対等
決戦の日。学武はいつもどおりの時間に目を覚ました。
「あっという間だったな」
体感時間としては三日ほどしか経っていないような気がする。だが密度は濃かった。
ジョナサンはあの日以降も学武の家に来ては特訓に付き合ってくれた。ジョナサンはずっと【桃太郎】を使ってきた。
『やるなら徹底的に勝たなきゃな』
ジョナサンはSPRの持ちキャラである【桃太郎】が繰り出すであろうあらゆる攻め方をしてくれた。
SPRほどのテクニックはない。それでも並以上の実力があるジョナサンとの闘いはとても世話になった。対人練習、徹底的なコンボ技の反復学習により、学武は【桃太郎】に対して絶対に負けることはないという自信を持てた。
「今度改めてお礼しよう」
学武は家を出た。今日対戦するゲームセンターは東のとどろき。徒歩で行ける距離だ。
「今日で、決まるのか」
少し歩いて学武はつぶやいた。
「勝てば分かる……のかな」
負けるつもりはない。だが学武はやはり今日より先を想像するのが怖かった。
『多々良くん、一緒にお弁当食べよっ!』
『多々良くん、一緒に帰ろ!』
『多々良くん、一緒に映画観に行かない?』
『多々良くん、一緒に二人三脚、頑張ろうね!』
そしてなぜか頭に浮かぶのは春風と多々良風太郎のやり取りばかり。鮮明に覚えていた。
「――あ」
「…………え?」
などと考えているその道中、どういう偶然が重なってしまったのだろう。学武は春風と出会ってしまった。
「……おはよう」
「グッモーニン」
なぜか春風は英語であいさつを返す。それ以降、二人は無言で同じペースで歩き出した。
「……もう知ってると思うけどさ」
なにか話題がないかと探していた学武に対し、先に沈黙を破ったのは春風だった。
「あたしが一回、『卒業』したのはさ、恋しちゃったからなの」
「そうなんだ」
あえて学武は知らないフリをした。
「ま、詳しい経緯は教えられないけど、とにかくあたしは風太郎くんに一目惚れしたの。で、彼に振り向いてもらうために、全てを変えようと思ったの。それが、今のあたし」
春風は自信たっぷりに言った。
「実際、めっちゃ変わったわ。姿だけじゃなく、性格も積極的になれたし。……でもまあ、結果的にはダメだったんだけどね」
春風の声が一気に低くなる。学武は一学期の終業式を、いやその後についてを思い出していた。
誰もが前代未聞の告白に騒ぎ立つ中、学武の視界は壇上ではなく、春風に向いていた。
春風はカチコチに固まっていた。目が虚ろになっていた。そして早退した。
「――夏休みの間は、遊園地行ったり、友達とバーベキューしたり、カラオケ行ったりと、リア充生活を満喫したわ。でも、心は全然晴れなかった。
だから、ほんのちょっとだけ、昔に戻ろうと思ったの。……結果は、大正解だったわ。タバコの臭いやうるさいゲーム音は、あたしの体に溶けこんでいき……失恋のショックを和らげてくれたわ。だからあたしは、SPRになる……戻ると決意したわ」
「でも、実際は違ったんだよね」
学武は春風が自分を見てすぐに逃げたことについて言った。本当に吹っ切れたならばあんな態度は取らないはずだ。
「……そうよ。あの時のあたしは、『今』を捨てられなかった。……でも、今はもう違う」
春風はくるりと身を翻し、学武と向かい合う。
「正直、失恋の悲しみは消えていない。でも、それは『ここ』には持ちこまない。あたしはただ一人のゲーマーとして、あなたの目標であった存在として、今日絶対に、あなたに勝つ! 覚悟はいい?」
初めて眼が合った。そんな気がした。
「――そっちこそ」
学武は不敵な笑みを浮かべる。対等になった気分だった。
「それじゃ、行きましょう」
二人は同時に店に踏みこむ。両者、そこから一切しゃべることなく、筐体へ向かう。
「それじゃ、始めましょう」
「うん」
二人同時に百円玉を挿入する。1P側の学武は【笠地蔵】。2P側のSPRは【桃太郎】。
観客が集まってくる。だが全然気にならなかった。
「勝つのはあたしよ!」
「勝つのは僕だ」
学武の意識はSPRだけに向けられていた。
持ちキャラを変えてきたらどうしよう?
緊張で手が動かなかったらどうしよう?
負けたらどうしよう?
勝ってもまた勝負してくれるだろうか?
再戦を決めてから今日に至るまで、寝ている間ずっと色々なことを考えてきた。だが、今日小牧春風と会話をして、最終的に胸に残ったのは、とてもシンプルなものだった。
好きだから勝ちたい。
闘う理由はそれで十分だった。
『FIGHTッ!』
ここで小牧春風の話は終わりです




