終わりの先で待ちしもの
すべてが終わり、すべてが変わってしまったあの日の翌日。風太郎はアメリカに旅立った。みんな、負けた奴らも見送りに空港へ向かったらしい。だが俺は家に閉じこもっていた。どんな顔をして会えばいいのか、分からなかったからだ。
風太郎から何度もメールが来た。それらすべてをちゃんと返信したが、けっきょく俺は自分の犯した罪について謝ることができなかった。
ほとんど部屋の中でネットをして過ごす夏だった。二学期が始まってもずっとこの生活を続けたいほどだった。
そんな時だった。俺は琉歌が大怪我をしたということをクラスの奴から聞いた。話によると琉歌は、道場の壁に向かって正拳突きを何度も繰り返して、骨を折ったとのことだった。
それだけじゃない。来宮青海はコンタクトをやめ眼鏡に戻ったとか、八重子さんがずっと元気がないとか、小牧春風が再びゲーセンに通いだしたとか……元ヒロインたちはみんな変わってしまった。
その原因は全部同じ。そしてそうさせてしまったのは俺だった。
自分がこれ以上何もしなければ悲しみは生まれない。そう思っていた。でも違った。全然違った。
俺は自分の行為に対して責任を取らなければならなかった。夏休みが終わるまであと一週間で、俺はようやく決意を固めた。
それから夏休みが終わるまでの間、俺は今後自分が何をするべきなのか、死にものぐるいで考えた。そして最終日、やっと出た答えはとてもシンプルなものだった。
クソ野郎な自分にできることなんてたかが知れている。俺はどんな方法を使っても、彼女たちに幸せになってもらいたかった。
俺は再び自ら道化のような役回りに戻り、彼女たちが失恋から立ち直れるよう手助けを始めた。
――といっても、正直俺にできたことなんて本当にたかが知れていた。俺は主人公なんてものじゃない。予想外のヒロインもいた。
けっきょく彼女たちを立ち直らせたのは、風太郎に負けず劣らずの「主人公」たちだった。
兎にも角にもこれですべてが終わった。
琉歌が俺に告白しなければ、
ここに多々良風太郎が現れなければ、
ハッピーエンド間違いなしだった。
「…………もうヤッた?」
久しぶりに会う親友との会話。頭に血が上りまくっていた俺は、最低な第一声を放ってしまった。
「え、ヤッたって……え?」
「すまん、殺してくれ」
クソすぎる。俺は手錠の鎖を首に押しつけ死のうとした。
「Bまではいったよ」
風太郎は片手でそれを引き離し、最悪な質問に爽やかに答えた。
「お、おう……やるじゃねえか!」
まさか答えられるとは……やはり風太郎は俺の予想の斜め上を行く男だ。……Bってどこまでだっけ?
「まあ俺のことは置いといて……丈一、どういうことか説明してもらえるかい?」
風太郎の声色が変わる。この感じはマジのやつだ。
「SMプレイを間近で見たい後輩にやられたんだ」
「嘘つかなくていいよ。だいたいのことは、ここに来る前に犬藤さんに聞いたから」
「は?」
なにそれ初耳。
「俺が聞きたいのはさ、なんで犬童さんから逃げたのかってことだよ。あと、全然メールしてくれないことと、頼んでおいたドラマの録画をしてくれていたのかってこと」
風太郎は重要なこととどうでもいいことを一緒くたに追求してくる。
「はは、わりい! ドラマのことだけどすっかり忘れちまってたよ!」
どうでもよさそうな質問だけ、まずちゃんと答えた。
「…………ふぅん」
風太郎の目から生気が失せ、死んだような目で俺を見る。え、こっちが本命?
