第12話 Uウイルス
「何で神宮さんの家に地下なんてあるのかな?」
一条が冷静を保とうとなるべく落ち着いた口調で話そうとしていたが、顔は引きつっていた。
「わからない」
地下室の存在理由はわからないが人目につかないよう隠してあるってことは、人には見れたくない何か、もしくは見られると都合の悪い何かがあるのは確かだ。
「この先に何があるのかな?」
一条が不安そうに俺の方を見た。
「……ちょっと何があるか確かめてくる」
「私も行く」
「だめだ、お前はここで待ってろ。まだ顔色が悪い。それに俺が地下に行ってる間みんなが戻ってくるかもしれないだろ」
「私なら大丈夫、それにみんな戻ってくるのに多く見積もっても30分くらいはあるよ。それまでに戻ってこれば何とかなるよ」
「どんな危険があるかわからないんだぞ」
「それはお互い様でしょ。それに私一人ここにいる時に悪鬼が現れたらどうするの? 一人のほうがよっぽど危ないよ」
「むっ……それもそうだな」
「そうと決まったら行こう。みんなが戻ってくる前に」
「ああ、そうだな」
階段を下りるとどこまでも暗闇が続いていた。スマホのライトを頼りに足元に気を付けながらゆっくり進んでいく。
しばらく進むとと奥からかすかな明かりが見えた。階段を降り切ると、薄い緑色を基調とした少し広めの廊下が広がっていた。
天井には蛍光灯があり周囲を明るく照らしていた。周囲の壁、天井一面が真っ白のためか、より一層明るく見える。
異様なまでの明るさが逆に不気味に思えた。
「ここは無人島のはずだろ? 何で電気が通ってるんだよ……、それにどうやって電力を供給しているんだ?」
さらにまっすぐの道を少し進むと、左右交互に3つの大きな扉、さらに奥には小さな扉があった。
大きな扉はでかでかと大きく数字で1、2、3と書いてあるだけだった。
まず最初に1と書いてある扉の前に立った。
自動ドアのようだが近づいてもまったく開く様子はない。
近くに手動で押すようなボタンもない。しかし、足元の方を見ると扉のすぐ横に銀の四角いパネルのようなものが壁に張り付いていた。ためしに足で軽く蹴ってみると扉があいた。
扉を開けると広い部屋の真ん中に黒いベッドのようなものが一つあった。ベッドの手足や腰が来る位置には茶色いベルトのような拘束具があった。人が動かないよう無理やり押さえつけることを目的にしたように見える。
ベッドの真上の天井には上からぶら下がるように蜂の巣のような形をした照明器具らしきものが二つあった。
さらに、ベッドの近くには冷蔵庫くらいの大きさの器械があった。
小さなモニターがついていたり、風船みたいな袋がぶら下がっていた。横にはガスボンベらしきものが取り付けてある。何に使うのかは全く見当もつかない。
床は薄い黄色、壁と天井は一面真っ白で壁際は内側に凹んで物を収納できる棚みたいになっていた。収納スペースはは全部で三つあり、用途のわからない様々な形をしたチューブ、シリンジ、針などがあった。
他にも小さなビンや缶、アンプルが何個もある。ビンやアンプルには薬剤名らしきものが記載されていた。「プロポフォール」「エスラックス」「アルチバ」「塩酸モルヒネ」「セボフルラン」「デスフルラン」どれもまったく聞いたことがないものばかりだ。
かろうじて理解できたのがモルヒネくらいだ。たしか、強力な痛み止めか何かだったかな?
