そのラノベは誰をも救う
「ふうん。そんなことがあったのか」
いつの間にか、敦は丈一にすべて話していた。墓場まで持っていこうと思っていたくらいの記憶だった。だが丈一はそこまで驚きはしなかった。
「ってことはあの『来宮確変』もお前のアドバイスなのか?」
「来宮確変?」
「ほら一年前、夏休み明けに来宮、眼鏡をやめてバッサリ髪型も変えただろ。アレだよ」
「ああ。それならたしかに俺のアドバイスだよ」
敦はうなずく。というより、けっきょく敦は「それぐらい」のサポートしかできなかった。いや、する必要がなかった。
「あん時はすごかったよなぁ。来宮に一気にファンが増えたし」
その決意は来宮に大きな変化をもたらした。イメチェンすると同時に、来宮は女子からも男子からも一目置かれる存在となり、性格も明るくなっていた。
「ぶっちゃけオレもちょっと好きになりかけたし……あ、うそうそ!」
「そんなことでいちいち怒らねえよ。俺もそうだし」
みんなに来宮の魅力が伝わり、敦は少なからずの嫉妬心を持ったが、それ以上に嬉しくもあった。
そして「確変」後、青海は自信を持つようになったのか、委員活動で話すことはあっても、敦にアドバイスを求めることはかなり減った。だから敦は、青海がどのように風太郎にアプローチをかけたのかとか、そういった「本筋」については全くと言っていいほど知らなかった。
「それで話は戻っけど、お前はこれから何をするつもりなんだ?」
「……だから、それが分からないんだよ」
敦は再び落ち込み始めた。
「お前の言うとおり、告白すればいいかもしれないよ……。でも、そう思う度に、俺の頭に来宮と多々良が親しげに話している光景が浮かんでくるんだ……」
受け入れたと思っていたが、けっきょく自分は引きずっている。自分の心の狭さに、敦は情けなくなった。
「そんなことねぇだろ。現にお前、こうやってオレに話してくれたじゃん」
「……それはそうかもしれないけど」
いつのまにやら、丈一は敦が青海のことを好きだと知っていたが、敦はその過程を話そうとしなかったし、丈一も訊いてこなかった。
「お前はすげぇよ。中々できることじゃねえ」
「単なる逃避活動だ。褒められるようなものじゃない」
もっと自分も積極的になっていれば……敦はある意味「チャンス」だったことを、すべて無駄にした。
「……うーん」
がっくりと肩を落とす敦を見て、丈一は腕を組みうなり始めた。
「……どうかしたのか?」
「いや……そのだな、ぶっちゃけた話、そんなに思い詰める必要、無いと思うぞ?」
「ありがとう」
「いやマジで。そういうのじゃなくてさ」
「……どういうことだ?」
頭を上げ、敦は丈一に顔を向ける。丈一は頭をかきながら、迷った末に答えた。
「来宮、お前が思っているほど、落ち込んじゃいないってことだよ」
「は?」
何を言われたのかすぐには理解できなかった。
「裏のない、そのまんまの意味だよ。……あー、一応確認なんだけどさ、お前来宮とここ最近、話したか?」
「……そりゃあ、話したよ。今日だって図書室で」
「そういうんじゃなくて、趣味についてだよ」
「しゅ……み?」
丈一は付け加えるようにして言った。
「その様子じゃ、してないみたいだな」
「い、いや趣味っていっても、俺と来宮の読むジャンルはまったく別物なんだぞ? 俺はラノベ、来宮は純文学だし……」
「でも来宮、本屋でラノベ買ってたぞ」
「……え?」
信じられない言葉だった。
「ちょっと前、たまたま本屋で居合わせた時に、俺も珍しいなって思って聞いたんだよ。そしたら来宮何て言ったと思う? 『十島くんに勧められたからです』だって」
頭がボーッとなる。
丈一が嘘をついているとしか思えなかった。
「そんなこと……俺は一言も――あっ」
瞬間、敦の頭に電流が走った。それは敦の記憶を刺激し、ある光景を思い出させた。
『何か辛いことや悲しいことがあったら読んでみろよ! 超面白いからさ!』
青海に「振られた」と分かった後、自暴自棄になりながらも、敦はたしかにそう言った。しかし青海に自分のオススメを教えたのは、もう一年以上前のことだった。
「なんでそんな昔のこと……」
「来宮はこうも言っていたぜ。『十島くんが言うなら間違いない』って」
それは青海が風太郎に恋をすることになったキッカケにもなった言葉と、同じだった。
「……そういう、ことかよ」
青海が今まで何を熱心に読み、敦に何かを話そうとしていたのか、ようやく理解できた。
「クソ野郎じゃねえか……」
自分は何とも思われていない。そう思い込んで、落ち込んで、ひどい態度を取ってしまった。
「だからそんなことねーっての! それ以上言ったら殴るぜ」
「むしろ殴ってく――げぇっ!」
ふさぎ込み始めたところに、丈一は敦のみぞおちに拳を入れた。
「お、おまっ……!」
「――あ、悪い……ちょっと力入れすぎちゃった……!」
テヘッと舌を出し、とぼけた態度を取る丈一。素人とは思えない、的確なパンチに、敦は悶絶した。
「――あ、ありがとな……!」
しかし気合は入った。敦は勢い良く立ち上がった。
「おっ、その顔はどうやら腹決めたようだなぁ!」
「おかげさまでな。――行ってくる」
敦は丈一に別れを告げ、来た道を全力疾走でかけ出した。
「これ以上、逃げてたまるかよ……」
恋をして、失恋し、落ち込み、立ち直り、複雑な気持ちになり、自分が情けなくなり、悩みをぶちまけ、教えられ、気づいて……
十島敦は再び、来宮青海に恋をした――。