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クリア後の物語〜負けヒロインたちのその後〜  作者: 元田 幸介
飯原八重子
15/49

彼女が部活を辞めた理由

 飯原八重子は七菱高校野球部のマネージャーだった。


 だが、多くの高校野球の女子マネージャーと同じく、八重子は最初から野球についての知識がそこまであるわけではなかった。

 どうせミーハー気分だろう。当時一年の祐介も他の部員も、そう思っていた。

 けれどその思い込みはすぐに消え去った。八重子はスコアノートを書くのにはかなり苦労したものの、それ以外が完璧といっていいほどだった。

 

 まず料理が上手くて美味い。練習後に出されるおにぎりは、水加減は良く、部員一人一人の好みに合わせた中身の具。練習終わりの楽しみになっていた。

 それと掃除が上手い。八重子が入部する前はすっぱい臭いがし、おかしのゴミや漫画雑誌が散乱していた部室は、ゴミひとつない、フローラルな香りがする部室へと変わった。さらに八重子は、家で使わなくなったといって、小型冷蔵庫と電子レンジを提供した。最初は少し問題になったが、最終的に置かれることになった。


 そして最も八重子が優れていたのは、その人間性だった。怪我をした部員を優しく介助し、試合で負けそうになった時は誰よりも大きな声で応援し、勝った時は誰よりも喜んでくれた。


「女神……!」

「飯原マジ天使」

「ママ……」


 部員たちは八重子をあがめ(一部はおかしいが)始めた。祐介もそこまでじゃないが、飯原に対して抱いていたマイナスな感情は消えていた。

 選手じゃない、一人のマネージャーの存在は、七菱高校野球部を大きく変えたことは間違いなかった。

 実際、祐介が二年の代、地区予選で初のベスト16という快挙を達成した。

「来年は絶対に甲子園に行けるよ!」

 八重子は力強く断言した。

「……やるぞおお!」

 人をやる気にさせる、不思議な魅力を八重子は持っていた。

 負けたことに落ち込むことはなく、部員たちは次の日から練習を再開した。





「……死のう」

「世界の終わりだ」

「おにぎり……おにぎり……おにぎり……」




 だからこそ、その反動も計り知れなかった。


 飯原八重子は、突然部活をやめた。




 その理由について、八重子は最初何も言わなかった。もちろん、今まで八重子に支えてもらっていた野球部員たちがそんなことを納得できるわけもなかった。

「お前聞いてこい」

 三年の先輩(熱心な八重子のファン)たちが、クラスが同じだった祐介に、理由を尋ねるよう命令した。上下関係は絶対であり、祐介は逆らうことなく八重子に理由を尋ねてみようとした。

 

 しかしその必要は無かった。


「風ちゃん、お昼作ってきたから一緒に食べよー!」

「今日、風ちゃんの家に行っていい? 夕食作るよ!」



 ひとつ下の一年、「風ちゃん」と呼ばれる男子。八重子はその男子のために野球部マネージャーをやめたことは、祐介だけじゃない、誰の目から見ても明白だったからだ。





 男のために野球部をやめた。早い話がよくあることだった。

 


「コロス……」

「ゆ゛る゛さ゛ん゛!!」

「埋める……!」



 けれどそれは祐介のようなごくごく少数派の考え。多数派は違った。

 きっとその男にたぶらかされた、もしくは脅されたに違いない。そんな多数派の中のさらに過激派野球部員たちは、「風ちゃん」なる男子と「話す」(隠語)ことにした。


 元々そこまでこの一連の出来事に興味のなかった祐介だったが、さすがに事の顛末を聞いては驚きを隠せなかった。


 風ちゃんなる男子と「話した」先輩たちは、なぜかどういうわけか野球部を辞めた。

「受験に集中するためだ……」


 その一人の先輩と話を聞くことができたが、その先輩の眼は虚ろで、なぜか脇腹をずっとおさえていた。


 元々そこまで慕っていた先輩ではなかったが、薄気味悪さを感じた。

 以降、野球部員たちが八重子について触れることはなかった。だがやはりやる気はまったく復活しなかった。

「くだらねえ」

 辞めたなら辞めたでいい。いつまでも八重子を引きずっているみんなに、祐介は苛立ちを隠せなかった。

 



 あの事を知るまでは。

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