揺らぐ心
後日、学武は自室で再戦に向けて練習を始めた。コンシューマー版の「御伽大乱」のNPC戦を始める。
対人戦をこなした方がはるかに上達するということは、経験則から知っていた。なのに学武が自室という「ぬるい」環境を選んだのは、二つの理由があった。
一つは春風と会うことを避けるため。あそこまで険悪な雰囲気を作ってしまった手前、顔を合わせづらかった。
もう一つの理由は単純にお金が無かった。学武は格闘ゲーム以外のゲームもかなり好きで、ちょうど欲しいと思っていたゲームソフトが一気に三本発売された。ゲーム好きとしては発売から一週間以内にプレイしたいという欲求から、学武はお年玉と合わせてすべて一括で買った。残りの小遣いは先日のゲーセンで使い果たしてしまった。
次の小遣い日はちょうど決戦当日。自業自得だが、学武はそれまで一人で特訓しなければならなかった。
「…………くそっ」
体に刻みつけられたコンボ技が何度も決まる。しかし全然満足できなかった。
対人においても決める自信はある。それだけの練習はしてきた。なのに学武は心にぽっかりと穴が空いていた。
小牧春風との再戦という、新たな目標ができた。しかしそれだけだった。
「…………」
再戦の楽しみといいようのない恐怖の感情混ざり合う。学武は全然集中できない状態で練習を続けていき、一週間経ってしまった。
「……なにをやっているんだ?」
なぜか違うゲームのソフトを入れようとしていた。学武は両頬を思い切り叩きつける。
「逃げるな!」
学武は気合を入れて、もう一度「御伽大乱」をやろうとした。
「すいませーん」
そこに誰かがやってきた。今は学武一人、学武は階段をおり玄関に向かう。
「え?」
「よっ!」
「あ、うん……えっと……どうしたの、か――」
「おいおい、忘れたのか? 俺の名前はジョナサンだろ」
「いやそれはゲーセン限定の――」
「とにかく、邪魔させてもらうぜ」
突如やって来た同学年、そしてゲーセン仲間の「ジョナサン」はズカズカと家に上がりこむ。
「お、やっぱやってんねえ」
部屋に入ったジョナサンはテレビ画面を見てにやりとする。ジョナサンはかついでいたカバンを下ろし、そこからあるものを取り出す。
「ま、ゆっくりやろうや」
コーラやサイダー、ポテトチップスなどの菓子類を取り出したジョナサンは、自前のアケコンをゲーム機に取り付けた。わけも分からぬまま、学武はとりあえず隣に座り、対戦を開始した。
「小牧とやるんだって」
そしてすぐさま、ジョナサンは本題に切り込んだ。
「さすが、情報が早いね」
「可愛い子限定の情報網だけどな」
「……ひょっとして、小牧さんがSPRだってこと、知ってた?」
「ん、ああ」
あっさりとジョナサンはバラす。
「なんで教えてくれなかったの?」
「そりゃお前、俺だって空気の一つや二つ読むさ」
「……?」
「お前勉強できるくせに、鈍いな。『多々良風太郎』って言えば、分かるか?」
「あー…………なんとなく、だけど」
彼女が彼のことをどう想っているか。恋愛ごとに興味のない学武でも知っていた。
「好きな男のために過去を捨てたあいつの意志を、無視するわけにはいかなかったんだよ。悪いな」
「べつにいいよ。僕も同じ立場なら黙っていたと思うし。でも、逆を言えば……」
「ああ。隠す必要がなくなったってことだろうな。つっても、学校じゃまだ猫かぶってるみたいだけどな」
それも時間の問題かもしれない。
「――立ち直るかな」
「それに関しちゃ問題ねえだろ。失恋のショックはともかく、あいつは悔しさと楽しいを混ぜ込みながら、西の連中とバトってたぜ」
「そっか……」
どうやらあっちは着々と再戦の準備を進めているらしい。腑抜けた心に熱が入る。学武は集中して画面を見る。
「ところでよ」
「なに?」
「お前、小牧のこと好きなのか?」
操作が乱れる。学武はコマンド入力に失敗し、カウンターを食らった。
「お、分かりやすい動揺だな」
「ひ、卑怯だぞ!」
慌てて体勢を整えようとするももう遅い。学武はジョナサンに負けた。
「照れんなって。ここだけの話、どうなんだ?」
二人しかいない空間で、あえてジョナサンはヒソヒソと耳打ちしてきた。
「そうかもしれないし、そうでないかもしれない」
曖昧な答えしかできなかった。
「僕にとって、彼女は本当に目標でしかなかったんだ。でもその正体が同い年の同じ学校の女子と分かって、一回闘って、幻滅して、でもまた追いかけていた存在だって分かって、再戦を誓って、再戦のために特訓しようとして、でも全然気持ちが乗れなくて、別のゲームをクリアして、そこに君が来て、変なこと言ってきて、それで、その……」
言葉がうまくまとまらない。ジョナサンは学武の悩んでいることをすぐに理解した。
「この関係が終わっちまうのが怖いってところか」
「…………うん」
その通りだった。学武は再戦を終えれば、SPR……小牧春風との関係も終わってしまうと思っていた。だから恐怖を感じていた。
「あのなマナタケ、勉強一筋に生きてきたお前に、アドバイスを授けよう」
ジョナサンは懇願するような表情でこう言った。
「勝てば分かる」
それは「勝ってくれ」という風にも聞こえた。




