ノーリスクの賭け
大変おまたせしました。
「上城くん」
「ん……おお、陸奥くんじゃん」
名前を呼ばれた上城は、スマホから顔を上げ氷介の方を見た。
「こんばんは。何やっているの?」
氷介は上城に近づく。上城はブランコからジャンプし、きれいに着地した。
「ちょーっと、バケモノ退治の方法をな。でも中々難しそうなんだわ」
「へー」
ゲームはそんなにやらないので、これ以上話が弾むことはないだろう。氷介はべつの話題を振ってみた。
「――彼とは連絡取るの?」
それは核心を突くものだった。氷介は言ってしまった後すぐに後悔した。
「あー、最近は……ご無沙汰だな」
氷介の気持ちを察したのか、上城は右上の方を見ながら答えた。
「……忙しいんだね」
「英語覚えるのに苦労してんじゃねえの?」
「それもだけど……上城くんがだよ」
月の光が上城の顔を照らす。髪の毛はぼさぼさ、目にもくまができていた。
「ん、お、おお! 最近2のゲームにはまっていてよ。今じゃかなり安く買えて大助かりだぜ」
スマホをしまい、上城は今思いついたようなことを言った。
「ところでお前はどうしたんだ? 逢引か?」
「こんなひと目につくような場所では逢わないよ」
そもそも、そんな相手はいない。
「じゃあ女にでもフラれたのか?」
「はは……考え事していたらいつの間にか来てただけだよ……」
きっと、誰でも良かったのだろう。氷介は抱える悩みをすべて上城に話した。
「――とまあ、そんなわけだよ。……あの、どうかした?」
上城は口を閉ざしたまま、難しい顔になっていた。
「すまん、確認なんだが、それは本当か?」
「え、う、うん……」
めったに、いや初めて見る真剣な顔だった。上城は大きなため息をついた。
「そっか……お前の妹さんも、被害者の一人か……」
「被害者って大げさな……!」
まるで多々良風太郎が罪を犯したかのような言い草だった。実際は、多々良風太郎は氷香に対し「何も」していない。
「うーん、……を……して……いや、もっと……くそ」
頭をかきむしりながら上城はぶつぶつと呟きだす。
「ごめん、変なこと言って」
「ああ、違う違う。お前は気にすんな。ちょっと攻略ルートを考えていただけだ」
上城は取り繕うように笑った。そして、
「嘘は得意じゃねえから今はっきり言っとく。正直、俺はあんまり力になれねえと思う」
小さな声で、上城は謝った。
「そっか……」
普段はおちゃらけており、お世辞にも学校の勉強もできる方ではない。だが風太郎の無二の親友で、頭の回転が早い上城ならば何か打開策を見つけてくれるかもしれない。そう期待していたこともあり、氷介は上城の返事に、肩を落とした。
「おいおい、俺を買いかぶりすぎだぜ。俺は風太郎にとって、数多くいるダチん中の一人。あいつじゃな――あ」
何かを思いついたように、上城は大きく目を開ける。
「……氷介」
「な、なに?」
急に下の名前を呼ばれびっくりした。上城は人差し指を一本立てた。
「一つ、やってみたいことがあるんだが、いいか?」
「え、それはいったい……?」
「成功率40……いや30くらいの低い『賭け』だ。もし成功すればお前の妹ちゃん、立ち直れるかもしれねえ。……やるか?」
「待って、それはどういうものなの?」
言質を取られる前に内容を聞いておかなければならない。もしもそれがあまりにも非人道的なものならば決して看過できない。
「お、おいおい! いくら俺でもそんなことはしねえよ。……ま、ちょっとしたことなんだけどよ」
上城はそのアイディアを氷介に話す。
「どうだ?」
「どうだって言われても……」
内容を聞き終え、氷介はさらにためらった。そんなことで氷香が立ち直れるとは思えなかったからだ。
「むしろ、悪化するんじゃないかな……?」
「ああ。だから賭けだ。寝不足で筋肉痛の今の俺には、これくらいしか思い浮かばん」
「…………」
氷介は口を閉ざし、考えこむ。時間をかければもっと良い方法はあるはずだ。けれど、それが何ヶ月、最悪一年はかかるかもしれない。それくらい、氷香の「妄執」はすごかった。
「強制はしねえよ。ただ、話を聞く限りではお前の妹ちゃんは――――」
上城の発した言葉は、氷介の心をズガンと撃ち抜いた。
「……上城くん、お願いするよ」
氷介はその言葉に、自らも覚悟を決めた。
「よし分かった」
上城はそれを受け取り、スマホを取り出し投稿サイトから氷香のアカウントへ向かう。ついさっき新着のイラストが投稿されていた。
「上手いねえ、モノホンよりカッコいいじゃねえか」
などと感想を口にしながら、上城はそのイラストの感想コメントに、こう打ちこんだ。
【PN 良風
イラスト拝見しました! ひょっとして、この絵のモデルって僕ですか?】
賭け金の払っていない、勝手に始めたギャンブル。
結果は翌日すぐに判明した。