22 ※エルフィングside
忙しい。
忙し過ぎる。
昨日休んだ事が、まるで駄目だったかのように仕事に追われている。
いや、何故こんなに貯めていたんだ。ここの連中は。
まぁ、原因は分かっているのだがな…。
朝、来てみると山の様な紙の束に一気に脱力感が湧き上がる。俺の机は何処だ。
「おはよう、アンバート侯爵」
現実逃避に思考が向いてしまっていたら、元凶がやって来た。
「おはようございます、ババガント様」
「おや?どうしたんだい?君ともあろう御仁が仕事が山積みじゃないか~!
まぁ僕は優秀だからね、今日の分はもう終わってしまったよ~!!はははっ!では、お先に~」
「お疲れ様です」
風の様に現れ、去っていく元凶はババガント公爵家の嫡男であるオルカ=ババガントだ。
ババガント家のご当主は今の宰相なので、次期宰相は自分で有ると確信しているとか。
この国は多少実力主義な所が有るので、代々受け継がれると云うのは自分が相応しく無い限り有り得ないのだが…。まぁ、いい。
周りの席を見渡すと、誰もが俺から勢い良く目を背ける。
やはり、一日でこの量は変だと思ったんだ。
奴の身分が高い為に周りは合わせるしか無いのだ。
俺もババガント公爵家とは基本的に関わり合いたくは無いのだがな。
彼は、次期宰相候補である俺にとても対抗意識が有るらしい。
面倒臭い事この上ないが、こんな感じで嫌がらせを受けてはいる。
嫌味は日常茶飯事だ。
まぁ、他はこの様に仕事を増やされているとか、お茶が多少渋いだとか、出勤時に床が滑りやすくなっているだとか可愛いもんなので無視している。
深く溜息をつくと、目の前の山の一角に手を伸ばす。
今日中には終わらないかもしれないな。と、今日は遅くなる事を覚悟しながら目を通す。
ふと、今日はそう云えばロレッタが見送りに来なかったなと思い出す。
珍しい事も有るものだ。前に気にしなくても良いと言っておいたが一度も見送りが無かった事等無かった。
昨日、あのまま夜更かししてしまったのだろう。好きな事に没頭する事は良い事だが、無理はしないように言っておこう。
それより、ロレッタにはちゃんと気を付ける様に言っておかなければ…。
儚げな容姿、潤んだ瞳。守ってあげたいと庇護欲に訴えかけるそれは、一定数の者に酷く刺さるだろう。
性格も素直で可愛らしい。儚い見た目を他所に意外にも上昇志向の持ち主なので、一緒に居ると明るくなれる。
偶に焦ってアワアワとしている所は、小動物の様で微笑ましく眺めていられる。
彼女は社交界に殆ど出ていないと言っていた。その所為か、異性に対して無防備過ぎる。
あの様な格好で俺に声を掛け、ニコニコとしていた。最初は誘惑でもされたのかと思ったが、ロレッタがそんな事をするとは思えないので後ろを向いて窘めると、自分で自分の事を驚いていた様だった。
それか、俺の事を異性だと思っていないのか?
兄や親の様な感覚なのだろうか。
嫌われてはいない事は分かる。
そこは後々結婚するのだ、良い事である。
だが、異性として見られていない事は少し複雑な感じだ。
まぁ、ロレッタとは良好な関係を築いていきたいと思っているのでそれも良いかもしれないがな。俺は、一度逃げられているし。
休み明けの怠重い手を動かし、暫し考えていると大きな笑い声が聞こえてきた。
帰ったと思ったが、また来た。
ガチャッ
「さあ!ここが僕の城だよ、キルフェット嬢!」
「ありがとうございます、ババガント様。本当に助かりました」
何やら相当疲れているみたいだ。元凶がロレッタを連れてやって来た幻覚が見える。
「構わないよ。では、僕は忙しいのでお暇するよ。またね、可愛いレディ」
元凶はそう言うと、ロレッタの手の甲にキスをして再び出ていった。
どうやら、幻覚では無いらしい。




