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クリア後の物語〜負けヒロインたちのその後〜  作者: 元田 幸介
犬藤琉歌
41/49

勘違い


「いつつつつ……!」 


 傷口に水が染みる痛みだけはやはり慣れない。生傷絶えない顔を洗い終わった鼓太郎は寝間着からジャージに着替えて外に出る。

「ねむい……」

 おおきなあくびをしながら、鼓太郎はランニングを開始する。今日で一ヶ月、最も続いている習慣だった。


『とにかく、もっと体力をつけろ。体力さえあれば何でもできる』

 ボロクソに負けまくった鼓太郎を気遣ったつもりなのか、練習終了後男は鼓太郎にそうアドバイスした。

 鼓太郎は突きや蹴りの練習を繰り返した方がいいんじゃないかと反論した。だが男は首を横に振った。

「突きも蹴りも、足腰の強さに比例する。とにかく走れ」

 根性論にしか聞こえなかった。だが鼓太郎は素直に従うことにした。

 今まで適当になんでもそつなくこなしてきた鼓太郎にとって、努力するという行為は新鮮なものだということに最近気づき始めた。

 全身が強化されるというイメージを持ちながら鼓太郎はただ走る。走る、走る……。ゆえに鼓太郎は周りの景色を見る必要はなかった。

「精が出るな」

「あ、どうも」

 誰かに声をかけられた。鼓太郎は反射的にあいさつを返し、再び自分の世界に入り込む。

「頑張れよ」

「はい……………………え?」

 再び声をかけられ、その声が誰の者なのかを思い出す。鼓太郎は我に返った。

「おはよう」

 右横に並んで走っていたのは、鼓太郎の想い人だった。

「なんで、ここ……に?」

 呼吸が乱れて足が遅くなる。琉歌はそれに気づき、自分もペースを落とした。

「日課だ。お前が走っているとは思わなかったぞ」

「あ、どうも……」

 琉歌は日課と言った。だがなぜ今まで気づかなかったのだろう。鼓太郎はもっと周りを見ておけばよかったと後悔した。

「べつに恥じることじゃない。私も以前から気づいていたが、あえて声をかけなかった。」

 胸が熱くなる。鼓太郎は嬉しさと照れくささから全力疾走したくなった。

「――先輩」

 だが寸前で止める。鼓太郎はこの機会を逃さまいと、琉歌に言った。

「二週間後……俺と試合やってもらえませんか?」

 その言葉に、琉歌は足を止めた。鋭い目つきで鼓太郎をにらんできた。

「……それは、どういう意味で言っている?」

「俺の意地からです。お願いします」

「……いいだろう。ただし、私は決して手加減しないぞ」

「望むところです」

 鼓太郎の心にさらに火がつく。もう、後戻りはできない。

「……あいつの差し金か?」

「え? い、いや……これは俺が決めたことで……!」

「隠さなくていい。お前が最近あいつと一緒にいることは知っている。まったく、回りくどい男だ」

 琉歌は大きなため息をついた。

「はは……。あの、あの人って何で暴力事件を起こしたんですか?」

 けっきょく、本人には答えをはぐらかされたままだ。鼓太郎は幼なじみである琉歌ならその理由を知っていると思い、ここぞとばかりに尋ねてみた。

「……他言無用を誓えるか?」

「は、はい……」

 のっぴきならない事情なのだろうか。鼓太郎はつばを飲みこみ、約束した。


「親友のためだ」


 琉歌はたった一言、その理由を答えた。

「え、親友っていうのは……多々良っていう先輩のことですか?」

 多々良という名前を口にするだけで胸が痛くなる。琉歌はうなずいた。

「そうだ。お前もうわさくらいは聞いたことはあると思うが、多々良は女子から人気が高くてな。それに嫉妬した男子数名が、多々良に襲いかかろうとしたことがあったのだ」

「……マジっすか。そ、それでいったいどうなったんですか?」

「結論から言ってしまえば、多々良は無傷だった。だが、相手はそうはいかなかった」

「え、それはつまり…………あ」

 そこで鼓太郎はようやく真相について分かった。

「……友達思いなんですね」

 自虐的な態度ばかり取っていた男だが、鼓太郎は尊敬の念を抱いた。

「馬鹿。そういう問題じゃない。いくら多々良を守るためとはいえ、一般人に手を出すなんていうのは、論外だ。うちの道場だけじゃない、どんな格闘技においても決して許されない」

 だが琉歌の方は決して男のした行為を認めたというわけではなかった。

「もう、復帰はできないんですか?」

「当たり前だ。いくら幼なじみとはいえ、けじめはちゃんと着ける。」

「そうですか……」

 ちゃんとした場所で堂々と教えてもらえたらと思ったが、そういうわけにはいかないようだ。


「――あの、先輩」


 もうかれこれ五キロ以上は走っているはずなのに、疲れを感じなかった。鼓太郎はこの流れのままに、「あの日」のことを訊いてみた。

「先輩が、その……拳をやっちゃったのって……その……一学期の終業式のことでしたよね……」

「よく覚えているな。まったく、自分でも馬鹿をしたと反省したよ」

 琉歌は痛めた方の拳を見て自嘲する。すっかり傷は治っているようだが、鼓太郎は見るだけであの日の悲惨な怪我を思い出してしまった。

「どうして急にそんなことを訊くんだ?」

「まあ、その……理由が気になって」

「理由?」

「多々良先輩が、原因なんですか?」

 遠回しの質問から、鼓太郎は一気に踏み込み、思い切って訊いた。

「なんだ、知っていたのか」

 自分で訊いておきながら、すぐに後悔した。それでも鼓太郎は、琉歌の口からその言葉を聞かなければいけないと感じた。

「琉歌さんは、多々良先輩のこと、今でも好きなんで――」



「親友の夢が叶ったからといって、はしゃぎすぎてしまったよ」



「…………え?」

「何か言ったか?」

「あ、いえその……」

 何かが、おかしい。鼓太郎はおそるおそる、確認を取った。

「は? いいや、違うぞ」


 鼓太郎は自分が大きな勘違いをしていたということ気づいた。


「私は――」


 同時に、新たな事実も発覚してしまった。



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