37 ※エルフィングside
「素晴らしいじゃないか」
夕餉の時間まできっと没頭して作業をするだろうと思っていたので、執務室にロレッタが来た時は驚いてしまった。
確かに日が沈み始めた時刻にはなっているが、何を作っているかは知らなかったので完成には数日掛かるのではとの予想もしていた。
なので、何かあったのかと心配してしまったのだがそれは気薄だった様だ。
彼女は嬉しそうに完成品を見せてくれた。
インクを中に内蔵したペンだと言うそれは、素晴らしかった。
まず、ペンをインクに浸す手間が無い。それだけでどれだけ書き物が楽に進むだろうか。
手についてしまったり、インクを誤って零す事も無い。
インクの芯が減ってくると本体を少し緩めて、芯を少しずつ出す所が難点との事だが、減りが緩やかなので手間を感じにくい。
そして、その書き心地は今まで感じた事が無いものだった。
柔らかすぎず、硬すぎず。インクが固まった物だが、乾燥し過ぎておらず滑らかに書ける。
筆圧によって濃い、薄いも分けられて調節も可能だ。
思わず声も出てしまうと言ったところだ。
「…良かったです。実はこちらはエル様の為にお作りした物ですので、もし宜しければ貰って頂けますか?」
「俺の為に?」
「はい。エル様は、毎日お仕事でペンをお使いになりますよね?その手間を少しでも減らせたらと思いこちらを作りました。是非お仕事で使って頂いて、感想を教えて頂けたらー」
ロレッタはにこにこの笑顔で、そして少し早口になりながら俺の為の発明品だと言う。
その後の事はぼんやりとしていて余り覚えていないが、ロレッタはペンを残し早々に部屋から出て「また後ほど、夕餉にて」と言い残し去って行った。
彼女が部屋を出てから再び仕事をしようと先程のペンを使い書類にサインをする。
「俺の為…、か」
いつの間にか仕事が終わってしまい、そのペンを眺める。
この様な素晴らしい物を自分の為に作ったと言われ、胸が擽ったい。
近頃ロレッタが愛おしくて堪らない時が有る。
彼女の行動を見ていると、ロレッタが俺に好意が有るのでは無いかと錯覚してしまう。
先程も薄らと頬を染めながら話す彼女は発明品が成功したのが嬉しいのか、それとも…と考えて思考が止まる。
経験値が余りにも少な過ぎるのだ。
自分でも顔が赤くなっているのが分かる。
おいおい、俺は幾つだ。
「この感情は、少々頂けないな」
自分から『癒しの為』だ、『女避け』だ等という理由で婚姻を求めておきながら、自由な彼女を不自由な侯爵家へと縛り付けてしまった。
今思えば、彼女は最初から愛らしい女性だった。
オルカ=ババガントが一目惚れしてしまう位に魅力的なのだ。
彼女は男性としてかは分からないが、自分の事を好意的には思ってくれているような気がする。だが自分がロレッタの事をなんと思って居るかはまだよく分からない。
分かろうとしていないだけかもしれない。
「はぁ…」
夕餉まで時間はあるが、仕事は無くなってしまっている。
仕方が無いので気分転換でもしようと庭に出た。
庭に出ると美しい花々が目に映る。
それは母が丹精込めて育てたもの達だ。
ロレッタが来なければ、その花さえこうしてゆっくり見る時間など無かっただろう。
ふっ、とロレッタと庭で過ごした事を思い出す。
この胸に有る温もりは決して嫌なものではないはずなのに、俺はきっと怖いのだ。
自らの両手をぼんやりと眺める。
「もうこんなにも…、、誰だ」
自分の気持ちを理解した時、草が擦れて揺れる音がした。
ここは結界が張られ、易々と誰かが入って来られる場所では無い。
だが、結界が破られている様子も殺気すらも感じない。
迷い込んでしまった子どもか、獣か。
確証は無かったので、殺気を上手く隠した手練の可能性もあるので手に魔力を集中させた。
「え、エルフィング」
すると、木影から薄汚れたフードを被った女が出てきた。
「…っ!?君は…」




