始まりと同時に終わりを告げる
あの日はひどく暑かった気がする。
高一になって初めての夏休み……直前の終業式。敦は一学期最後の図書委員としての仕事を、青海とこなしていた。
明日から夏休みということもあってから、この日は本の貸出に来る生徒がいつもよりも多かった。
「人気の本はあらかた貸し出されたな」
閉室まであと十分。図書室にほとんど人がいなくなったところで、敦は何気なく青海に話しかけた。
「……え? あ、あ、はい……! そうです……ね!」
青海は読もうとしていた本から顔を上げ、慌てて答えた。敦は青海の読書の邪魔をしてしまったことをかなり後悔した。
「……来宮は、夏休みの予定とかあるのか?」
だが今さら立ち止まるわけにもいかない。敦は三日前からずっと考えてきた「計画」を切り出しにかかった。
「あ……図書館ばかり行くと思います……!」
青海は背筋をピンと張り答える。予想通りの答えだった。
「そっか。……あのさ、良かったらさ……」
動悸が激しい。鏡を見れば真っ赤な顔が映っていることだろう。それでも敦は歯を食いしばり、今までの人生で一番の勇気を振り絞ろうとした。
「おっ、やったな風太郎! まだやってるぜ」
しかし、それはできなかった。大きな声とともに、新たに二人の生徒が入ってきた。二人とも見覚えのある、クラスメイトの男子だった。
「何借りよっかなー……ん、風太郎どこに行くんだよ?」
その一人がカウンターに近づいてくる。風太郎というらしい男子は、いの一番にカウンター……青海の元へ近づいた。
「な、なんでしょうか……!」
予想通り、青海はテンパった声を出した。青海を助けようと、敦はすぐさま二人の間に割って入ろうとした。
ところが風太郎は敦のことなど目もくれず、青海に対してオススメの本は無いかと尋ねた。
「……え、え………?」
突然のことに、青海はかなり戸惑っていた。
「ど、どうして私に訊くん……ですか……?」
それに対し、風太郎は、一番本を読んでいそうだからとシンプルな答えを返した。
「――わ、分かりました……! お、オススメ、持ってきますね……!」
下心も何もない、純粋な気持ちから発された言葉は青海の心に強く届いたのだろう。青海は顔を真っ赤にさせながら、ぐっと拳を握りしめ、カウンターを出て行った。
「……」
いたたまれない気分になった敦は、返却棚に置かれた本に返却をかけていく。その時風太郎は敦に話しかけてきた。
「……あ、気にしてないから。つか、事実だし」
どうやら風太郎はさっきの青海に対する言葉に、敦が気にしていると思っていたようだ。敦はすぐさまそれを否定し、手を止めた。
「おっ、なんだなんだ! 二人して! オレも仲間に入れてくれよぉ!」
そこに丈一が割り込んでくる。それから丈一を中心にするように、敦たちはとりとめのない会話を始めた。
時間にしては十分くらい。だがその短い間だけでも、敦は風太郎のことを「良い奴」だと思えた。
「お、おまたせしました……!」
青海がよたよたした足取りで戻ってくる。その両手には十数冊の本が持たれていた。
「よっと……あっ!」
バランスを崩し、倒れかける青海。
「……っ」
敦が立ち上がった時には、すでに青海の元に風太郎が駆け寄っていた。風太郎は青海の両肩に手を置いて、倒れるのを阻止した。
「あ、す、すすすいませんっ!」
青海は風太郎から飛びのき、カウンターへ向かう。
「こ、ここれが私のオススメ……です!」
青海は顔をうつむかせ、小さな声でそれらの表紙が見えるように並べる。合計十冊。夏休みに学生が借りられる上限冊数でもあった。
「風太郎、お前それ、全部借りんの?」
その中にはかなり分厚い外国文学の小説もあった。丈一の問いに対し、風太郎はすぐさま首を縦に振った。
「はあ……はあ……!」
「代わるよ。多々良、学生証あるか?」
息を切らせる青海に代わり、敦は貸出を行うことにした。風太郎は鞄の中をあさり、財布の中に入った学生証を取り出す。敦はそこに記されたバーコードを読み取り、一冊ずつ貸出をかけていく。
「はいこれ」
さすがに十冊もカバンに入りきらないので、敦は貸出用の布袋に本を入れ、風太郎に渡した。かなりの重さになるにも関わらず、風太郎はそれは軽々と持ち上げた。
「おし、じゃあ帰ろうぜぇ。じゃあな!」
丈一に連れられるように、二人は図書室を出て行く。
「あ、ありがとう……ございまし……た……!」
青海はしきりに頭を下げ、去りゆく風太郎にお礼を言う。風太郎は振り返って手を振りながら、図書室をあとにした。
「それじゃそろそろ閉めようか……来宮?」
青海の耳には敦の声などまったく入っていなかった。青海はただただ、風太郎の背中をポーッとした顔で追いかけていた。