第2話 無人島
おそらく、5キロほどは歩いただろう。それでも景色は変わらなかった。
「喉乾いたなぁ……」
後ろを振り向くと一条がげんなりとした顔をしていた。
「俺もだ」
歩き疲れて体力も消耗していることも重なり、口の中がからっからで気持ちが悪い。
「ちょっと待って、向こうから川の音が聞こえない?」
一条が右斜めの森の奥を指さした。
「そうか?」
「たぶん間違いないと思う」
すると、一条は小走りで音がするらしき方向へ向かった。
「あっ、おい! ちょっと待てって!」
しばらく、後を追うと本当に川があった。
「お前耳良いな」
「そうでもないと思うけど」
一条はためらうことなく川の水を手ですくい飲んだ。
「はぁー、生き返る!」
「おいおい、いくらきれいでもさすがにまずいんじゃないか。安全かどうかわからないし腹でも下したら……」
「さっき小さな魚が泳いでるのが見えたからきっと大丈夫よ。それにこのままじゃ脱水で倒れそうだもん」
「そういうもんなのか……」
少し不安だが、結局生理的欲求には勝てず同じように水を口にした。
水分補給後、俺らは再び探索を始めた。
前を進んでいると、右前方の草むらから音が聞こえた。
俺は一旦立ち止まり、右手に持っていた手製のナイフを強く握りしめた。
一条は俺の背中に隠れるよう軽く服をつまんでいる。
草むらからは、俺と同い年くらいの男が現れた。
男は俺達の存在に気づくと両手をあげうれしそうに近づいてきた。
「おお! やっと人に会えた。いやー助かったぜ!」
一条は近寄ってきた男に対し悲鳴をあげながら、持っている鉈をためらうことなく投げつけた。
「いやぁぁぁぁ!」
男は一条に負けないくらいの声量で叫びながら鉈を飛び込んで避けた。
「いやゃぁぁぁぁぁ!!!」
「落ち着け、一条、ちょっとあれだが話し合えばわかるかもしれない」
一条は顔を真っ赤にしながら「イヤッ」と拒絶し俺の背中にがっしりとしがみついている。
まぁ、突然あんな行動をとったのは無理もないかもしれない。
突然現れた謎の男の警戒心のかけらもないフランクな感じもそうだが、何よりも問題なのは下半身を露出していた。
背丈は俺と同じくらいで少し長めのくせっ毛、少しチャラそうな雰囲気だが女ウケのよさそうな顔立ちをしていた。
格好は上はシャツに下は靴下のみという誰が見ても危ない人だった。
「ちょっといきなりなんてことするのお嬢さん! あやうく死ぬところだったよ。まぁそれはいいとして、あんたらももしかして……」
男は話しながらこちらに近寄ってきた。
「近寄るな、変態が!」
思わず思ったことをそのまま口にしてしまった。
一体何なんだこいつは、なんとなく悪い奴ではなさそうな気はするが……
男はハッと気づいたように自分の下半身を見るとなんの悪びれた様子もなく軽い調子だった。
「いやーすまん、すまん。これにはちょっと事情があってな。まぁ細かいことは気にしないでくれ」
男はシャツを脱いだ後、それを腰に巻きつけた。ふんどしのような感じだ。
男は満足げに頷くと「とりあえず、これでいいだろ」とさわやかにニカッと笑った。
「お前、街中だったら現行犯逮捕だぞ」
「言われてみりゃそうだな。いやーここが無人島で助かったぜ」
「無人島?」
俺と一条がほぼ同じタイミングで口を開いた。
「何だ知らなかったのか?」
「あんたいったい何者だ。何か知ってるのか?」
「俺は高校2年生の桜井圭太だ。よろしく! 圭太ってよんでくれて構わないぜ! それと趣味は……」
「そんなことはどうでもいい。この理解不能の状況に対して知っていることを教えてくれ」
「なんだよ、つれないな~。俺が知ってることは気づいたらこの島で寝てたくらいだよ。何でここにいたかは全く思い出せないんだよな~。とりあえず、俺のほかに人いないかなって彷徨ってたらあんたらに会えたわけだ」
どうやら、こいつも俺達と同じ境遇にあるらしい。
「そうか、俺も同じだ。気づいたらここにいて、何があったのかは思い出せない。そういえばさっきここが無人島だって言ってたな。何でここが無人島だってわかった?」
「いや~、俺なんか朝起きたら浜辺の近くで寝ててさ、最初は夢かなーって思ったけど、違ってて、暇だしなんとなく浜辺をぐるっと散歩したんだけどもう見渡す限り海!」
嘘だろ……
まさか無人島だとは思わなかった。通りで電波がたたないわけだ。
「船とかはなかったのか」
「いやー、なーんにも」
何てことだ。移動手段、連絡手段もなければ、ここから脱出するのは絶望的だ。
そもそも、この島はどこにあるんだ?
