って言っている事が分かる。
俺は身体を九十度に曲げると、「恩に着るっ!」と走り王城を後にする。
これ以上彼女を待たせる訳にはいかない。
作者:オルカの事嫌いになれないなぁ




