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クリア後の物語〜負けヒロインたちのその後〜  作者: 元田 幸介
犬藤琉歌
37/49

敵わない相手

 惚れた女のために闘う……大喜鼓太郎は人生初にして最後の勝負をすることにした。



「鼓太郎、お前行かなくていいのか?」

 放課後、学校を出てすぐのことだった。鼓太郎の親友はそんなことを訊いてきた。

「行くって?」

「先輩のところにだよ。前までは毎日通ってたじゃん」

「あー、最近勉強が忙しくてさ」

「その割には今一緒にゲーセン向かおうとしていないか?」

「……家で学ぶだけが勉強じゃないからだ」

「ふうん。ま、オレは別にいいんだけどさ。そうそう、昨日のテレビなんだけど――」

 親友はそれには触れず、別の話題を振った。

「ああ、最高だったよな!」

 鼓太郎はほっとしながら会話を弾ませる。

「それで、今日は何する?」

「音ゲー中心でいいんじゃないか? 格ゲーのところは異様に混んでるし」

「ちょっと前に面白い勝負があった影響なんだってよ。なんでもSP――」

「鼓太郎」

 その時、だった。鼓太郎の動きは止まった。

……っ!」

肩を掴まれていた。あまりの痛みに、声を上げることもできなかった。鼓太郎はそのままぐいっと後ろに引っ張られた。

「……久しぶりだな」

 引っ張った相手は同じ学校の女子生徒、犬藤琉歌だった。全身から汗が吹き出す。鼓太郎が最も会いたくない人物でもあった。

「ど、どうも……!」

 なんとか声が出るものの、裏声になってしまった。

「――じゃ、じゃあな鼓太郎……!」

「ちょっ!」

 その「圧」を感じ取ったのは鼓太郎だけではなかった。親友は逃げるように立ち去った。

「な、なんて薄情な奴なんだ……!」

「空気を読んでくれたんだろう。『久しぶりに二人きりで話せ』とな」

 琉歌は鼓太郎の肩から手を離す。まだずきずきと痛みがあった。

「ど、どうしてここが?」

「そんなことは些末なことだ。鼓太郎、お前いったいどういうつもりだ」

 質問には答えず、逆に琉歌は問い返す。その眼は獲物を捉えたライオンのようだった。

「……右膝の古傷がうずいてしまったんです」

 頭に血がぶわっとのぼる。鼓太郎はほとんど無意識にそう答え、右膝をおさえるようにしゃがみこんだ。

「この前は左と言っていなかったか?」

「え? あ……そ、そう! 左をかばって右が犠牲になっちまったみたいなんです!」

「そうか」

「はい、そうなん――うおぅ!」

 目の前に鋭い「何か」が向かってくる。鼓太郎は寸前のところで後ろに避けた。

「な、何するんですか!」

 飛んできたのは琉歌の右拳だった。

「――ふっ!」

 だがそれだけでは終わらない。短い呼吸と同時に琉歌は「利き腕」の左ストレートを放つ。

「…………」

 目の前で拳が止まる。鼓太郎は恐怖もなにも感じることなく、ただ静止していた。

「今のは私に嘘をついたことに対する罰だ」

 左拳を引く。そこで鼓太郎の金縛りは解けた。

「…………すいません」

 ようやく、鼓太郎は謝った。誠心誠意謝った。

「……ふう、あのな鼓太郎。私は別に『来い』と強制するつもりはない。父は月謝さえ払ってくれているなら問題ないと言っている」

「はは、あの人の言いそうなセリフですね」

「だが私は違う。お金を無駄にするような行為、私は決して許さない」

 燃えるような眼で鼓太郎を見る。鼓太郎は思い切り目をそらした。

「……分かりました。行きます」

 拒否権なんてものはなかった。ここに琉歌が現れた時点で、鼓太郎が道場へ戻ることは必然だった。

「そうか、良かった!」

 真剣な表情を一転させ、琉歌はぱあっと晴れやかな顔になった。

「じゃあ準備運動だ。道場まで走るぞ」

「え、ここから三キロはありますよ?」

「それがどうかしたのか?」

「いえ、なんでもありません」

 鼓太郎はもう何も言わなかった。琉歌のあとを追うようにして走り出した。

「ふっ、ふっ、ふっ……!」

 本人はジョギング感覚のつもりなんだろうが、鼓太郎は追うだけで精一杯だった。

「…………やっぱ……だ」

「何か言ったか?」

「いえ、何でもありません」

 鼓太郎はペースを上げて琉歌を追い越す。

「やるな……だが!」

 だがそれも一瞬のこと。少しペースを上げただけの琉歌にあっという間に追い越された。

「ふふん、どうだ!」

 琉歌は子どものように無邪気に笑う。

「本当、マイペースな人だな」

 一つ年上ということを時々忘れてしまう。厳しく近寄りがたいというところもあれば、子どものように負けず嫌いなところもある。


 犬藤琉歌。

 

 鼓太郎が通う道場の一人娘。そして、同じ学校の先輩。


 そして、鼓太郎が好きだった女子だった。



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