むしろ尊敬している
来宮青海は「読書好き」という点では、たしかに敦と同じであったが、来宮青海は人付き合いはドがつくほど下手だった。
教室ではずっと本を読んでいて、体育ではいつも一人余り、授業中当てられても小声で聞き取るのは困難で、何より暗かった。
だから敦は、青海と図書委員を一緒にするのは「元々の面倒臭さ」に、さらに拍車をかけることになると思っていた。
「本、持ってきました……」
「体操に関する本でしたら……七類なので……こちらの棚にあります……」
「補修……終わりました……」
だがそれは違った。たしかに青海は利用者とコミュニケーションを取ることは下手だが、それ以外の作業――返却本をすばやく棚に戻したり、予約本の準備、破れた本の補修といった、図書委員という仕事の枠組みを超えた、それこそ司書顔負けの活躍ぶりだった。
教室内とはまた違う、水を得た魚のように、図書館での青海はいきいきとしていた。
「…………」
「あの、どうかしました……か?」
「あ、いや何でも……」
気がつけば敦は青海の姿を無意識に追いかけていた。だけど、それがどういう気持ちから来るものなのかはすぐに分かった。だがそれを認めるのには少し時間がかかった。さらにいうなら、遅すぎた。
「んだよー、まだ告ってねえのお前?」
休日、クラスメイトであり、そこそこ仲の良い友人の丈一に誘われ、敦はゲームセンターに行くことになった。
敦と丈一は千円分のメダルゲームのコインを買い、メダル落としをしながら、世間話という名の「恋話」をしていた。
「そんな話するために、貴重な小遣いを使わせたのかよ」
座ると同時に、丈一は触れてほしくない話題をあっさりと訊いてきた。
「いいじゃねえかたまにはよぉ。それにムフフな本なら俺が貸してやるよ」
「そのための小遣いじゃない。本当、よく分からない奴だよな」
一年の時、敦を図書委員にさせた張本人。まさかこんな風に話せる間柄になれるとは思っていなかった。
「はは、俺もそう思う。……でもよ、ぶっちゃけ今がチャンスだと思うぜ」
突如、丈一は声色を変えた。敦は手を止めて丈一の方を見た。
「……どうしてだ?」
理由は分かっていた。だが一応、敦は訊いた。
「そりゃアレだよ。孔子曰く、『振られた直後が付き合いやすい』って格言があるだろ?」
「孔子に謝れ」
しょうもないギャグはともかく、やはり予想していた通りの理由だった。
「まあそれは冗談だとして、今なら気にする必要はねーだろ?」
「……それは、否定しない」
丈一の言うことは敦も少なからず思っていたことだ。むしろ、この一ヶ月近く、よく我慢できていたと思う。
「無理だ」
だが敦は奥歯を噛み締めるようにしながら首を振った。
「はぁ~? 何でだよ?」
敦の言葉に、丈一はかなり不満そうな表情になった。
「弱みにつけ込むような気がするから――」
「かーっ! ったくこれだから草食系は!」
かぶせ気味に丈一は叫んだ。丈一は怒りに任せ、敦の分のコインを奪い取り、一気に挿入していった。
「お前さあ、そんなこと言ってたらよぉ、一生つかみとることできねえぞ! 傷が癒えるまで待つってのか? じゃあそれはいったいいつだよ? 今でしょ!」
「お、落ち着けよ……! なんでお前がそんなにムキになっているんだよ……」
最初から茶化すつもりで始めた思っていたが、丈一はなぜかかなり怒っていた。
「……っとわりいわりい! あまりにメダルが出なくてイライラしてよ……!」
興奮状態から覚めたのか、丈一は誤魔化すように笑った。
「ああ、ならいいんだけど……」
初めて見せる丈一の姿に、敦はかなり困惑した。それから二人は会話も無く、黙々とコインを挿れていく。
「……終わった」
ニ十分くらいしてメダルはカップのメダルは無くなった。少しして、丈一の方も無くなった。
「んじゃ、そろそろ帰るか。付き合ってくれてサンキュな」
敦に気を使い、丈一は敦に帰るよう促す。
「いやこっちもそれなりに楽しかったよ。じゃあな」
気まずい空気のまま、敦は丈一に別れを告げて帰ろうとする。
「――今年中には」
しかし、敦の口は自然と開いていた。
「ん?」
「二学期が終わるまでには、告白するよ」
丈一の言うことも一理ある。敦は自分なりの決意を口にしていた。途端に丈一の顔はぱぁっと明るくなった。
「おっ、そっか! まあ俺的には一ヶ月でイクとこまでイッてほしいけどなー!」
ふざけた口調であるが、丈一は肩の荷が下りたかような安堵した表情になっていた。
「……そういえば」
敦はある意味、「敵だった」男のことを尋ねていた。
「多々良って……いつ帰ってくるんだ?」
敦の問いに丈一は少し無言になるも、
「……うーん、結婚してからじゃねえの?」
軽い口調で答える丈一。だが「アレ」を見た後だと、あながちそれは本当かもしれなかった。
「そっか……そうだよな」
万が一の可能性に不安になっていたが、杞憂だった。敦はほっと息をついた。
「おいおい、心配すんなって! あいつはお前にとっちゃ憎たらしい奴だろうけど、もう――」
「憎くなんかない。むしろ、すごい奴だと思っている」
強がりではなく、敦は本心からそう言った。
自分が「同じ立場」に置かれても、絶対にあんな決意はできない。敦は「多々良風太郎」のことを「憎しみ」よりも「尊敬」に近い感情を抱いていた。
「……そっか。ありがとな」
そのことを言うと、どういうわけか丈一、自分が褒められたかのように、照れくさそうに笑った。