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クリア後の物語〜負けヒロインたちのその後〜  作者: 元田 幸介
飯原八重子
18/49

かなり遅く、少し早いサプライズ

 久しぶりの五キロのランニングとその後すぐの素振り百回は、体にこたえた。涼しい季節だが、全身から汗があふれ出した。

 その汗をシャワーで洗い落とす。浴室から上がり、冷蔵庫に入っていた父親のノンアルコールビールを一気に飲み干したところで、何もかも忘れられるくらい気持ちのいい状態を迎えられる――はずだった。


「……」

 自分の部屋の窓から空を眺める。きれいな満月だった。風も気持ちよかった。それでも祐介は全然すっきりできていなかった。

「ちっ……!」

 ノンアルコールビールだが、酔っ払ったような気分になる。祐介の脳裏に八重子の顔が浮かんだ。


『ごめんね……』

 八重子はたった一言、寂しそうに言ってすぐにその場を離れた。

 なぜあのタイミングで八重子が来たのか不思議だった。だがそれよりも自分と木南の「会話」が、八重子を傷つけてしまったことに後悔した。

「違うんだよ飯原」

 祐介は八重子のことを恨んでなんかいなかった。それは祐介だけじゃない、おそらく部員たちのほとんどもそう思っているはずだ。


『感謝は結果で返そう』

 それに気づいた者たちは、口には出さないが誰もが同じことを思ったことだろう。


 だから祐介たちは努力した、甲子園に行きたかった。行って伝えたかった……。

 しかし、それは叶わなかった。完全にタイミングを逃し、ただ大きな溝を広げてしまった。


 二つの夢が潰えたのは、ちょうど同じ日。終業式――



「…………ん?」



 そこで祐介はふと違和感を覚えた。


『その日の終業式に、この学校の美少女たちが、一斉に失恋したんだよ』


 山田は確かにそう言っていた。それはあの日、その場に()()()()からという意味なのだろうと祐介は思っていた。。

「……本当にそうか?」


 多々良風太郎と飯原八重子の関係。

 あの日聞いた幻聴。


 二つの事柄から一つの予想が生まれる。祐介はすぐにスマホでアドレス登録されているクラスメイトに、男女関係なく電話していく。

「ごめん、覚えていない」

「うーん」

「どうだったかな……?」


 もう二ヶ月以上前のことだ。覚えていなくても仕方ない。



「ああ、そうだぜ」


 一人、山田がはっきりとそう言った。

「間違いないんだな?」

「おう。ってか何で()()()()知らなかったんだ?」


 謎が解けた。


 カッコつけたようなことばかり言っていた祐介は、ようやく自分の気持ちに素直になった。


 受験勉強は後回しだ。祐介はすべてを終わらせるために走り出した。






「飯原」

「え、な、なに……?」


 金曜日の放課後。今日の晩ごはん何を作ろうかと悩んでいた八重子に、何者かがものすごいスピードで回り込んできた。

「ど、どうしたの相原くん……?」

 汗だらけの顔、しわだらけのシャツ、ガクガクと震える足。ただ事ではなさそうだった。

「なんとか、間に合ったな……」

 祐介はほっとしながら息を整える。八重子はかばんからハンカチを取り出し、祐介の顔の汗を拭っていく。

「ダメだよ制服で全力疾走なんてしちゃ。大怪我するよ?」

「悪いがついてきてくれ」

 祐介は八重子の忠告を聞かずに、八重子の手を握りしめる。

「え、ちょっ……!」

 有無を言わせず、祐介は八重子の手を掴んで元来た道、学校へと戻る。八重子は最初びっくりしたが、祐介の「熱」が伝わったのか、黙って祐介のあとをついていく。


「――野球部」

 校内に入り、なぜか体育館の方へ向かっていく。祐介は入口前で止まり、ようやく口を開いた。


 やはりそのことか……八重子は驚きはしなかった。

「うん。まだキナちゃんみたいに、私のことを許せないって人はいっぱいいるんだよね。今すぐには無理だけど、卒業までにはちゃんと、謝るよ」


「むしろ、謝るのは俺たちの方だ」

「え……?」

 祐介は八重子に振り向く。そして深々と頭を下げた。


「ごめん……」

「な、なんで相原くんが謝るの!? 何もしてないじゃない!」

 祐介のこんな姿を見るのは初めてだった八重子は、あたふたと困惑しだす。

「ああ、何もしていない、何もできなかった……甲子園に行けなかったからだ」

 仕方ない、運が悪かった……祐介はそう割り切っていた。だから涙も流さなかったし、悔しさもなかった。だが今は違った。

「う、うん。悔しいのは分かるよ。私だって残念だなって思ったし……。で、でもさ! 私に謝るのは違うよ。私はその……逃げ出したんだから」


「まだそんなこと言っているのかよ」

「え?」



「もうみんな、知っているよ」


 祐介は体育館のドアを開けた。もう下校時間、誰も残っていないはず。


「…………えっ!?」


 両手で口を抑える。壇上に何人もの人が立っていた。野球部のユニフォームを着た、野球部員たちだった。


「いったい、どういう……」


「飯原八重子さん!」


 ずらりと並んだ野球部員たちの中から、一人前に出る。相模だった。


「…………………………毎週火曜日と木曜日」


 長い、長い沈黙のあと、相模はそう切り出した。



「部室の掃除、ありがとうございました!」

「ありがとうございました!」

 声が体育館に響き渡る。

「おにぎり、とても美味しかったです!」

「美味かったです!」

「一瞬でも疑って、すいませんでした!」

「すいませんでした!」


 相模に続いて部員たちが復唱していく。


「えっと……その……」

「飯原先輩」

 頭の中が真っ白となる八重子に、さらに衝撃が襲う。木南が目の前までやって来ていた。

「キナちゃん……」


 

「先輩……三年間、お疲れ様でした」



 後ろに隠していた花束を飯原に手渡す。木南の柔和な表情と声にはもう、敬愛の感情しかなかった。



「…………みんな、本当にありがとう」

 どういう経緯かは分からない。八重子は涙を浮かべながら、ただただ感謝した。


「今度こそ甲子園に行きます! だからぜひとも明日の試合、堂々と観に来てください!」

「来てくださいっ!」


「――うん! 絶対に行くよ!」


 もう隠れる必要はない。八重子の野球部に対する負い目は完全になくなっていた。八重子は心からの笑顔をみんなに向けた。




「あーつかれた…………!」



 ――これでやっと勉強に集中できる。緊張の糸がぷつりと切れる。


 祐介はばたんとその場に仰向けになった。




 試合で勝ったよりも、とても清々しい気分だった。

 


次で八重子編は終わりです。

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