「た、たしかそのドラマ、動画配信サービスで配信されるらしいぜ!」
「知ってる? 国によって観ることのできる番組とできない番組があるんだよ……」
「マジで?」
「マジさ。僕も向こうに着いてそれに気づいたんだ……」
……あれ、もしかして俺やっちゃった? 別の意味で俺は目の前の男から逃げたくなった。
「――すまん!」
最初からこうしておけばよかった。俺は地面にめり込むくらい土下座した。
「い、いや冗談だよ! そんなに怒ってないから!」
「いや、本当にすまん。俺は……俺は…………」
過程こそ違ったが俺は風太郎に自分のしでかしたことをすべて説明した。
「…………」
風太郎はそれを黙って聞いていた。胃が痛い、変な汗が出てきた。
「えっとつまり、丈一が俺と史桜さんの仲を結んでくれたってことだよね」
「そんないいもんじゃねえ。俺はただ面白がっていただけだ……」
ああああ、誰か俺を殺してくれええ! その時の自分を思い出して、俺は身が引き裂かれる思いだった。
「理由はどうでもいいよ。改めてお礼を言わせてよ、ありがとう」
お礼を口にしてくれているはずなのに、なぜかさらに胸が痛くなった。
「何言ってるんだよ……! 俺は、お前にあったかもしれない『可能性』を、ゲーム感覚で終わらせちまったんだぞ!? 他の奴らを……犠牲にしたんだぞ?」
「うーん、たしかにそうかもしれないね」
「だろ? 俺は最低最悪な人間なんだよ!」
「でも選んだのは俺だよ」
その言葉に、俺の中の時間が止まった。真っ白になった。
「丈一?」
「だ、だから! そう誘導してしまったのが俺なんだ!」
風太郎に声をかけられ時間が動き出す。俺は必死に自分の罪を知ってもらおうとした。
「誘導してくれてよかったと思っているよ。丈一も知っていると思うけど、俺ってかなり優柔不断だろ? だからあんな風に殴ってもらってようやく気づいたんだ。俺、多分ずっと、史桜さんのことが好きだったんだってことに」
「ずっと……?」
「うん。鈍感な俺でもいろんな女の子に好意を抱かれているとは分かっていたよ。正直、気持ちが揺らいだこともあったし、サッカーだけに専念しようと思った時もあったよ。
でもさ、ずっと根っこには彼女がいたんだ。だから、多分……めちゃくちゃ時間が経ったとしても、俺はけっきょく史桜さんに告白していた。これだけは絶対に間違いない」
俺をかばっているわけじゃなかった。風太郎は本気でそう言っていた。
「だから、丈一が気にすることないよ。むしろ、えらいよ。みんなを幸せにしようとしたんだからさ」
「いやでも、それでも俺は――ぐはっ!」
腹部に激痛が走る。風太郎の拳だった。息ができない、死ぬかと思った。
「お、お前……!」
「あの時の借りは返したよ。……ねえ丈一、君の気持ちは分からないよ。でもさ」
風太郎は俺の頭にぽんと手を置く。そしてこう言った。
「自分が幸せになることを、考えてもいいんじゃないかな」
痛みが引いていく。
「……いいのかな」
「いいに決まってるじゃん。これからもっと、刺激的な日々が待ってるよ」
「ありがとう風太郎!」
すーっと気持ちが軽くなる。俺は卑屈な態度を捨て去り、唯一無二の大親友、風太郎に感謝をのべた。
「どういたしまして。それじゃ丈一、行こうか」
「どこに?」
「道場だよ。琉歌ちゃん、待ってるよ」
「……あ」
さーっと血の気が引き始める。
「い、いやー、ちょっと今はさ……」
「琉歌ちゃんのこと、嫌いなの?」
「――そ、その聞き方は卑怯だろ」
嫌いなわけない。ただ気持ちが軽くなったからといって、自分の行為すべてを許すつもりになったわけじゃない。
「でも、逃げてちゃ何も始まらないだろ?」
「…………分かってるよ」
俺は風太郎に引っ張られ立ち上がる。手錠をかけた状態なので本当に連行されているような気分になった。
「いつから俺のこと、好きだったんだろうな」
「聞いた話だと小学生の頃からだって。昔はよく組手してたんでしょ?」
「ああ、同い年が俺と琉歌だけだったからな。てか詳しいなお前」
「そりゃあ、丈一のことはたくさん聞かれたからね。その過程で俺も詳しくなったんだ」
「あー、なるほど」
いやに仲良しだと思っていたが、どうやら俺の話題で盛り上がっていたようだ。
「……ち、ちなみに、俺のどこが好きだって言ってた?」
「そういうのは直接本人に聞きなよ」
「まあそうなんだけどよ……多分、それどころじゃねえ」
俺は手錠で繋がれた両手で顔を覆う。手のひらがいやに温かくなった。
どんなことにも言えるが、意識するのとしないとじゃ、全然違う。
あと二十分もしない内に、俺は琉歌と顔を合わせることになるだろう。
その時、俺は間違いなく、一つの答えにたどり着いている。
さっきとは違う意味で、俺は琉歌に会いたくなかった。




