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クリア後の物語〜負けヒロインたちのその後〜  作者: 元田 幸介
飯原八重子
16/49

疑問の解消を試みる

 八重子と話して逃げられてから一週間は経った。祐介はその間、八重子とあいさつを交わすことはあっても、「野球部」と「風ちゃん」の話題に触れることはなかった。


 下手に蒸し返さない方が互いのためだ。祐介はそう自分に言い聞かせ、残りわずかな期間は勉強だけに集中しようと決めた。



「……」

 だが祐介のシャーペンは、その間全然動いていなかった。数学の問題だけではなく、国語と英語もそうだった。

「まずいな」

 冗談ぬきでこの状態が続くことは精神的な死を意味した。


『浪人はさせない。もしも失敗したら入ってもらう』


 大学受験をすると宣言した時、祐介の父はそう言った。

「金もらって体鍛えられるとか最高じゃん!」

 単純な山田なら楽観的なことを言うだろう。たしかに、誇り高い仕事なのは間違いない。だが祐介はそれ以上に「自由」を欲した。だから絶対にそこには入りたくなかった。

「ふう」

 深呼吸をし、心を落ち着かせようと何度も試みる。だができない。

「仕方ない……」


 すっきりさせよう。祐介はこのまま勉強を続けることをいったんやめ、頭の中に棲まう様々な雑念を消し去ることにした。

 祐介は「受験勉強必勝法」という、勉強ができない人間のためのような本を免罪符の代わりに借りて、図書室を出た。

「あまりしたくはなかったんだがな」

 疑問を消すためには人に聞かなければならない。だがそのためには自分がされてあまりいい気はしない、うざいと思われるだろう行為をしなければならなかった。祐介は靴を履き替え、グラウンドへ向かった。


 

「声出せ一年!」

「今の取れるだろ!」

「やる気あんのか!」


 

 野球部はちょうどノック練習を始めていた。バッターの打つ球が様々な方向へと飛んでいく。自分たちと同じくらい、活気と熱気にあふれていた。

「あっ!」

 そんな練習風景を、目的を忘れながら観ていた祐介に、ノックしていた後輩部員が気づく。後輩は他の者にノックを代わってもらい、ダッシュでこちらに近づいてきた。

「――シャスッ! 相原先輩っ!」

 帽子を脱ぎ、後輩は元気よくあいさつしてきた。

「久しぶりだな相模」

 それは野球部新キャプテン、二年の相模春馬だった。

「お久しぶりです! どしたんすか?」

「後輩たちがちゃんとやってるかどうか気になってな。だけど、その心配はいらなかったみたいだ」

 それらしいことを言って、祐介は誤魔化す。

「――あざっす! まだ新チームになって日は浅いっすけど、試合も近いんで、気合い入れていきます! 来年こそは甲子園目指しますよ!」

 胸を思い切り叩き、相模は力強く宣言する。その肉体は夏の大会よりも大きくなっていた。

「期待しているぞ。……それでちょっと聞きたいことがあるんだが」

 祐介は胸の内のもやもやを解決させようとした。

「――部室、どうだ?」

 一番聞きたかったこと……ではなかった。祐介の問いに、相模は一瞬眼を丸くするも、すぐにその意図に気づいた。

「うす! 自分ら、毎日ちゃんとしています!」

「……そうか」

 その答えだけで十分だった。残念なようなほっとしたような、不思議な気持ちだった。

「……先輩、まだ八重子先輩……その……なんですか?」

 言葉を選びながら、相模は小声で尋ねた。

「そうみたいだな」

「そっすか……」


 先ほどまでとは違い、相模は明らかにがっくりしていた。


「相模、お前……『多々良風太郎』のこと、知っているか?」


 聞きづらくなったが、それでも祐介は一番聞きたかったことを尋ねた。

「え、多々良っすか……そりゃあ知ってますよ。有名でしたから……!」

 憎々しげに相模は言った。やはりいい気分はしないのだろう。

「あいつが……どうかしたんすか?」

「ああ、少し話してみたいと思ってな。クラスとか分かるか?」

「え? あーいや……その……」

 相模は返答に困り、練習とは違う汗を流し始める。

「安心しろ、『去年』のようなことには絶対にならない」

 おそらく相模は祐介が「報復」に出ると思っているのだろう。祐介はそんなつもりは毛頭ないと断言した。

「いや、先輩がそんなことするなんて思っていないっすよ。するとしたら俺……というか、無理なんです」

「無理?」



「あいつ、もうこの学校にいないんすよ」



「え……?」

「知らないんすか? あいつ、『転校』したんですよ」

「……そうか」

 言われてみればたしかに「あの動画」だとそんな感じだったな。

「ちなみに、あいつに何の用だったんですか?」

「モテる秘訣を聞こうと思ったんだ」

 すぐにバレる嘘だった。相模は吹き出した。

「はは、そんな必要ないじゃないっすか! 先輩、あいつなんかよりめっちゃモテるじゃないっすか!」

「お世辞でもうれしいよ」

「マジっすよ。ほら、今だからこと言いますけど、木南って――」



「相模、何してんのー?」



 突如背後から声がした。振り返るとそこには、茶髪の男子が立っていた。


「誰だ?」

 見たことのない男子だった。男子はニヤニヤと得体のしれない笑みを浮かべて立っていた。

「あ、タケ。何って、先輩と話してんだよ」

 相模の知り合いらしい。タケと呼ばれた男は祐介の方をマジマジと見る。

「――ああ! あなたが野球部ベスト4の原動力の相原さんっすか! お会いできて光栄っす!」

 目を輝かせ、タケは祐介の手を握る。

「あ、ああ……」

「あ、そうだ。先輩、こいつに聞いてみたらどうっすか?」

 はっと手を叩き、相模はそう提言した。

「え、なになに?」

「多々良のことが聞きたいんだってよ。お前、ダチだろ?」

「正確には『マブダチ』だぜえ。他の奴らよりもな」

「ちょっと話せるか?」

 祐介はタケの前に立つ。祐介よりも少し身長は低いが、体つきはがっしりしていた。

「――なんか込み入った話みたいっすね。場所、変えましょっか」

 タケは物怖じせずにそう提案した。

「あ、じゃあ俺はこれで……」

 相模はそそくさそグラウンドの方へ戻った。


「じゃ、行きましょっか。どこにします? 公園っすか?」

「いや、もっと近くでいい」

 なんとなくだが、八重子以外とあの公園で話したくなかった。けっきょく、二人が移動したのは体育館裏だった。


「告白前みたいっすね」

「もしくはタイマンだな」

「は、はは面白いっすね……。それで、あいつの何を聞きたいんすか?」


 タケの声色が変わる。獣のような眼で祐介を見てきた。

「……ふむ、改めて聞かれると地味に困るな」

「SNSとかのアドレスは教えられませんよ。さすがにプライバシーがあるんで」

「やり方がよく分からないから大丈夫だ。俺が訊きたいことは――」

 祐介は頭の中にうずまく疑問を一つずつ思い出す。そして三番目くらいに思い浮かんだことを訊いてみた。



「多々良風太郎は、良い奴か?」 

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