念願仕合
負けず嫌いというわけでもなかった。怒っているとか嫌いとかでもなかった。
ただ矢代学武は彼女に勝ちたかった。
親子連れでは絶対に来れないであろう、タバコの臭いの充満した、ある意味で「らしい」ゲームセンター。学武はそこに約三ヶ月ぶりにやって来た。
「……いい匂いだ」
副流煙の危険性を知らないわけではない。それでも学武はこの匂いとけたたましく鳴り響くゲーム音に安堵感を持っていた。
「さて、やりますか」
学武は財布の中から千円札を三枚取り出し、両替機で百円玉に替える。ずっと我慢してきたので、今日は思う存分遊ぶつもりだった。
三ヶ月経っても変わりない店内の機体たちが学武を待っている。クレーンゲーム、音ゲー、ガンシューティング、レースゲーム……。どれも魅力的だが学武はそれらをスルーし、奥の方へと進んでいく。
武者震いで心がたぎる。学武は早くそのジャンルのゲームをやりたかった。
一番奥に置かれたコーナーに着いた時だった。店内のBGMや他の筐体から流れる音声をかき消すくらいの歓声がわいた。
なんだろうと学武はその歓声のした方に目を向ける。一台の筐体に、ギャラリーがたくさんいた。そのほとんどは学武の知り合いだった。
「与一さん、どうしたんですか?」
一番後ろに立っていた大男に声をかける。
「ん、おお学武じゃねえか。久しぶりだな」
角野与一は久しぶりに見たライバルを見て驚いた。再び歓声がわいた。
「いったい、誰がプレイしているんですか?」
ここからではよく見えない。だがここまで人を惹きつけるということは、かなり名のあるプレイヤーに違いない。学武は身震いした。
「ああ、それは――」
「ちくしょう、また負けたっ!」
バンッと筐体を叩く音がする。向かい側に筐体にいた男は、悔しそうな声を上げ、次の者に台を譲った。
「これで二十連勝だぜ」
「……嘘でしょ?」
このゲームがこんなにもプレイされるなんて、初めてじゃないだろうか。学武は俄然興味を持った。
「次は誰?」
連勝を続ける謎のゲーマーは挑戦者を求めた。
「くそっ、負けっぱなしじゃいられるか!」
「次こそ俺が勝つ!」
ギャラリーの数人が再び反対側の筐体に回り込む。その隙間から、ようやくゲーマーの後ろ姿が見えた。
「――えっ?」
目を疑った。赤い帽子、年季の入った青いジャケット、そして背中あたりまで伸びた黒い髪……。
「【SPR】……!」
間違いない。学武は人の隙間を通り、前に出る。
「――僕が、相手になる!」
初めて人前で大きな声を出した。学武は小学生と同じくらい、ビシッと手を上げた。
「ふうん、次はあんたが…………」
【SPR】が学武に振り返る。そしてなぜかすぐに画面に向き直った。
「よろしく……!」
学武は反対側に回りこみ、百円玉を挿入する。
いったい、この日をどれだけ待っていただろうか。ブランクとか緊張とか、言い訳は一切しない。学武はずっと想ってきた相手に、持てる限りをぶつけることにした。
キャラクター選択画面が映し出される。学武はすぐに持ちキャラ「笠地蔵」を選んだ。
ゲームが開始される。学武は一ミリも油断せず、命をかけるくらいのつもりで勝負に臨む。
「……ん?」
だが【SPR】のキャラ「桃太郎」はその場から微動だにもしない。学武は「桃太郎」の間合いのギリギリまで「笠地蔵」を移動させる。
ここが勝負所。学武は一気にコンボを繋げようとした。
――ザワザワザワザワザワ――。
と、そこで学武はようやく、向こう側がざわついていることに気づいた。
学武はそおっと向こう側の台に眼を向ける。
「……………………は?」
体がフリーズした。勝負の方は時間いっぱいで終わっていた。一本目は引き分けになった。二本目が始まる。学武は立ち上がっていた。
「……嘘だろ?」
反対側の筐体へ向かう。だが、そこには誰も座っていなかった――。