彼とタバコ
私はタバコの臭いが嫌いだ。
以前、付き合っていた彼氏はタバコを吸っていた。当時の私は彼がタバコを吸う度に「臭い」と嫌味を垂らしていた。彼も彼で「習慣なんだから仕方がないだろ」と反論し、私達は毎日のように言い争いをしていた。私はタバコを吸う彼が何より嫌いで、何より大好きだった。彼のタバコを口に加え、馴れた手つきで火を付ける動作がどこか不思議と魅力的で素敵だったのだ。だから彼の喫煙を止めようとはしなかった。
私達が付き合い始めて一年を過ぎた頃に彼は癌で亡くなった。
中学時代から喫煙を常習化していた彼の身体はボロボロだった。
呆気なかった。
人間ってこんなに呆気なく死んじゃうんだなと思った。勿論悲しかった。悲しくて泣いた。涙が尽きるまで泣いた。
彼の葬儀を終え、二人で過ごしていたアパートに帰った私は、タバコの臭いが染み付いた一室の、テーブルに置かれたままのタバコの箱を手に取ると、中からタバコを一本取り出し、それを咥える。そして彼の愛用していたライターに慣れない手つきで火を付け、思い切り煙を吸い込んだ、と同時に咽せてしまった私は息が出来なくなるほど咽せこんだ。
やっぱり私には向いていないみたい・・・けれど、「なにやってんだよ」と彼の笑い声が聞こえたような気がして私は思わず笑ってしまった。それと同時に尽きたはずの涙が再び瞼から溢れ出し、テーブルに置かれたタバコの箱を濡らし始めた。
それから一年が経った今も私は、同じアパートで暮らしている。タバコの臭いが染み付いたこの部屋のテーブルには、今も彼の吸っていたタバコの箱とライターが置かれている。
私はタバコの臭いが嫌いだ。
それでも彼の残した、この思い出の匂いと共に私は生きていく。