図書室に行く理由は人それぞれ
放課後、山田に別れを告げて祐介が向かった先は図書室だった。
闇雲に問題集を解こうとしてもできるものではない。祐介は本格的に受験勉強を始めてから一ヶ月経ち、そんな当たり前の事実に気づいた。
とにかく基礎をしっかりと身につけなければならない。祐介は今までのテストの点数や順位のことを忘れ、まっさらな気持ちで、基礎からやることにした。
「……少ないな」
うろ覚えな記憶を頼りに図書室に到着した。中に入るとカウンターに図書委員らしき男女二人がいるのを除けば、利用者はパッと見た限りで五人くらいだった。各自、本を読む者もいれば、両手を枕にして眠っている者と、全部で五つある長テーブルにそれぞれ一人ずつ座っていた。
「……」
祐介は眠っている生徒のいるテーブルの、向かいに腰を下ろした。理由は単純、入り口から一番近かったからだった。
「さてやるか」
祐介はカバンの中から本屋で買った「数学問題集」とノートを取り出す。
問題集を左側に、ノートを右側に置き、祐介は問題1からひたすら解いていくことにした。だが、
「……」
解らないものは後回し。高校受験の時、当時の担任に教えてもらったやり方を実践しようとするも、祐介は最初のページの全十問中、二問しかまともに解くことができなかった。
「。失敗だったな」
問題は多いが、解説がないので答えだけ見てもなぜそうなるのか分からない。
「…………」
「あ、あの」
教科書を見ながら、悪戦苦闘を繰り返す。だがその集中力はプッツリと途切れた。
「も、もう閉室の時間です」
声をかけてきたのは図書委員の女子だった。女子はおどおどしながら、申し訳無さそうな声でそう言った。
「そうか、悪いな」
気づけば一時間以上は経っていた。だが解けた問題は十問だけだった。
祐介はノートをしまい立ち上がった。女子は頭を下げカウンターに戻る。
早く帰って続きをやろう。祐介は熱が冷めない内に早く家に帰ろうとした。
「ぐぅ……ぐう……」
小さないびきが聞こえる。祐介は向かいの席でいまだ眠る女子を見下ろした。
「……」
女子はまったく起きる気配はなく、ただ眠る。先ほどの女子は図書室を閉める準備をしているせいか、こちらへは来そうにない。仮に来たとしてもあのおどおどした性格だと起こすのも苦労するだろう。
「飯原、飯原」
だから祐介は、代わりにその女子、クラスメイトで隣の席の飯原八重子を起こすことにした。
「う……うん……?」
苗字を呼ばれたことで、八重子は体を起こし、寝ぼけ眼で祐介を見た。
「……あ、あれ……風ちゃん?」
寝ぼけているのか、八重子は祐介を誰かと見間違えた。
「どちらかというと俺は祐ちゃんだ」
「え……あっ……!」
祐介の冗談に、八重子の目の焦点ははっきりしだす。
「もう図書館閉まるぞ」
「あ、うん……そうだね、ありがとう」
「それじゃ」
やるべきことはやった。祐介は今度こそ図書室を出た。八重子も慌てて立ち上がり、祐介のあとを追うように、図書室を出た。
そのまま玄関で靴を履き替え、校門を抜けて駅へ向かって歩き出す。まだ部活をやっている者は帰っていないのか、周りに生徒の姿は見えなかった。
「……はあ~あ」
けれど「声」は聞こえた。負の感情を募らせたため息が、祐介に向かってやってくる。飯原八重子だった。
「……」
直接な何かされたわけではなく、かといって「コレ」が自分に向けられたものではないということは分かっている。それでもやはり、負の感情というものは、否が応でも周りに影響を与えるものだった。
「……飯原」
考えるよりも先に声が出ていた。
「うわっ!」
うつむいて歩いていた八重子は、突然呼ばれたことにひどく驚いた。
「な、何かな相原くん!?」
今ようやく祐介の存在に気づいたのか、八重子は上ずった声を出す。
「あー、そのだな……」
呼び止めたものの、祐介はその先をまったく考えていなかった。気まずい空気が流れ始める。
「――少し休憩していかないか?」
そんな空気に耐えられず、祐介はとっさに前方にある公園を指差した。
「……え? ……えっと……え?」
突然の祐介の誘いに、飯原は溜息をつくことも忘れ、頭に疑問符を浮かべた。
「イエスかノーか」
ここまできたら強気でいくしかない。祐介は八重子に二択を迫った。
「い、イエス! う、うん……!」
勢いに負け、八重子はうなずいた。