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「出来たわ…」
私は新しくインクを取り出し、成形の段階で細くペンに入る位の大きさで円柱を作った。
これならばペンに入れられる、と納得のいく大きさ、細さの物を作れる様になったのは夕方になってからだ。
一度時間を忘れるとついついやり込んでしまう。
「後は、コレをどうやってペンから出すか…、なのよね…。
コレだけだと手が汚れてしまうから…、挟んで固定出来るものかしら?」
インクの塊だけで書くには、書いている間に手が汚れてしまう。
やはり、これを覆う何かは必要である。
私はスケッチブックにガリガリと構造を想像で書き出していく。
一案は最初考察していたように筒の中に入れ、ペン先から少しづつ出る物。
これは、どうやって出すかが問題となる。
構造が難解だ。私の頭だけではどうにもならないかもしれない。
二案は挟める様な金属のケースを作り、先に小さな穴を開けて芯を少しだけ出して閉じられる物。
これだと、ペン先が無くなった時に開いてまた出す、という手間が生じる。
「とりあえず、この挟める物なら現実的に作れそう」
何事にも欠点は有る物だ。先ずは作ってみなければ。
理想は欠点が限りなく少ない物だが。
そう思い、金属類が入った箱を開ける。
開くと、殆どすっからかんで箱の木目が見える。
「あ、そうだった。無くなりかけていたんだわ…」
今度のお休み、エル様と一緒にアンバート家の鉱山へ採りに行くんだった。
少ない金属で頑張ろうかと思ったが、流石に少な過ぎてどうにもならなかった。
エル様のお休みはいつだったか?
休憩を取ろうと伸びをすると、馬車が到着している所が窓から見えた。
「エル様だわ!」
私は鏡の前で身だしなみを確認して、部屋を足早に飛び出した。
玄関へと到着すると、丁度エル様が入って来た所だった。
「お帰りなさいませ」
「ただいま。おや、ロレッタだけかな?」
「あら、本当ですね?」
「奥様はゲイル様の所、マグオット様は寮にお戻りになられました」
私達が疑問に思っていると、ここの執事長がニコニコと教えてくれた。
「そうか、また孫の顔を見に行ったんだな。俺もそろそろ見に行かなくては。
そうだ。ロレッタ、この後夕食まで少し時間は有るか?」
「ええ、御座います」
「では、少し庭を散歩でもしよう。着替えたら部屋まで迎えに行く」
「畏まりました、お待ちしております」
私は、エル様をお待ちする為に一度部屋に戻る。
そして、鏡の前に座った。
「……普通に話せたよね」
まだ、ドキドキしている。
鏡に映る私は少し頬を染めていた。
エル様のとても優しい目。
今日は二人だから、余計に意識してしまう。
家族の話をする時のエル様が私にその目を向けるのだ。
私達は、夫婦になる。
例え、恋愛の愛では無くともこんなに大事にして貰っている。
それが、家族への愛だとしても良い。
なんて幸せなんだろう。
毎日会っているのに、こうして少し外へ出る時に誘ってくれる事が嬉しい。
「私は本当に幸せね…」
苦しくなる時も有るが、嬉しいの方が比率が多いのは婚約者だからだろう。
外見は余り気にした事は無かったが、エル様の前だと髪が跳ねていないかとか、目の下に隈が無いかとかを気にするようになった。
相変わらず服や髪型はお任せだが、エル様との年の差も有るので出来るだけ落ち着いた品の良い物にして貰っている。
今迄はそんな事すら考えた事は無かった。
出来るだけ、こんな幸せが続けば良いな。と願うばかりだ。




