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侯爵家のソファも相当良い物だが、ここはやはり違う。
しっかりと品物を膝に抱き、張り裂けそうな心臓を落ち着かせようと小さく深呼吸する。
「待たせたな」
そう言って仲睦まじく手を取り合い中に入ってくるお二人を最敬礼でお待ちする。
「ロレッタ嬢本日はよく来てくれた。エルフィングも。楽にするといい」
言われるがまま顔をあげる。
本日は王太子殿下、王太子妃殿下に『閃光玉』をお渡しする日だ。
例の彼女だが、実はまだ邸に居る。私が許したからだ。彼女の生家、公爵家に連絡を取ったがそんな娘は居ないの一点張り。それは当たり前かもしれないが、ボロボロの彼女に元の場所に帰れとは言い辛い。
今の所余り会わなくて済んでいるが、たまに見かけると物凄い形相でこちらを見ているのが分かった。
お義母様は完全な無視を決め込んでいるらしい。お義母様曰く『エルが言ったから泊めてやってるだけ』と言っていて全くの同感である。
エル様も彼女に会わない様にしているので、最近は仕事で遅くなる事が多くなり、あれから二人になる事が無かった。
今日は久々にエル様と二人だが、事が事なので緊張していてお話したはずなのに記憶に無い。
顔を上げて見るお二人はとても麗しくそれはもう輝いていた。
王太子妃殿下は母から聞いていたが、淡い色から毛先にかけて濃くなる青の髪と切れ長の藍の瞳がとても印象的で美しい方だった。身長も高くスラリとしているので女性のファンが居らっしゃるとか。
「君がロレッタ嬢か!会いたかったぞ」
妃殿下はつかつかと近付いて来たかと思えば、ぎゅうぎゅうと私を抱き締めた。
状況が理解出来ず、母や乳母以外の女性から抱き締められた事が無いので顔を真っ赤にして硬直してしまった。
「ルルーシュア、それだと彼女が潰れてしまうよ」
「おっと、失礼した。ルルーシュアだ、ついついあまりの可愛さに抱き締めたい衝動にかられてしまった。許せ」
クスクスと王太子殿下が笑い、諌めると妃殿下はするりと拘束を解いてくれた。
とてもいい匂いがした。
「くくく、エルフィングもそのような顔をするな」
「元々です。彼女は余り人付き合いに慣れておりません、お戯れは程々にお願い致します」
グイッと私の肩を抱き寄せ、エル様が自分の胸に収めるものだから私は恥ずかしくて目を回してしまう。
王太子殿下はまだ笑いながらも座るように言ってくれたので、なんとか座ると本題に入ろうと背筋を正した。
「ほ、本日はお招き頂きありがとうございます。こちらがお持ちした物です」
何とか言葉にして持っていた木箱を開ける。中には十個程の閃光玉が収められている。
何だか皆の視線が生暖かい気がする。
「ほぅ、これが噂の閃光玉か。私はそこそこ強いので要らぬと言ったのだがレイからとても良い物だと聞いてな、ならば攻撃魔法の使えない者達への護身用として私が広めていければ良いなと考えておる」
「いや、君にも是非持っていて欲しいんだけどね」
「有難いお言葉です、こちらは簡単な構造なのですが大量に注文が来るとなると私一人でお作りするには難しいかと思います。もし宜しければ設計図を王家にて管理頂けたらと思うのですがどうでしょう?」
これは考えていた事だ。実際お爺様も王家に設計図を管理して貰っていたからだ。尤も、お爺様は落ち人だったので国管轄であった事は否めないが。
「なるほど、設計図の流出は防がねばな。こちらで管理し、抱えの工房に声を掛けよう。しかし、それではこちらの利益が大きい。それでも良いのかい?」
「はい。お金を稼ごう、という目的で発明家を目指しているのでは御座いませんので。私は皆が豊かな暮らしが出来る未来を担いたいのです」
お爺様の受け売りだが、私も気持ちは同じだ。最近はさらにこの気持ちが強くなっている。
「そうか。では、エルフィングと細かい金銭の話をしよう。ロレッタ嬢はきっと謙遜するだろうから、是非うちの庭園を見てくるといい」
「まぁ…、お気遣いありがとうございます。では、庭園にてお待ちしております」
私が金銭を受け取らないと思ったのだろう、王太子殿下は私に気を使い庭園に行くよう勧めてくれた。
実際金銭の話はピンと来ないので、エルフィング様にお任せしようとしていた。
緊張でどうにかなりそうだったし、私が居ても何も出来ないのでお言葉に甘える事にした。
妃殿下付きの侍女の方に案内して貰い庭園を案内して貰う。
ここからは少し一人で、と我儘を言って離れて待っていて貰う事にした。
何だか一人になりたい気分だったのだ。