「何かここ、テレビドラマとかで見る手術室に似てない?」
「ああ、俺もまったく同じことを思った」
ベッドに近づくと赤黒い塊が何か所かにこびりついていた。
「何これ血?」
一条が俺の背中から隠れるようにベッドを覗いている。
「たぶんな……」
「何で無人島にこんな場所があるの? 一体ここで何が行われていたの!?」
一条が荒々しい口調で取り乱した様子だった。
「治療目的ではなさそうだな……、治療目的ならこんな乱暴に拘束したりしないだろうし、それに色々と乱雑だ」
床には赤黒い塊のついた医療器具らしきものがそこらじゅうに落ちていた。
「何か気持ち悪い、早くこの部屋出ようよ」
一条が蒼白した顔で吐き気を抑えるように口元を抑えている。
「……ああ、そうだな」
念のため2、3番の部屋も調べてみることにした。2番目の部屋は最初に見た部屋とほとんど変わらない様子だった。しかし3番目の扉を開けてみると……
3番目の扉は照明はあるが他の部屋に比べて蛍光灯が少ないためか全体的に薄暗い部屋だった。入って正面にまず見えたのは本棚だった。
どれも分厚く背表紙は英語らしき文字で書かれていた。本棚の横を通りすぎると同じように続けて本棚が一定の間隔を置いて並んでいた。
本棚の奥に進むと地面から天井くらいまでの高さがある大きなカプセルのようなものが見えてきた。カプセルの中に何かが見える。
確認のためカプセルに近づくと背筋が凍るようなおぞましい光景があった。俺は目の前にある光景を見て思わず言葉を失った。
「えっ……、嘘……、何これ、何でそんな!」
一条があまりの光景にその場で膝から崩れ落ちる。
こらえきれなくなった一条は口元を抑えながら俺から距離をおいて離れた。俺の視界から一条が消えて数秒後に「おえっ」という音の後に液体が勢いよく床に零れ落ちる音が聞こえた。
しばらくすると、涙目でひどくおびえた表情をした一条が戻ってきた。
「……ねえ海斗くん、これって……」
「ああ……、間違いない悪鬼だ」
しかし、俺たちが良く知っている悪鬼とは少し違っていた。
カプセルは薄い黄緑色の液体に満たされており、その中にいる生き物の体にはあちこちに管がつながれていた。
中には一条と同じか少し幼いくらいの中学生か高校生くらいの裸の少女がいた。ある部分を除けば普通の人間の形をしているように見える。
目は開いているが生気はまったく感じられない。
生きているのか死んでいるのかもよくわからない状態だった。
なにより異様なのは片腕の皮膚だけが真っ黒に変色していた。さらに腕は異常に骨格、筋肉が発達しており、手首から先は嫌っていうほど見慣れた凶悪な爪が存在感を放っていた。
右目は血のように赤く染まった獣のような鋭い目つきをしている。口元からは小さく控えめな犬歯がはみ出ていた。
カプセルの下の鉄のプレートにはS41と書いてあった。
「私たちを襲ってきた悪鬼は元々は人間だったていうの?」
「一体何をしたらこんな化け物になるんだ……」
他にもカプセルが5つほど並んでいたが、部分的に悪鬼のような姿になっているのはこの少女だけで、他は普通の人間の姿をしていた。
しかし、どれも目が虚ろでまったく生気を感じられなかった。カプセルは複数あり奥の方にもずっと続いていた。
遠くからざっと見るだけでも20近くはある。
しかし、これ以上先は進む気になれなかった。あまりにも異常な光景、長い間この場にいると気が狂い発狂しそうになる。
俺と一条は一旦部屋の外に出ることにした。
「この島はきっと化け物を生み出すための研究所だったんだ!」
「何のためにあんな化け物を生み出すの? それにあんな化け物を生み出して一体何の得があるっていうの?」
「わからない。ただこのままだと俺たちもいずれああなるのも時間の問題だ。一刻も早くこの島を脱出するんだ」
「…………ねぇこの島で実験をしているのってもしかして」
考えたくはなかった……、でもどう考えてもあの人としか思えない。
「ああ、……おそらく神宮さんだと思う」
「……やっぱりそうなのかな。でも神宮さん、あんなにやさしそうな人なのに、それに私たちを助けようとしてくれた」
神宮さんは本当に俺たちを心配している様子だったし、気にかけてくれていた。
もし、あれがすべて俺たちを陥れるための演技だとしたら……
考えるだけでも鳥肌が立った。
そんな聖人の仮面をかぶりながら呼吸するかのように嘘をつく感情のかけらもない人間なんているのか?
いたとしたらそいつは人間ではなくまぎれもない悪魔だ。
「俺だってあの人がこんな非人道的なことをするようには思えない。……でもここは神宮さんの別荘だ。神宮さん以外の人間が出入りしているとは考えにくい。すると必然的に神宮さんが黒ってことになる」
「怖いよ。……私何を信じればいいのかわからない」
「俺だって怖いよ。今はとにかく急いであいつらと合流して一刻も早くこの島を出るんだ」
「……結衣さん達大丈夫かな?」
「……大丈夫だ。あいつらはそう簡単にやられはしない」
そういえば一番奥にある小さな部屋だけはまだ見ていなかった。
正直これ以上なにも見たくなかったが、怖いもの見たさと言うかここまでくると確認せずにはいられなかった。
「ここ入るの……、海斗くん?」
「少しだけだ、すぐ戻る。それにみんなが戻ってくるのにまだ5~10分くらい余裕があるはずだ」
扉を開けるとそこはこじんまりした部屋だった。
部屋に入ってまず最初に目に入ったのが4人掛けできるくらいのテーブル、その奥には棚があり、いくつものファイルが並んでいた。
「ここは特に何もなさそうだな」
そう思って引き返そうとしたところ、一条に服を引っ張られた。
「どうした?」
「ねぇ見てこれ」
一条が薄い紙束を俺に見せながら言った。
表紙には「Uウイルス」とだけ書かれていた。
「……Uウイルス?」




