立ち直れない
読みは「くるみや あおみ」です
図書委員になったのは、自分の意志からではなかった。
四月、委員を決める時間のことだった。黒板に書かれた委員の下は、図書委員の男子のところ以外は、すべて埋まっていた。
「お前本好きだからいいじゃん」
誰かが立候補するだろう。男子のみんながみんなそう思う中、クラスメイトの男子が敦を指さした。
「いいじゃん、さんせーい!」
「がんばって~!」
クラスメイトたちもそれに便乗し、敦を図書委員に「させよう」とする。
「いや……その」
たしかに敦は入学してからほとんどの時間本を読んでいた。だが、それとこれとはまったく話が別だった。敦にとって図書室は「自分が本を読む場所」であって、それ以上でもそれ以下でもなかった。
そのことを説明しようとするも誰も聞く耳は持たず、図書委員の欄にはいつの間にか自分の名前が書かれていた。
あまりに身勝手な決め方に、敦は苛立ちを覚え、最初に言葉を発した男子をにらみつけた。男子は気楽な顔してだらんと座っていた。
「……分かった、やるよ」
最終的に、クラス全員が何らかの委員をやらなければならない。そう考えると二学期に委員をやるよりも、期間の短い一学期にやる方が得だ。
敦は最初で最後だと思い、図書委員をすることに決めた。
そして図書委員としての活動初日の昼休み。図書室にはすでにもう一人の図書委員がカウンター内にあるイスに座っていた。
「あ……よ、よろしく……お願いします……!」
本を読んでいた女子は、敦の足音に気づき、慌てて本から顔を上げ、病的にまでおどおどした声であいさつした。
「ああ、よろしく」
敦は淡々とあいさつを返す。だがもう女子はうつむいて座っていた。
暗いな……。それが敦が来宮青海に対して抱いた第一印象だった。
だが逆を言えば干渉されるようなことも無いだろうから、そこまでのコミュニケーションは必要なさそうだとほっとした。
だが、それは大きな間違いだった。
「何やってんだろ、俺……」
一学期の間だけ。そう思っていた図書委員の仕事を、なぜか敦は二学期も、一年経った高二になっても、やり続けていた。
「来宮、そろそろ帰らないのか?」
夏の暑さがまだ残る夕暮れ時。下校のチャイムが鳴って五分ほど経つにも関わらず、来宮青海はまだカウンター内のイスに座り、本を読んでいた。
「…………」
「おーい、来宮」
声をかけてみるも、聞こえるのはパラ、パラっとページをめくる音だけだった。敦は少し考えた末、青海の肩をチョンと叩いた。
「――あっ!」
流石に今度は気づいたらしく、青海はハッとなって本から顔を上げた。
「もう下校時間だぞ」
敦は壁にかかった時計を指差す。
「え………ご、ごめんなさい! つい夢中になっちゃって……!」
慌てて本をカバンにしまい、青海はバツが悪そうに謝った。
「えっと、あの……先に帰ってください。戸締まりは私がするので……!」
自分のせいで敦を待たせた罪悪感からか、青海は敦を早く帰らそうとした。
「二人でやった方が早いだろ。俺は戸締まりと誰か残っていないか確認してくる。だから来宮はパソコン閉じるとかその他のことしてくれ」
だが敦は青海の言葉を聞かず、そう提案した。
「……ありがとうございます」
だがその善意は逆に青海を困らせてしまったようだった。敦は気まずさから逃れるように、そそくさと図書館の中を見回りに向かった。
「調子狂うな……」
いわゆる「本の虫」なのは変わりないが、今の青海のそれは、明らかに前と違っていた。
「いい加減、立ち直って欲しいぜ」
敦は壁に掛けられたカレンダーを見る。九月十日。来宮青海が「失恋」してから、もう一ヶ月以上は経っていた。