日本から離れた場所にあるのか?
何のサバイバル技術もない俺たちはいずれ餓え死ぬしかない。
「そんな……」
一条はひどくショックを受けている様子だった。
「まぁ、わからないこと考えてもしょうがない。とりあえずここから脱出する方法を探すついでに無人島生活を満喫しようぜ!」
信じられないくらい前向きな性格だ。
いやあまりにも理解不能な状況に頭がおかしくなったのか?
それとも何か変な物でも拾って食ったのかこいつは。
「お前良い性格してるな」
「だろ~。よく言われるぜ」
理不尽なストレスの発散と皮肉を込めて言ったつもりだったが、どうやら好意的に解釈されたみたいだ。
「はぁ~~。ていうか、何でお前下半身丸出しなんだよ」
「それがさ、さっきこの辺の近くの川で小便してたらさ、獣のような唸り声が聞こえてあわてて走ってきたんだ」
「いや、逃げたってとこまではわかるが何で脱ぐ必要があるんだよ」
「何言ってんだ。用を足す時にズボンとパンツ全部下すだろ?」
一条に掴まれてる肩の振動が強く感じ、目をやると青ざめた顔で「うそ、もしかしてあの川で」と小さく呟いていた。
やめてくれ、俺も必死に意識しないようにしてたんだ。
「……まあいい。それより唸り声ってのが気になるな。いったいどんな感じの生き物かわかるか?」
「姿は全く見てないけど、今まで聞いたことないようなすげー、不気味な声だったぜ」
とりあえず、圭太のズボンを回収するために一緒に行くことになった。
「歩き疲れたぁ。なぁ少し休もうぜ」
「たいした距離じゃないだろ。男なんだから少しはがんばれ」
「海斗は華奢な体してるくせに意外とタフだな」
「そんなことねえよ」
「やっぱ、あれだ献血したから疲れやすいんかな」
「献血?」
「ああ、三日前くらいに学校で献血したんだよ。俺は針刺されたり、血見るのが嫌だったけど、ほぼ強制みたいな感じで献血させられたんだ。まぁお菓子貰えたから結果的に良かったけどな」
三日前、俺達が学校にいた日。記憶が途切れる少し前だ。
「そういえば、俺も献血したかも……」
「私も……」
続くように一条が言った。
何かの偶然か?
もしかしたら献血が今の状況に関係しているのか?
いやそんなはずない、たまたまだ。俺以外の多くの生徒もしてたはずだ。
それに血を抜くだけだから、間違っても意識を奪うような薬物が体内に入ることもない。
それに献血した後も、俺は何の問題もなく過ごし帰宅したはずだ。
今の状況とはきっと関係ないはずだ。
様々な不安、問題を紛らわすために互いの学校のことについて話しながら歩いていると、圭太が獣のような唸り声を聞いた場所にたどり着いた。
「あった、あった」
圭太は腰に巻いていたシャツを羽織ると、パンツとズボンをはいた。
「ちょっと! 下はいてから、上来なさいよ!」
「悪い、悪い!」
圭太の軽率な行動に対し一条は不満の様子だった。
「唸り声が聞こえたってのはどのへんだ?」
「んー、あのへん」
圭太が指さした方向を少し探ってみると、身の毛もよだつような光景があった。
4本の線が木の半分近くをえぐっていた。
木をそのまま倒せそうなほどの巨大な爪痕、一体この島にはどんな生き物がいるのか想像もつかなかった。
ライオンや熊とは比べ物にならないくらい危険な何かがいることだけは確かだ