Place of the disappearance(消滅の場所)
幸せだったから
第二弾を投稿してから約5年に新作登場ですw
「こちらで合っているのでしょうか・・・?」
客は古びた扉の前に立つ。細い裏路地に入り、くねくねと入り組んだ道を行くこと15分。もはや裏路地とも言えぬほど裏にそれはあった。恐る恐る扉を開く。
「いらっしゃいませ。ようこそ、Place of the disappearanceへ。あなたの記憶を消しますか?」
にっこりと笑う影山が客を出迎える。
「・・ここは・・記憶を消していただける場所でしょうか?」
「はい、そうですよ。」
「あの・・その・・どのような記憶でも、消していただけるんでしょうか?」
視線が泳ぎ戸惑う客の肩を叩き促す。
「もちろんです。このような場所で立ち話もなんですので奥へどうぞ。」
「あ、はい。」
―――――
影山は部屋に案内したのちにあたたかいミルクを差し出す。客が緊張しているのが見て取れたからである。影山は客がそれを飲んだのを確認してから質問を始める。
「これから、あなたについていくつかご質問させていただきます。ここで聞かせていただく個人情報は、お客様の傾向を知るためのものですので悪用することは一切ありません。しかし、お客様が答えたくないと思われた質問は答えなくて構いません。」
影山はいつも通りの説明をし、紙とペンを取り出す。
「まずは、あなたの消したい記憶とはなんでしょうか?」
できるだけやさしい声色で問いかける。
「・・恋・・人の記憶を・・。」
客は絞り出すような声で答えた。
「恋人ですか・・?」
影山の問いに客はゆっくりと頷く。
「あなたのお名前と年齢をお聞きしてもよろしいですか?」
「光井愛結と申します。光の井戸に愛を結ぶと書きます。歳は25になります。」
「光井さん、ですね。それで恋人さんの記憶を消されたいとのことですが、差し支えなければ理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
ほんの少しの沈黙ののち光井は口を開く。
「私には恋人がいました。結婚の約束もしていました。でもある日彼が倒れて、“がん”だと診断されました。すでにかなり進行していてもう手遅れで・・痛みがないようにすることくらいが、医者としてできる限界だと・・。」
影山はてっきり―振られたとか、捨てられたとか―など思っていたからこそ、それ以上に深刻な解答に驚きを隠せなかった。
「彼は自分の運命を受け入れ、『延命治療はしなくていい。安らかに眠れればそれでいい』と。私は彼が受け入れている以上、仕方がないと思いました。そんな彼が亡くなるすこし前に私に言ったんです。『もしこれから先、君のことを本気で愛し、求婚する人がいたら、その人と結婚してほしい。僕は君のことを愛し続けているし、本音を言うなら誰にも渡したくない。でも、結婚することができなかった僕の分も、君には幸せになってほしいんだ。結婚することが最大の幸せだと、言うつもりはないけど、でも誰かを愛したり、誰かに愛されたりするのはとても幸せなことだと思うから。これは僕から君への“遺言”だ。』」
光井は涙を浮かべながら語る。
「私には今、結婚を申し込まれているんです。とても誠実ないい人で、その方と結婚すれば幸せになれると思うんです。でも!!私は・・私は!どうしても・・どうしても彼を、忘れられなくて・・。今でも彼を愛していて・・。その方のことは好きなんです。でも愛せる自信がなくて・・。彼の遺言だからこそ叶えたくて・・。」
「そのために彼の記憶を消されたいと。」
「はい。」
「わかりました。ではその恋人さんに関係するすべての記憶を消させていただきます。消す前にいくつか確認をさせていただきます。まず、記憶が消えてしまえばご本人の顔はおろか、お名前を思い出すこともありません。お写真やその方からもらったものを見ても誰なのかわかりません。何を聞いても見ても誰なのか思い出すことはありません。それでも構いませんか?」
「・・はい。」
彼女はゆったりと答える。
「最後に1番大切なことを確認させていただきます。消された記憶を元に戻すことはできません。本当に消してもよろしいですね。」
「はい。」
光井は今度は涙をしっかり拭き真剣に影山を見る。
「かしこまりしました。それではこちらにサインをお願いします。」
影山が光井に紙を渡す。彼女はしっかりサインし、店員に紙を差し出した。
「ありがとうございます。それでは、目をつぶってその恋人の顔を思い浮かべてください。記憶の消去には1、2分ほどかかります。」
光井はゆったり目を閉じ思い出す。彼との大切な思い出を・・。影山は彼女の額に手を当てた。1、2分ほどたったのち、額から手を離す。
「終わりました。お出口までご案内いたします。」
そう言い、彼女を店の出口まで連れて行った。
「ありがとうございました。よければまたご利用ください。」
影山は深くおじぎをし、去っていく光井を見送った。そして彼女が完全に見えなくなったら、店の中に入る。
「お、ちょうど終わったとこか?」
柳田が裏の扉から顔を出す。
「まあな。・・・・幸せだったからこそ・・か。いるんだな・・そういう奴も・・。」
「ん?なんだって?」
「いや、なんでもない。それよりヤナ、なんか用か?」
「いやこっちの作業、区切りがついたから、カゲが空いてるならたまには一緒に外食でもどうかと思ってよ。」
「たまにはいいかもな。」
「じゃあ、そっちから出ようぜ。俺の店のほうは閉めてきたしよ。」
「ああ。」
そういって2人は街へと繰りだす。雲ひとつない快晴を仰ぎ影山は思う。―きっと彼女は今度も幸せになれるだろう―と。
一応シリーズ物にはしてますが、どこ読んでも大丈夫なようにしてるつもりです。他の話も読んでいただけたらうれしいです。
誤字ってましたね…修正しました。(2020/01/07)