プロローグ
「癒しが足りない」
誰も居ない事を良い事に、公園のベンチでドカリと座り空を見上げる。
若くして侯爵の爵位に就いてからというもの、日々淑女という魔物に追いかけ回されている。
淑女とはなんだ、誰もかれも血に飢えた獣だ。
目が怖い。
全く、毎日毎日彼女達は皆暇なのだろうか。
王城での内務も忙しい。今日は久々の休みだ。
彼奴らは、出来ないからと俺に仕事を回し過ぎではないのか。
まぁ、家に帰っても特にする事は無いので結局してしまうのだが。
酒も、煙草も賭事も好きでは無い。
趣味と云えば馬に乗る事と、こうして変装して何も考えず市井を出歩く事くらいだ。
婚約者は居たのだが、侯爵になる寸前で何処ぞの誰かと駆け落ちした。
俺が仕事にばかり身を投じていたかららしい。
それなりに優しくしたつもりだが、一番忙しい時期だったのだ。何だか、申し訳無いな。
しかし、未だに弟には笑いの種にされている事が解せない。
つまりは、癒しが足りない。
猫でも飼うべきか、否か。
とは思ったが、妹の契約精霊が猫の姿をしているので止めておこう。
そんな事を考えて、ふと前を向いた。
バシャッ!!
「きゃーー!すみません!!!」
いきなり前から水を掛けられ、呆然としてしまう。
別に水を掛けられた事は良い。
目の前に居るのは女性だ。
それは、分かる。
だが、頭に付いている風車の様な物は何だ?
しかも、何やら手に持っている如雨露まで管で繋がっている。
「本当にすみません、また失敗しちゃいましたっ!」
そう言うと彼女は、大きな鞄の中をゴソゴソとしていた。
「えっと、えっと……こんな時は…、そうそうこれです!」
取り出した物は手で持てる拳銃の様な形をした何かだ。
「直ぐに乾かしますね!!」
彼女はそれのスイッチを押した。
すると、ボッ!!と火炎が巻き起こる。
「危ない!」
それを危険だと判断して、風魔法で火が出ている空間だけ空気を無くした。
火は一瞬で消え去り、彼女も無事の様だ。
「大丈夫か?」
そう言って自分の身体を風魔法で乾かす。
「あ……も、申し訳御座いません。大丈夫です、助けて頂いて有難う御座います」
彼女は蜂蜜の様な色の瞳を潤ませながら、しょんぼりとしてしまった。
「ぷっ」
不謹慎かもしれないが変な格好のまま項垂れる彼女が、何だかとても可笑しかった。
良く見ればとても可愛らしくお淑やかな見た目なのに、奇想天外だな。
暫く笑っている私を彼女はポカンと眺めていた。
「いや、失礼した。
久しぶりにこんなに笑う事が出来たよ、有難う。その頭の風車は何か聞いても良いのかな?」
「え!は、外すのをすっかり忘れてしまっていました…。此方は只今開発中の【自動水やり機】です」
彼女は恥ずかしそうに頭の風車をいそいそと外した。
「自動水やり機?」
「はい、私発明家を目指しているのです」
「発明家?それはどんな物なんだい?」
「発明家とは便利な物を生み出す人の事です。
此方は風を受けて動く動力を使って、空気が水を押し自動で水が出るように作りました。そしたら勢いがバラバラで…」
「そうだったのか、面白いな。さっきの拳銃の様な物は?」
「あ、あれは乾かす為の物で従来有る物より威力を強く弄ったのですが…。調節を間違えた様です、すみません」
「ははっ、あんな火が出る程に強くしてしまったのか。何でも加減が大事だな、他には?」
「他…ですか?」
「その鞄の中には夢が詰まっているんだろう?」
「そ、そうなんです!聞いて下さいますか?」
「あぁ。とても楽しそうだ」
彼女は目をキラキラと輝かせ、頬を高揚させながら開発した物達を広げ、一つ一つ私に説明をしてくれた。
とても楽しそうだ。そして、生き生きとしている。
見ていると、何だか小動物の様で顔が自然と笑顔になった。
どれもこれもまだ未熟なのか
使って貰うとバネが飛び出たり、急に溶け出したり、勝手に動き出したりと笑いが耐えなかった。
「とても興味深い物ばかりだった。
そういえば名前も聞いていなかったな。君、名前は?」
名前を聞くと彼女はハッとして立ち上がり、美しいカーテシーをする。
「申し訳御座いません。ご紹介が遅れてしまいました、ロレッタ=キルフェットと申します。アンバート侯爵様」
「おや、君も貴族か。キルフェット伯爵のご令嬢と云えば病弱で中々社交界には出て来られ無いと聞いていたが、君の事だったのか」
「左様です。お父様が私を社交界に出す事を嫌がっていまして…この様に身体は元気なのです。
その見た目と風魔法でアンバート侯爵様だと気付きましたが、無礼を幾度となく致してしまいました…どんな罰でも受ける所存で御座います」
彼女は胸の前で両手をギュッと握り締めて何かを待っている。
「……そうだな。では、私の妻になってもらおう」