真相が解決に導くとは限らない
「風太郎が良い奴かって……ですか?」
「ああ、親友のお前の目から見て、多々良はどういう人間だ?」
「……確認なんすけど、それは八重子さん絡みですよね」
「そう思ってもらって構わない」
「そうっすか。まあ、俺の主観で言わせてもらうなら、あいつは『良い奴』ですね」
「そうか。ならいいんだ」
具体的なことは聞いても逆に信憑性がない。祐介はそれだけ聞けて満足だった。
「疑わないんすね。俺が嘘ついているかもって」
「嘘ついているかどうかくらい、目を見れば分かる。それに親友と豪語する奴が、貶めるようなことは言わないだろ」
「……はは、先輩。俺のこと買いかぶりすぎっすよ」
タケはかわいた笑い声を上げる。
「次の質問なんだが、そもそもあの二人はどういう関係なんだ?」
タケが抱く悩みなんて祐介には知ったこっちゃないしどうしようもない。祐介は遠慮せず次の質問を浴びせた。
「あ、ああそれっすか。二人は幼なじみなんすよ」
「家が近くってことか?」
「お隣同士……ってわけじゃないんすけど、家が同じ地区にあって、ガキの頃から親同士が仲良くてって感じらしいです」
「なるほど」
よくある話だった。だが、
「その、一年前に、多々良風太郎に何かあったのか?」
二人が幼なじみだということは理解した。だがある日突然、八重子が部活を辞め、風太郎に近づいた理由が逆に分からなくなった。家が近く、親しい間柄ならば、わざわざ部活を辞めずとも、いくらでも会える時間は作れそうだ。
「あー、やっぱ八重子さん、何も言ってないんすね」
「何があったんだ?」
「簡単に言うと『お世話』っす。あいつの両親、仕事の関係で外国行ってて、風太郎が一人暮らしすることになったんですよ。でもあいつ、家事とかその類のことまったくできないんで、心配になった風太郎の両親が八重子さんに世話を頼んだみたいなんです」
「……それを、飯原は受け入れたのか?」
「俺も何気なく訊いてみただけなんで、詳しくは分からないんすけど、かなり迷った末に、やると決めたみたいです。それこそ、部活やっている暇がないくらいに、徹底的にです」
「…………」
頭の中に渦巻いていた疑問がほとんど消え去った。
「飯原は、多々良のことを好きだったのか?」
祐介は最後に残った疑問を尋ねた。
「好きでもなきゃ、やってられないでしょ」
「そんじゃ先輩。俺は今からシゴキがあるんで」
「ありがとう、助かったよ」
タケとの話
を終え、祐介は一人体育館裏に残った。壁にもたれかかり、腕組みしながら、さっき聞いたことをまとめ始めた。
子供の頃から家族ぐるみで仲良くして、一人になったら色々と世話をしていた男が、まったく別の女子と結ばれる……。
「……きついよな」
失恋の経験は幼稚園の頃。もうほとんど覚えていない。それでも八重子が今までどんな気持ちでいたのかは想像できた。
「…………」
疑問が解消され、心スッキリ。今日から受験勉強を再開できる。……そのはずなのに、祐介はまだもやもやしていた。
「やっぱ、アレしか……」
「先輩っ!」
全身の毛が逆立つ。心臓が止まりそうだった。
「あ……え……」
口をパクパクさせながら、祐介は身動きできなくなる。声の主はそれを察して前に回り込んだ。
「す、すいません! 急に……!」
「いや、大丈夫だ。……久しぶりだな、木南」
声の主は野球部二年、女子マネージャーの木南直斗だった。
「こちらこそお久しぶりです!」
「野球部はいいのか?」
「今、休憩中です!」
「そうか……」
グラウンドの方から相模の激が飛んでいるが、祐介はそれには触れなかった。
「えっと、受験勉強頑張っていますか?」
「――順調だ」
大嘘をついた。木南はぱあっと明るい顔になった。
「頑張ってください! 先輩なら絶対に受かります!」
「頑張るよ」
本当に、頑張らないといけない。祐介は言い訳じみたことを言うのはやめ、他の誰よりも頑張ることを誓った。
「それで先輩、さっきあの人と何話していたんですか?」
笑みが消え、真面目な声になる。
「ちょっとした世間話だ」
「飯原先輩のことですか?」
どうやら途中から聞いていたらしい。祐介はうなずき、タケとの会話を木南に教えた。
「――というわけらしい」
祐介は簡単に八重子が部活を辞めてしまった理由を説明した。
「……そうだったんですか」
木南が部活を辞めた八重子に対して快く思っていないのは、部員なら誰もが知っていることだった。だからこそ祐介は、そのわだかまりを解くために、真相を教えた。
「――そこまで犠牲にして、何も得られなかったなんて……虚しいですよね」
けれど、木南は容赦ない言葉を冷たく浴びせた。
「そうかもな」
結果的に、八重子のこの約一年間は無駄になった。野球部に居続ければ、別の明るい未来が待っていたかもしれない。
「教えてくれてありがとうございます。でも、どちらにしても、あの人と野球部はもう関係ありません。私が、みんなを支えます」
先ほどまでの「浮かれ気分」は消えていた。木南はいつもの「野球好き」の顔に戻っていた。木南はグラウンドへ戻っていった。
「……知らないのか」
もしくは他の者と同じく知らないふりを続けているのか……。
ミシッ。
その時だった。枝の折れる音が聞こえた。
振り返る。
目を疑った。
「…………あ、あはは……!」
木の後ろから顔を出す。
八重子はとても気まずそうな顔をしていた。