圧倒
運動神経には自信がある方だった。中学の時は助っ人要員として運動部でそれなりの活躍をしてきた。
だが鼓太郎はどの部活にも所属しなかった。
「もったいねえよなあ」
よくそんなことを言われた。その度に鼓太郎はへらへら笑って誤魔化した。
――本音は、どれも好きになれないからだった。
ある程度のところまではいけるという自信はある。だが「本気」の奴らには絶対に敵わない。鼓太郎はそれを知りたくなかった。
だから高校に入っても鼓太郎は部活に所属せず、適当に楽しく高校生活を楽しむつもりだった。
その宣言通り、鼓太郎は部活には入らなかった。
「失礼します」
代わりに入ったのが、格闘道場だった。
「じゃあ鼓太郎、さっそくやろうか」
更衣室に置いてあった道着は、全然汗臭くなかった。着替えを終え表に出ると、畳の上に琉歌が立っていた。
「え、やるって何を?」
「組手だ」
琉歌は帯をぎゅっと締め、構えを取る。
「い、いやあ、そんないいですよ! 今日は久しぶりなんで、筋トレメインでいこうと思ってるんで……!」
鼓太郎はすぐさまスクワットをし始める。
「筋トレは家でもできる。私との組手はここ以外じゃできない」
「ごもっとも……」
やらないと帰れない。今日、ここに連れて来られたことは罰なのだと。
「ちなみに、他の生徒はいないんですか?」
なんとか時間を作ろうと、鼓太郎は訊く。
「今日は帰ってもらった」
「はは、そんなに二人きりが良かったんですか?」
「そうだな。今から行う組手はあまり行儀のいいものじゃないからな」
背筋が震える。琉歌はようやく、「本音」を吐いた。
「来い、貴様の性根を叩き直してやる」
自分より低い身長、華奢な体つき。なのに実際の何倍もの大きさに見えた。
「……お願いします」
その言葉通り、鼓太郎は「叩き」直された。
「――いつつ……!」
時間にしては十分程度。だが鼓太郎にはその三倍に感じられた。
顔以外のあらゆる部位に攻撃を食らった鼓太郎は、痛みに耐えながらなんとか自宅にたどり着いた。
両親は鼓太郎の怪我については言及しなかった。格闘技の道場に通っているとは知っており、今回が初めての怪我ではなかったからだ。
鼓太郎は真っ赤に腫れ上がった体を洗い、夕飯も食べずに自室のベッドに寝転んだ。
「あー、ダッセー!」
天井に貼られたアイドルのポスターを眺めながら、自虐の言葉を吐いた。そしてついさっきのことを思い出してしまった。
鼓太郎が構えを取ると同時に、琉歌はすぐさま距離を縮めてきた。
「せやっ!」
琉歌は右、左の突きを連続で繰り出す。鼓太郎は上のガードを固める。そこに琉歌はローキックを食らわせに来た。
威力はそこまで高くない。最低限の防御もしている。だが琉歌の蹴りや突きは、人体の急所(痛み)を突くようなもので、鼓太郎はすぐに苦しくなった。
その苦痛から逃れようと、鼓太郎は途中から反撃に転じた。
だが闇雲に放った、さらには何日も休んでいた鼓太郎の攻撃が当たるわけもなく、すべてカウンターで倍返しを食らった。
「どうだ、腐った心は戻ったか?」
ぷつりと鼓太郎の意識が飛んでひざをつく。そこで琉歌は手を止めた。
「……」
「――お前が今何を考えているのか、私には分からない。ただ、もしも『そのまま』なら、悪いことは言わん。辞めた方がいい」
怒りから……というわけではなかった。琉歌は真剣だからこそ、鼓太郎にそう言ったのだと分かった。
「…………」
痛みはもうない。鼓太郎は立ち上がり、琉歌に頭を下げ、すぐに着替えて道場を出ていった。
「はは、本当、ダセえな」
鼓太郎は自分の情けなさに変な笑いがこみ上げてきた。
好きだった者にあんな顔であんなことを言わせてしまった自分が許せなかった。
「…………よっし」
ベッドから起き、夕飯を食べにリビングへ向かう。腹いっぱいまでご飯を食べ、風呂に入って歯を磨いて再び自室へ戻る。
そして鼓太郎は、曖昧にしていたことに結論を出した。
「やめるか」
そもそもが邪な気持ちで始めたものだ。その気持ちが冷めてしまった今、やる必要はない。鼓太郎はこれを機に、琉歌への想いも吹っ切ることにした。
「明日、朝一で道場へ行くか」
ついでに告白もしておこう。鼓太郎は半ばヤケになっていた。
「鼓太郎、お客よ」
そこにいきなり母親が入ってきた。
「え?」
「ほら、あんたが通っている道場の――」
鼓太郎は最後まで聞かずに部屋を飛び出た。
(マジかよ……!)
鼓太郎は信じられない気持ちを抱いたまま、琉歌の元へ向かう。
「先――」
ドタドタと階段を下りて玄関へ。そこにはたしかに先輩がいた。
「そんなに俺に会いたかったのか? 照れるぜ」
できることなら会いたくない先輩の方だった。




