確実に、バッドな選択
そんなわけない。ありえない。あるわけがない。あってほしくない。あってはいけない。気のせいに、決まっている……。
風太郎が図書室を去った後、敦はよく分からないまま図書室を閉め、「計画」のことを忘れ、そのまま家に帰っていた。敦はベッドにうつ伏せに倒れこみ、「リセット」をかけようとした。だが時間が経てば経つほど、敦の脳裏には、あの時見せた青海の表情が焼き付いて離れなくなっていた。
「……外行こう」
気がつけば夏休みに入ってもう三日経っていた。このまま部屋でうじうじラノベを読んでいても仕方ない。敦は気分を一新させるために、外へ出ることにした。
寝巻きから普段着へと着替え、いざ外へと思った時だった。携帯電話が鳴り響いた。
「誰だよ……えっ!?」
画面に表示された名前を見て、敦は心臓が飛び出でんばかりに驚愕した。委員会での最初の顔合わせの時、連絡用に交換し合った電話番号。形だけの交換でかけることはあっても絶対にかかってこないと思っていた……だが、来宮青海はかけてきた。
「も、もしもし……!」
手を震わせながら、敦は応答ボタンを押す。
『あ、こ、こんにちは……来宮青海……です……!』
間違いなく青海の声だった。電話越しにも関わらず、敦は背筋を伸ばし、ベッドの上に正座していた。
「――何か用か?」
つとめて冷静な声を作り、敦は青海の用事を尋ねた。
『……………』
軽い息遣いだけがスピーカーを伝って敦の耳に届く。敦は青海の言葉をただ待った。
『……お話したいことが……あります。駅前のザニーズに、来てください……!』
「――ああ、分かった」
あのことが無ければ、敦はこの青海の誘いだけで狂喜乱舞していたことだろう。だが今の気持ちは歓喜の中に恐怖が入り混じっていた。
髪型、服装、ムダ毛処理……敦は自分ができる最大限の「おしゃれ」をして、約束の場所へ自転車で向かう
ペダルを回すごとに、体が鉛のように重く感じられた。
「まだ……『それ』かどうかは分からない」
他の件かもしれない。敦はそう思い込むことで、なんとか足を動かすことができた。
「あの……多々良くんのこと……教えてもらえますか……?」
けれどその淡い希望は、すぐに打ち砕かれた。先に到着していた青海は、まずは急な呼び出しについて謝罪をし、そして敦がドリンクバーでコーラを注いで戻ってきたのと同時に、そう訊いてきた。
「――どうして多々良のこと、訊きたいんだ?」
予想をしていないわけではなかった。だけどすぐに受け入れられるほど、敦の心は強くなかった。
今すぐにでも走り去りたい。敦は味のしないコーラを口に含みながら、本人の言葉を待った。
「それは……その……す、好きになったから……ですっ……!」
蚊の鳴くような声。それでも青海は自分の気持ちを伝えた。
「へえそうなんだ。意外だなあ」
顔にも声にも出さないように、敦は爪が食い込むほど、拳を握りしめた。
「でもゴメン。俺も多々良のこと、よく知らないんだ」
おそらくあの時多々良たちと仲睦まじく話しているのを見たせいだろう。だが敦は多々良風太郎とまともに話したのはその時だけで、具体的なことはよく知らなかった。
「そう……なんですか」
あからさまにがっくりと青海は落ち込んだ。
「多々良に自分の気持ち、伝えるのか?」
「……え? そ、それは……えっと……いつかは……」
「今すぐにはいかないのか?」
「そ、そんな……! まだそんなに話したこともないのに、変に思われますよ……! それに、今の私の格好じゃ……それすらもまともに聞いてもらえそうにありませんし……」
「いや十分可愛いだろ」
今のタイミングで言ってもお世辞としか捉えられないだろうが、敦は本心を答えた。
「あっ……ありがとうございます……!」
案の定、青海はお世辞と受け取ったようだ。
「とにかく、俺はお前に協力できそうなことは無いよ」
正確には力なんて一ミリも貸したくなかった。青海は残念そうな顔をしながらも、無理に笑顔を作った。
「い、いいえ……こちらこそ、休みの日を無駄にさせて……すいません……」
「ははっ……あ、じゃあ俺はこれで」
「あ、はい……あの、お代は払っておきます……」
「ああ、ありがとう……」
普通なら男が払う場面だが、一秒でも早くこの場から立ち去りたかった敦は、青海の厚意を受け取ることにした。
「それじゃ」
敦は青海に別れを告げ、出口へ向かう。
帰ったらラノベを読もう……。敦は先の話題で自ら口にしたラノベを読み、傷ついた心を癒やそうと考えた。
「…………」
ところが敦は立ち上がっただけで動き出そうとはしなかった。
「どうかしたんですか?」
「あーいや……その、多々良のことは教えることはできないけど、別なことなら……協力、するよ」
好きな女の子のために何かがしたい。敦の本能がそう叫んでいた。
「ほ、本当ですか……!?」
思いがけない申し出に、青海はパアッと目を輝かせ出す。それこそ、敦が見たかった青海の姿であった。
「ああ。ラノベで鍛えた俺のラブコメ感覚を信じろ!」
しかしその代わり、敦は報われない道へと進みだすこととなった――。