夢破れ
退屈な世界史の授業が終わると同時に、祐介は目を覚ました。何か夢を見ていた気がする。
「相原は進路どうすんだ?」
それを思い出そうとする前に、前の席の山田が声をかけてきた。
「一応、進学予定だ」
夢の内容を完全に忘れ、祐介は正直に答えた。
「そうだよな。いいなあ、俺も部活やっときゃよかったぜ」
「なんで部活が関係あるんだ?」
「は? だって推薦あるんだろ?」
「何の?」
「だから野球で」
ここでようやく、山田の言葉の意味を理解した。祐介は首を横に振った。
「普通に勉強していくつもりだけど」
祐介の答えに、山田は目を丸くさせた。
「はあ~? 勿体無くね? お前ならいけるだろ」
「過大評価してくれるのは嬉しいが、俺はそんなに野球は上手くない」
「謙遜すんなって。野球部ベスト4に導いた原動力の一人だろ?」
「あいつが……いや他のみんなが頑張ってくれたからだ。俺はたまたまその中にいただけだ」
そう、自分は大した奴じゃない。祐介は身をもってそれを知っていた。
「それに、俺はそもそも、大学行ってまで野球するつもりは無い」
兎にも角にも、祐介が推薦を受けない理由はそれだった。
「え、その頭で?」
山田は祐介の頭を指す。というより触ってきた。
「最も効率的な髪型だから続けているだけだ」
山田の手を払いのけ、祐介は坊主頭である理由を説明した。
「ふーん。あんだけ熱中していたくせに、冷めてんなー」
「……そうかもな」
祐介は反論しなかった。
「じゃあよ、将来何するつもりなんだ? ってかどこ狙い?」
山田は話題を切ることなく、進路を尋ねてきた。
「目標としては七春大学の経済学部を狙っている。将来はまだ考えていない」
「へえ七大か。あそこけっこう偏差値高いよなあ……」
「ああ。だけど届かないわけじゃない」
この前受けた全国模試では、あと少しで合格圏内
「そういやお前、けっこう頭も良かったよな……けっ! これだからモテ男は!」
「自分から聞いといて怒るなよ。あとモテないからな」
「そう思ってんのはお前だけ! バレンタインあんなもらったくせによぉ!
完全に進路からそれた話になった。こうなった山田は止まらない。祐介は授業までの残り数分、山田の愚痴を適当に聞き流そうとした。
「あー、俺もあんな恋愛してえ!」
「……何のことだ?」
だが、山田の意味深な発言に、祐介は聞き返してしまった。
「ん? ほらアレだよ、一学期の終業式の」
「その日は準決勝だ」
「あ、そっか。じゃあ知らねえんだ、あの事件」
「事件?」
何やら物騒な話のようだった。祐介はぐいっと椅子から体を乗り出した。
「あー、どう説明すっといいかなー……まあ早い話が、その日の終業式のとある出来事によって、この学校の美少女たちが、一斉に失恋したんだよ」
「……そうなのか」
いまいちなんのことだかよく分からない。
「ああ。で、この一斉にってのがさ……」
山田は祐介の疑問を一から説明し始めた。だが、
「嘘だろ、信じられん」
説明を聞き終えた祐介は、懐疑的な目を山田に向けた。荒唐無稽、それこそ漫画のような話に、祐介は自分の耳を疑った。
「本当なんだって。ほら、動画もあるし!」
山田はスマホを取り出し、動画を見せる。約三十秒ほどの荒い画質。そこは七菱高校の体育館、壇上に二人の男女が映っていた。
「――な、本当だろ?」
「そいつの名前は何ていうんだ?」
動画の一部始終を見終えた祐介は、平静を装いながら尋ねた。
「ああ、それなら――」
山田がある男子の名前を口にする。そこで担任が入ってきた。
「おっと、じゃあまた後でな」
山田は体を前に向けた。
「……」
授業が始まるも、祐介はまったく集中できずにいた。祐介は隣の席に座る女子をちらりと見た。
女子はただ黙々と板書をノートに書き込んでいた。まるで機械人形のようだった。
(……そういうことか)
祐介はようやく、隣の席の女子、飯原八重子が悪い意味で変わってしまった理由が分かった。